第115話 黒姫とのお付き合い方

1580年 天正八年 晩春 勿来


 今日は獅子丸の姉、エストレージャ卿がスペインへ戻る前日、無事の出港を祝うさよならパーティ?ってやつだ。

 晩餐は親族、一族で集まる方が良かろうと、昼の宴は例によっての浜焼き大会でお送りしている。


 「う~んっ!やっぱり私には、柑橘締めした魚が一番!流石に生のままでは厳しかったから、この食べ方を教えてくれたレオンには感謝ね」

 「そうですね。私も最近でこそ生魚の刺身が好きになりましたが、やはりジパングに来たばかりの頃には抵抗がありましたからね。先代コンスルに教えられた柑橘締めが一番しっくりきたものでした」

 「柑橘と塩だけ……カディスだともう少し複雑にした漬け液を使うのが一般的だものね。……そうね。カディスに戻るまでにも、何処か、ノエバ・エスパーニャの町で再現できるように手配しておきましょう。今後は頻繁に新大陸とジパングを繋ぐ船が増えるでしょうし」

 「と、申しますと?」

 「ええ、コンスル景広の申し出を受けて、伊藤家の船を買うことを陛下に進言しようと思います」


 おお?!

 とうとう当家の船を輸出することが決まったか。


 そうなんだよね。

 勿来……というか湯本?にある造船所と横浜の造船所に室蘭の造船所。この三か所で作られる船が正直余り出しちゃいそうだったんだよね。

 伊達家は室蘭で造られている船で数が足りているし、メンテナンス等々は塩釜の湊で行える。

 佐竹家は横浜で十分。水戸と鹿島のドックで修理も問題なしだ。


 今の三家の使用状況から考えると、ちょいと新造船が過剰になりそうだったんだよね。

 人口が今の十倍ぐらいあって、私企業の船会社でも出来ていれば気にしないで造り続けてもいいんだけどさ……そんなことは無理だし。……永福に作らせていた傭船契約の骨子を使って堺や博多の商人達に貸し出すにしても水夫が足りないしな~。


 当家で太平洋貿易を行ったとしても、売り先はノエバ・エスパーニャになるから、それなら勿来にやって来るスペイン商船団に売った方が余計なコストがかからなくて利幅が大きい。

 利幅だけなら、スペイン以外の国々に売りつけに行った方が大きいかもしれないけれど、今の状況では場所も知らないジパング製品を買ってくれる国がどれほどあるのやら……。

 製品の良さを知っているのは、全てハプスブルグの国々になってしまっているから、そこに直接商売を仕掛けに行くとスペインと喧嘩する羽目になっちゃうのが問題だよね。


 ポルトガルに商品を売りつけるのはアリかも知れないけれど、ポルトガル商人は質が悪いからな~。

 奴隷禁止がまだだし……そもそも、そろそろスペインに併合されるんじゃないか?この世界ではどうなるかわからないけれどもさ。地中海方面が落ち着いているならポルトガル王の討死も回避されるだろうしな。


 それに、日本版トルデシージャスじゃないけれど、大友はポルトガル、伊藤はスペインとの暗黙の利権分割をしているわけだ。そこに土足で上がり込んで、無用な諍いを大友家と起こす必要はないよね。

 ポルトガル商人の世話は大友さんにお任せします。はい。


 「マニラガレオンも悪くは無いけれど、ちょっと洗練さに欠けるのよね。船足を考えた場合にはヨコハマガレオンの方が良さそうに思える。……クリッペルだっけ?ドン・慶次が扱っていたあの快速帆船が欲しいけれど、流石にあれは売ってくれないと言うことだったからね。マニラや本国のガレオンに比べると積載量は落ちるでしょうけど、ペサードアリーバに成り難い構造は魅力的。我々の航路上の海賊共が一掃された今の海では、ヨコハマガレオンが一番の選択肢だと思うわ」

 「それは有難い。……では、こちらからの資材輸入の希望はどうでしょうか?」


 ごくり……。

 個人的にはそこが一番気になるポイント。ナイスツッコミだぞ!中丸!


