第113話 北への干渉とは
1580年 天正八年 正月 古河
「太郎丸様……うっ。……お会いしとうございました」
「……父上、泣き過ぎ」
輝さんや。
あなた父親に厳しすぎやしませんかね?
「なんだか、色々と心労を掛けて済まなかったな。俺もなんだか、毒っぽいのを飲んで死んだものだとばかり思っていたんだが、気が付いたらこの通り、仁王丸の息子として生まれ変わってしまっていてな。どういうことやら……」
本当にどういうことなんだろうね。
生まれ代わってからこの方、時間があるときはこの問題について考えてもみるのだが……わからないよな~。だって、人間の身体とか魂なんて神秘すぎる世界だもん。
「気が付いたら戦国時代でした!」も大概だけど。「気が付いたら甥の息子でした!」も大概だよね。
ここまで来たら、次に死んだら誰になるんだろうね?信忠の息子辺りになって船でも乗り回すか?知らんけど。
「上様からお聞きしました。此度の太郎丸様は鹿の角と狼の牙を共に持ってお生まれになったとか。我が父、忠平の言葉もあります。太郎丸様の下で我ら安中を始め、奥州の民は安らぎを得ることとなるのでしょう……これからの東国安寧への太郎丸様の戦、その全てにおいての尖兵となる覚悟、全安中を代表してこの忠宗が誓わせていただきまする」
「……いやいや、忠宗の言葉は有難いけどね。今生でも俺は戦を極力回避していきたいと思っているよ?戦よりも内政だよね。……まぁ、俺はまだまだ童で満足に刀を佩けるようになるまでには数年かかるだろうし、そこから戦場に出れるようになるまでは、更にそこから数年かかるだろうしさ」
「はっ。太郎丸様のお考え通り、今後は一層内政に注力し、太郎丸様の世を支える所存!」
……まいった。
忠宗と忠清の忠誠心が限界突破してしまっている気がする。
……カムバック!忠平!息子と孫の暴走を止めてくれ!
「……父上も爺様も待て!旦那様の気持ちを尊重していない」
「待て!とはなんじゃ、待て!とは……って、儂らは太郎丸様の気持ちを尊重していないのか?!」
「……うん、行き過ぎ。旦那様の目標は緩く楽しく家族団らん。……殺伐とした戦場は求めていない」
はい。求めていませんよ。
ある程度は自分の身を守るために戦うこともあるけれど、こんな状況で武を誇ってもな~。
信長から色々と最近の日本の情勢をレクチャーして貰ってるけど、だいたいの体制は固まってきたんじゃないの?
識豊政権のような畿内を中心とした集権分国政治でも、徳川一強の分国政治でもなく、三地域の連合国家となるんじゃないか?これからの日本。
「北陸は流動的だけれども、我ら東国は伊勢の関、伊吹の東を管轄として、日本武尊以前に戻るだけさ。東夷、西戎、出雲で結構。お互いがお互いを尊重し合えるのなら、敵対する必要はないんだからね。言葉も大体はわかるし、文のやり取りは漢語で何の問題もないんだからさ」
「……さようですか、わかりました。二代様にも固く復讐を戒められた我らです。太郎丸様のお言葉を直に聞き、これからは東国の繁栄にこそ力を向けましょう。……良いな!忠清!」
「はっ!肝に命じました!」
……忠宗七十六歳、忠清六十歳。元気なお爺ちゃんズである。
ここはせっかくの陳さんの弟子の店、美味しい中華を食べながらの会食を進めようではないか!
「まぁ、これからは飯でも食べながら話をしようじゃないか!ここは陳さんの弟子が腕を振るっている店なのだろう?前に来た時には、まだ満足に食べれるような身体じゃなかったからな、今回は楽しみにしてきたんだ!」
「……旦那様はまだ五歳。無理に食べるのも、味が濃すぎるものも駄目。丁度よいものを孫さんにはお願いしている。うん」
輝さんの監視が厳しい……。ってか、孫さんなのね、陳さんの弟子って、……初めて知ったよ。
料理の種類か、まぁ、大丈夫だよ。陳家麻婆豆腐とかは出ないだろうし……っていうか、この身に唐辛子と山椒をふんだんに使う料理はまだ早いとは俺自身も思っているから……。
でも、ちょっとだけなら?