 「現段階で、伊藤家に満足な量をお売りできるほどにはルソン、ミンダナオの農園開発が出来ていません。……ただ、現地がただの補給港や中継港ではなく、重要物資の生産輸出港となれるのならば、エスパーニャ王国は喜んでその道を進むこととなるでしょう。しかしながら、アバカの有用性はわかるのですが、ゴマ……ですか、あれの有用性はまだ測りかねます。本国の技術者たちが肯定的な答えを出すまではイスラス・フィリピーナスの農園開発は食料とアバカ、この二本柱で行うこととなるでしょう。近いうちにソガ・デ・アバカは十分にフィリピーナスで作れるでしょうから、そうなった暁には、太平洋航路の船に積んで勿来に寄港することをお約束します」


 うむ。問題なし。

 ゴムは手に入れたい素材であることは間違いないんだけど、こちらとしても使用法がな~。

 俺も元清も職人としての知識は持ち合せていないし……ただ、現物さえ景宜率いる村正一門に渡せば、どうとでもしてくれる気がするのは内緒だ。

 タイヤとか大型ポンプを開発してくれるんじゃないかと期待している俺がいる。椿油も使って油圧式何ちゃらとかさ。


 けど、たしか前々世世界でもゴムが西インド諸島からヨーロッパにもたらされても百年以上はほったらかしにされていた気もするし、……それを考えたら、多少はそのあたりの技術の進化も早まるのかね?知らんけど。


 「わかりました。その時を私どもはジパングで待ちましょう。とりあえずはアバカで作られたロープ、ソガを大量にお願いしますね」

 「ええ、わかったわ」


 にこやかに握手するエストレージャ卿と景広。

 うむ。俺の息子も中々にやるんもんだ。


 「ふふふ」

 「?どうかされましたか??エストレージャ卿?」

 「いえね?さっきからコンスルの甥御の若君が興味深そうに私たちの会話を聞いているのが可愛らしくって……」

 「あ、いえ、あ~……」


 む?聞き耳立てていたのバレバレ?


 「ふふふ。私の血を受け継いでいるはずのサラでさえ、カステリャーノは話せないのに、若君では全く理解できない異国の言葉なのでしょうにね?」

 「「……」」


 す、すいません。

 この幼児はある程度はスペイン語と英語が理解できてしまっているのです。


 「ん?……どうしました?……レオン!?」

 「い、いや、姉上もどうして太郎丸様が我らの話を聞いていると?」

 「だって、ほとんど食事に手を付けてないじゃない。さっきから、ロサが寂しそうな顔をしているわよ?腕の振るい甲斐がないって」


 おおっと、それはイカン!

 せっかくの鉄板焼きが冷めてしまうではないか!

 今日は大ぶりの海老と秀長が北から持ち寄った養殖ホタテを調理してもらっているのだからな!


 では、早速……!!!

 うんまぁ~!!


 ああ、肉も良いけど、海産物の鉄板焼きも溜らないよね。

 勿来の塩も那須のバターも安房の柑橘も……すべてが混然一体として、えも言えぬ天上の楽園が舌の上に……絶品!!


 「う~ん?本当に若様ってカステリャーノが出来るんじゃないのかしら?」

 「はっはは!エストレージャ卿は御冗談がお上手だ。もしも太郎丸がカステリャーノを理解できているとしたら、十数年もかけて覚えたこの私が形無しですな。レオンとてジパングの言葉を覚えるのは苦労したであろう?」

 「は、はい。私も……そうですね、片言でしゃべれるようになるまで二年近く。問題なく聞き取れるようになるまで三年以上かかりましたから……」

 「そう言うことですな。それを四年前に生まれたばかりの太郎丸がこなすとは……いやいや、失礼ながら、それはいかにも荒唐無稽かと思いますぞ」

 「そう……二人がそういうのならば、そうなのでしょうね」


 ……別に俺が言葉を話せるのがばれても……?

 おかしいか。流石におかしいよね、この時代の異国の赤子がスペイン語をしゃべり出したら……。

 うん。わからないふりをしていよう。とりあえず、食おう!