「ん?なんだ?太郎丸がまた大人の食事を要求しておるのか?はやい、はやい。少なくとも酒が飲めるようになるか、元服するまでは待つ方が良いのではないか?」
む?
俺の膳を自ら運んできた信長公のお言葉である。
どうやら、アツアツの鍋である。……
「これが難しいところなんだよ。身体は童だけど、心は四十だからな。うまい飯は食いたいし、うまい酒は飲みたいとも思うものさ」
「……太郎丸様……。輝よ、よう太郎丸様を見ておくのだぞ?変なものを拾い食いでもされたらたまらん!」
「……わかってる!父上!」
「いや、俺って犬かなんかなのか……」
輝の過保護っぷりがこわいよ本当に。
……けど、この無口娘さんも……四十になったっけ?相変わらずの超絶美人で俺の好みど真ん中ではあるんだが、流石に三十五以上上の女性を性的には見れないよね、ってか数え五歳時の体ではそのような思考になることは無いか……。
「……旦那様の視線が熱い……」
「かっははっは!なんだ、太郎丸よ!生まれ変わっても女性の好みは変わらんのか!」
「揶揄うな、二人とも。……いや、ただな、まだ先のことではあるが、俺の嫁とかどうなるんだろうか、と思ってしまってな。今は実母の代わりに、阿南、輝、義の三人が世話をしてくれているが……言うても世継ぎやら何やらの話題は出て来るだろう?」
「まぁな……だが、今は良いのではないか?お主と相思相愛の三名のおなごが世話してくれておるとだけ考えていれば良いだろうさ」
「……そうだな。おれってまだ五歳だもんな」
「そういうことだ。三人には母のように甘えるが良いさ」
そうだな、今はそれで良いか。
時間が立てば実母の真由美とも話が自然とできるようになるであろうさ。
「そう言えば、そうだな、忠清よ。太郎丸様は五歳とはいえ、後五年もすればおそばに仕える者は吟味し出さなくては行かなくなるのではないか?誰ぞ、一族の物でちょうど良い娘はおらぬか?」
「そうですな。太郎丸様……景藤様にはこの輝がおりました。……なれば、今では……輝?お主に誰ぞ心当たりはないか?」
「……それを私に聞く?……でもいい、確かに太郎丸様に仕えるのは生半可なおなごでは無理。……そう言った意味では一番は沙良が候補。だけど年が違い過ぎるのが難点。流石に十五は上過ぎ?」
なんだろう。忠臣達が勝手に俺の側女を決めて行く……助けて、ノブナガエモン。
「なんじゃ、その縋るような目つきは……。俺も初めての女子は爺が世話してくれたものだったぞ……津島の商家の娘だったな」
知らないよ、吉法師の初めての相手を世話したのが
「ああ、たしか太郎丸様と同年生まれの娘が忠惟の孫におったかと。……養子ではありますが、儂の曾孫、父上の玄孫となりますので問題は無いかと」
「おお、それは良い。早速、忠惟に話を通して、すぐにでも勿来に行儀見習いとして出仕させるかの?……そういえば業平のところにようやく生まれたのも娘だったのではないか?」
「それは良いですな!業平殿も元清様が家督を継がれたことを気にされ、外戚の権力が生まれることを恐れて家老職を退いた経緯があります」
「おお、それが良い!実情を知らずに、ただ柴田が遠ざけられたと他の家臣たちが思ってしまっては色々と面倒だからな」
……なに、人の側室話で盛り上がってるんだよ。
俺と同年だとするなら、その娘たちも数えの五歳だぞ?