 「ロサ!次は肉を焼いてくれないか?」

 「ハイ、若様。……今日も鮫川ヨリ良い肉が入りました。今からヤキマスね……でも今日はカス……」

 「ロ、ロサ!今日こそどうだい!?脂身のある部分なぞを焼いてくれても?」

 「イケマセン!まだ、若様には早いと御城主様、阿南様からイワレテいます」

 「あ、はい……」


 駄目でしょ、ロサさん。俺の注文がスペイン語交じりだなどとは内緒ですよ!


 ……それはそれとして。

 残念、どさくさ紛れに、今日はサーロインなども楽しもうと思ったのに……。


 「……」


 いやいや、獅子丸の姉上の視線が痛い。


 いいじゃんね。スペイン語が話せる数え五歳児がいてもさ……。


天正八年 夏 古河 伊藤元清


 「なるほど、そういうことで……」

 「はい。獅子丸の姉君のカディス候が本国で承諾を取って来るとのことです」

 「ふぅむ。余り気味の船が売れて、日ノ本では製造不可能なほどに頑丈な縄が購入できるというわけなのだな?」


 今日は、古河にて夏の評定が行われている。


 参加者は、母上……元景様と景貞大叔父上、伊織大叔父上、景基殿、景広殿に私の一門衆六名に、家老・評定衆として忠宗殿、忠清殿、顕景殿、信長殿の四名の計十名だ。


 「ええ、横浜の船大工たちが言うには、どうしても日ノ本の縄は強度が足りないと……鉄縄も併用はしているが、もっと頑丈な縄が手に入れば船の性能向上が期待できるとのことです」

 「なるほどな……しかし、無理に奴らに船を売ることもないのではないか?要らないのなら、造らなければ良いのでは?などと、俺は思ってもしまうが?」

 「いえ、兄上。やはり船は造り続けるべきでしょう。造船を途絶えさせてしまっては、大工たちの技術継承にも障りが出るでしょうし、いざという時に体制を整えることが難しくなります」

 「私も伊織様の意見に賛成します。それに造船に関しては、直接でなくとも間接的にも携わる職人の数は多いですからな。羽黒山を初めとする職人たちの育成のためにも造船は続けて行くべきと思います」

 「まぁ、俺も反対というわけではないからな。伊織と信長がそういうのならば、俺に否はない」


 そうだな。

 この時代の重工業、私が死んだ時代を基に考えるのならば、造船は自動車産業のようなものとして考えられるだろう。とするならば、一次産品や原料を輸入して最終製品を輸出するのは、貿易収支の観点からは正解だろう。金融収支の概念は今の地球の発展段階では難しいだろうからな、純粋に金銀の流出額と捉えるのが吉か……。いや、貨幣経済、通貨の流通状態から見ればもう少し単純に考えた方が良いか……。


 う~ん。この辺りの経済学の知識はあまり勉強してこなかったからな。

 日経専門誌を読む程度の大まかな知識しかないのが悔しい。


 「元清はどう考えますか?」


 母上、大御所様からのご質問だ。


 「そうですね。私も伊織大叔父上と信長殿の意見に賛成です。止めるのは簡単ですが、再開には困難が付き従うでしょう。ここはスペイン王国とより深い関係を築くための方策を選ぶが望ましいと考えます」

 「ふむ。上様がそうおっしゃられるのならば、俺に異論はない。せいぜい、船を売って稼がせてもらおうではないか。……それよりも俺が気になるのは、この利益の報告書で言うところの四貫砲などの弾薬補給が何か所かの港で行えたという点だ。これはどうなのだ?新型砲や新型銃弾というのは当家独自の開発であったのではないだろうか?」


 そうだな。

 大叔父上の言う通り、そこは気になる。

 ライフルの普及と発展は百年以上後の話のはずだ。

 これは転生者である太郎丸様が齎した未来技術であるはずだが……。


 「はい。その点については申し訳ありませぬ。私が統括する水軍、詳しく言えば、長年に渡るスペイン海軍との合同演習を経て、そのあたりの情報が漏れたと考えます」

 「ふむ。……確かに問題とは思いますが、そもそもそのあたりを使っての演習は十年近く行われておりますからな。まぁ、いつかは漏れるものかと……。それよりも、日ノ本の他の国々には漏れていないのが驚きですな」