やめてやれって!
「……父上も爺様も待て!旦那様の気持ちを尊重していない」
「待て!とはなんじゃ、待て!とは……って、儂らは太郎丸様の気持ちを尊重していないのか?!」
このくだり二回目だぞ……。
「それに、梢も笙もまだ五歳。親元を離れるとか行儀見習いとかは気が早すぎる。十になってから本人の意思を確認して女中塾に入ってから決めれば良い」
「「おお!なるほど!!」」
なんだか、知らないうちに、知らない経緯で話が進むな。
……そういえば、阿南が勿来に来たのも一桁だったか、そう考えると阿南も……武家の娘というのは辛い役割を担わされているよな。
うん、勿来に戻ったら阿南と沢山遊ぼう。うん、そうしよう!
天正八年 正月 古河 伊藤景基
「昨年までは父の喪のためとはいえ、どうにもご無沙汰してしまいしたな、景基殿」
「いえ、こちらこそ。……日々の叔父上の御助力、この景基感謝に堪えませぬ」
「はっはは!相変わらず景基殿はお父上の亡き大将軍様に比べお堅い。儂らは共に奥州を支える立場の者なのですからな」
私は固い……のだろうか?
確かに父上の生まれ変わりの太郎丸に比べれば硬いのかも知れないが……いや、どう考えても今の太郎丸は柔らかすぎるだろう。
まぁ、今年で五歳の童だし、仕様が無いのか……いや、父上なわけだから……。
「で、景基殿。少々話をしたくてこうして席を設けてもらったわけだが……」
こくり。
いかんいかん、今は大事な話し合いの時間だ。私は深く頷く。
輝宗殿は私の十一上、先年に晴宗殿が亡くなられるまでは、伊達家の実権のすべてを握っていたわけではないが、長年に渡って伊達家の舵取りを行なってきた方の一人だ。ここはしっかりとお話を伺おう。
「まず、父が亡くなってからの喪も明けたので、夏ごろには息子の梵天丸を元服させ、伊達家の家督を譲ろうと考えておる」
「……叔父上のお考えなら、とは思いますが、家督を譲るには早すぎませぬか?」
「なに、ただ家督を譲るだけだ。……ご存知だと思うが、儂は正式な、と申すか絶対的な正室を儲けてはおらん。嫡男の梵天丸も父の懐刀であった鬼庭良直の娘の喜多との間に生まれた子。弟の竺丸は相馬の娘との間に生まれた子。……梵天丸が長子ということもあるが、もし竺丸が継ぐ気配となれば相馬系の者達の言い分が家中でどうなることやら……」
確かに、相馬家は岩城騒動の折に反伊達で動いたことで、伊達家の全面攻勢を招いた。
同時に父上の手によって岩城領から南にも兵を差し向けられ、領主としての相馬家は滅亡した。
その流れにより、長年標葉・楢葉で領境を設けて来た相馬系の豪族たちは標葉から追い出されることにもなった。……伊達領での仕置きがどうなったかは知らないが、全ての豪族たちが処断されたわけでもなく、中には自分たちの家の再興を求める者達もいるだろう。
そうなれば、今度は標葉郡の奪回を企む輩も生まれて来るやも知れぬか……。
「うむ。そうなった場合には、どうしても伊藤家にも迷惑を掛けてしまうかも知れぬしな。……儂としては、伊達家の領分は阿武隈の北と思っておる。ここに、最上を盟友とし最上川の北を合わせる……後は南部との落としどころを探ることで奥羽を落ち着けることが出来れば最高なのだが……何より、南部とは北畠顕家公の旗の下で共に戦った仲。斯波とは違うのだ斯波とは」
「そうですね。……当家としては、釜石と和賀の鉄が十分に動くのならば、別段、それ以上には一切の言及をいたしませぬ。今後のこととならば、釜石の鉄を十分に積み出すことが出来る湊とそれを支える街道が整備出来れば良いかとは思っておりますが」
「左様か。……正直な所、和賀は内陸。胆沢や平泉からの街道も通っておるし、横手に向かう峠道もそれなりには作られておるが……東の北上高地はな……。正直、北上安中が頑なでな。儂ら伊達の下に付くことを拒否し、独立独歩の道を歩むと言うておる。……もし可能ならば、そのあたりの調略は伊藤家に任せて、四国連合の下に組みこむのは出来ないものかと提案したいのだが……どうであろうか?」
なるほど……。
北上の安中だと、相模にいる忠惟が早池峰近辺の出身であったな……。たしか、忠嘉の養子も北上安中だったか?
うむ。中丸に聞いてみるか。
実際に早池峰からの者ならば、北上安中とは話をつけやすいであろうしな……。
と、その前に忠宗に聞いてみるが一番か。
忠宗は一族の長老であるのだし、何かしらの良案を提示してくれような。
「わかりました、叔父上。私の方でも話が出来ぬか当たってみます」
「おお。それは有難い!……正直な所、閉伊郡の攻略も停滞気味でな。……なんとか沼宮内まで南部を押し込めれば、我らが有利な形で南部とは話がつくと考えているのだ」
「やはり、簡単にはいきませぬか?」
「行かぬな」
そうか……伊達と最上の二方向からの進撃。南部は持つまいと思ったのだが、流石は精兵で鳴らす南部家ということですかな。
「……問題は最上、羽州よ。景基殿。長男の義光殿が家督を継ぎ、山形盆地を抑えて横手、角館から秋田を望むまで……ということであったのだが、横手を落としたあたりで、義光殿の周辺の者以外が戦に倦んでしまっている。……流石に南部と独自に和睦云々などは無いが、どうにも無気力な兵の動かしぶりでな。そのおかげで、南部の主力がこちらに集まってしまい、どうにも狭い地形の花巻以北では、大軍が上手く行かせずに南部に上手く防衛されてしまっている」
確かに父上は良く言っていたな。
戦はまずは敵よりも多くの兵力を集めること、そのためには、決して敵に兵力を集中させぬ事。
そして、結局のところ一ヶ所の戦場には集められる人の数などは限界がある。更には、一度に矛を交えることが出来る人数には、もっと、もっと制限が掛かると。
故に、如何に複数の地点に敵兵を集め、こちらは兵力を集中させるかが肝要。そうすれば、実際の国力以上の兵力差を生み出せると……。
「そうなると、いっそのこと当家が気仙郡の北から海岸沿いを久慈のあたりまでを伺いますか?」
「そうなのだ、北上高地を抑え、久慈までをもうかがってくれるのならば、羽州が手薄となっても十分に南部の動揺を誘える!……どうか、大御所様と図っては貰えないであろうか?伊藤家が戦による領土拡張に積極的でないのは存じておるが、ここは一つ前向きに考えて欲しい」
「わかりました。叔父上のお考えは理解しましたので、上様、大御所様と安中の者達と話し合ってみます。……当家としても、東の航路の安全性と鉄の確保は大事な所ですので……」
微妙な関係だった長尾家とは、昨年に景竜叔父上が見事に話を纏めてきたので、今はとても友好的な間柄だ。
さすれば、北に船団と兵を派遣しても問題ないだろう。
……西は獅子丸に任せ、勿来の本軍、信長殿には北に注力して貰えれば戦力的な心配はない。
ふむ。当家の……というよりは、私が考える軍とはどうしても水軍が中心になってしまうな。陸は街道の確保と警備が主な仕事だからしょうがないか。
伊藤家に対しては微妙な距離を保っていた斎藤朝信殿に代わって、今は当家に友好的となった直江兼続殿が治める越後には兵を備える意味が薄れたわけだからな……。
ああ、そうだな、新発田や安田には、阿賀野川を使った道の共同開発をそろそろ提案しても良いかも知れぬな。
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