 「……そうね。私も忠宗の疑問と同じものを抱いたわ。……それで、気になって太郎丸に聞いてみたのだけれど、太郎丸が言うには基礎的な技術力の差ではないかということよ。なんでも、線条銃自体は数十年も昔にヨーロッパでは開発されているそうじゃない。ただ、その技術を生かすひらめきが向こうには生まれていなかっただけだと。我らとの合同演習の中でその閃きを彼らが得ただけだろう、とね」


 ああ!

 そういえば太郎丸様は生前に仰っていたな。

 ライフリングの考え方自体は昔からあったと……ただ、ミニエー弾やリベットを付けた弾などの発想が十九世紀まで待たなければいけなかっただけ……だったよな。


 「正確には、伊藤家の独自兵装と考えられていたものの内、国外で補給出来たものは線条銃の弾と四貫砲の弾ですな。どちらもサンタクルス家の者を間に入れねば手に入らなかったようですが、どちらにせよ買い入れが出来る程度には大量に作られていたことは事実です」

 「ほう。……ということはアルベルト卿と獅子丸の実家は独自の勢力を持っていると考えられそうですね」

 「……つまり?」

 「つまり、スペイン王国は一枚岩ではないということかと思います。アルベルト卿もエストレージャ卿も王国の重鎮。その重鎮が、強力な兵器に関して本国とは一線を画して補給体制を築いている。……これはスペイン王国がどのようになっていくかを注意せねばいけない事態なのではないでしょうか?」


 伊織大叔父上の考えも頷ける。

 私が知っている歴史でも、スペインは十六世紀後半から十七世紀初頭にかけて、大いに没落する。

 日の沈まぬ帝国と詠われたスペイン・ハプスブルグ帝国もアルマダ海戦での敗北とオランダ独立戦争、三十年戦争を経て、覇権をオランダからイギリスへと奪われてしまう。


 太郎丸様はレパントの海戦以後の推移とオランダ独立戦争が緩やかに、しかもスペイン有利に終わったことにある程度の安堵をなされていたがどうだろうな。

 利益殿がキャプテン・ドレイクの首級を挙げられ、カリブで猛威を振るっていた海賊共を討伐されたのは大きいだろう。これでイギリスの覇権は確実に遠ざかったはずだ。

 だが、スペインの国力低下を招いた植民地への支払いと、そこからの財政再建のために行ったユダヤ人からの搾取政策。ここが改善されなければ、スペインはいずれ他国に覇権を譲ることになるだろう。


 「いっそのこと、アルベルト卿やエストレージャ卿が新大陸で独立をしてくれれば面白いのですが」

 「なるほど!!上様、彼らが独立ですか?!」

 「ええ、そうです信長殿。もちろん平和裏に、という但し書きは付きますが、私にはそれが多方面に最善の策のように感じますね。スペイン本国も多大な出費に怯えることが無くなり、新大陸の人々も本国からやって来る分からず屋の領主に煩わされることもない。……それらの国々が軌道に乗るまでは、ある程度の武力支援が必要とされるでしょうが、やはり、極端な遠隔地に領地を持つことは困難しかもたらしません」


 これはヨーロッパだけでなく、日本でも同じだろうな。

 鉄道網や道路網が整備された、私の前世のような日本ではない、戦国時代のこの日本などでは統一など形式上の物だけだ。織田・豊臣・徳川……その前の室町、鎌倉にしたって、日本の統一などは達成されていない。そもそも、言語の統一すら出来ていない、政治も経済もバラバラなのだから……。

 唯一江戸幕府が一定の秩序を全土に敷けたぐらいだろう。


 やはり、ここは物理的な制限に基づく、時空の概念?だったか?よく太郎丸様が口にされていたのは……道路網やらが出来てから考えれば良い話なのであろう。

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