第63話 シベチャリチャシ

永禄五年 正月 古河 伊藤元景


 「伊藤殿、景藤殿。これが儂の嫡男、輝宗だ。今後の関東との連絡役および交易については、この輝宗と遠藤基信えんどうもとのぶが差配する形となる。以後よろしく頼む」

 「伊達輝宗でござる。伊藤家の皆様には以後よろしくお願いいたす」

 「こちらこそ、よろしくお願いいたす」


 今日は久方ぶりに四国連合が集まっての正月の宴ね。

 各家とも勢力が拡大している最中は中々に忙しくて集まれなかったのだけれど、今年は私が家督を継いでから初の年越し正月。小田原も落とし、名実ともに関東から伊勢家を駆逐した初めての正月ということなのでしょうね。

 区切りの祝いとして皆が古河に集まったわ。


 「いやいや、ご当主の皆様が古河に集まっている中、当家は代理の某で申し訳ございませぬ。輝宗様には初めましてとなりましょうか。新しく建てた上田城にて城主を任じられ、北信濃を監督しております真田幸隆と申します。お館様……輝虎様は現在越中にて、伊藤家のご紹介で、この度当家への臣従を申し込んできた畠山義続はたけやまよしつぐ殿と能登の仕置き中でしてな。申し訳ないことではありますが、代理として某が参りました。何卒ご勘弁のほどを……」


 最初に、輝虎殿がいらっしゃらないと聞いた時、代理は先年に古河へ援軍要請の使者として来られた直江殿だと思っていたのだけれど……。


 「なーに。某も以前にお邪魔した羅漢山での伊藤家の美物に目がくらみましてな~。是非にもとお館様にお願いして、某を使者にしてもらった次第でござる……まぁ、ここだけの話、お館様には焼酎をお土産に持ち帰れば怒られることは御座いますまい。はははは」


 陽気な人ね。父上と同年代だとは思うけど……なんか、人好きのする笑顔を見せながらも目の奥が笑っていない感じ、秀吉に通じるものがあるわね。


 「代理で申し訳ないのは某も同じこと、伊藤家の皆様と伊達様にはご無沙汰をしてしまいました。主、義昭は風邪を引いてしまったようでしてな、大事を取って太田城で家中の者とおります。某、義里が代理となります事、まずもって謝らせていただきます。そして、輝宗様、よろしくお願いいたします」

 「こちらこそよろしく頼む。佐竹一門衆筆頭の義里殿のことは父からよう聞いておる。そちらの景藤殿が幼いころに提案されたという久慈川の船旅については特にな」

 「おやおや、なんとも懐かしいことを……大宮と言えば、かの地で砂金が取れることを伊藤家より教授頂き、誠に助かりました。おかげで某が見ている大宮の地も人が集まり、大いに栄えておりまする」


 確かに、大宮の地は久慈川における常陸の玄関口という側面と、砂金の採集場所という二つの側面から、大いに栄え、人の流入が止まらぬほどだと聞いている。

 ただ、そのおかげで佐竹本家と南家の間で色々と齟齬が起きているとも忠豪が言っていたわね。


 今まではあまり見ることの無かった、佐竹本家と思しき人々があの近辺をうろついているらしいわ。

 ……当家の者達と変な諍いを起こさないでいて欲しいけど、どうなることかしらね。


 「大宮もそうだが、鹿島の賑わいは物凄いことになっておるではないか?儂らは此度、海路、塩釜から鹿島、守谷を通ってきておるが、途中で船を乗り換えた鹿島の湊の発展具合には大層驚いたぞ。いや、流石は佐竹殿だ。儂らも塩釜の湊を今以上に発展させて行かねばならぬ、と家臣共と話しおうておるところだ」

 「ははは。鹿島の湊は義昭様直々に開発の旗を振っておられましてな。義昭様曰く「伊藤殿の勿来の湊に負けるわけにはいかんぞ!」と……家臣一同、はっぽを掛けられ、中々に大変でござる」

 「そうよな……特に南蛮船が来航しておる姿は、これが奥州の湊か?!と驚く様よな?」


 そうね。確かに、がれおん船?だったかしら?あの大きな船が何隻も湾内に浮かんでいる光景は、筆舌に尽くしがたいものがあるわよね。


 「そう言っていただけるのは、大変に有難いことですが、伊達殿が力を入れている酒田の湊や長尾殿の佐渡の湊、直江津の湊も大層な賑わいと聞いております。また、何と言っても日本海側には京への道や明に通ずる道がありますからな。私どもとしては羨ましい限りです」

 「いやいやいや、所詮儂らのなど小さなもの。昔からの船は来ておりますが、海を渡った大陸からの船などは見かけませぬからな~。なんとか、伊達殿、佐竹殿、伊藤殿のように、当家の湊も大きくせねばならぬとお館様もお言いでござるよ。ははは!」

 「御謙遜を、真田殿。直江津の商人達は中々に強かと、酒田の者達からは報告が上がってきておりますぞ?港の拡充を急かされて溜らぬ、と鶴岡城に詰めておる家臣の桑折が嘆いておったわ!……と、時に伊藤殿、景藤殿。先ほどから、非常に美味で箸が止まらんこの料理は?」


 あら?ようやく、陳さんの料理に話題が変わるのね。

 私としてはもう少し早く驚いて欲しかったのだけれども……まぁ、驚いていても話題を振る時期を見計らっていたのかしらね?

 予想通り晴宗殿からこの話題が出たし。


 「ええ、先年に明からの民がこちらに来まして、彼らの料理を当家で取り入れたのです。明には「医食同源」という言葉があるとか、正月の膳に明の料理を並べ、皆様と共に今後の健勝を祈りたいと思って作らせました。お口に合えば嬉しいのですが」

 「ほほぅ!これが本場の明の料理ですか!いやいや、某、噂では明の料理のことは聞いておりましたが……なんでも、博多の方では大層な人気ぶりだとか?」

 「……ほう。博多の方で……博多と言えば大内殿が治めておられているはず、伊藤殿は大内殿とも御昵懇で?」

 「いえ、大内殿とは特に……ただ、交易を広く行っておりますと、どうしても明の人間との付き合いが出来ますので、この数年は多くの明の商船が勿来に来てくれているということです」


 大内家……特に何らかの書状も、景藤からの報告は受けていないわね。

 博多に関しては、玄六という商人と信長の個人的な付き合いが最も深い状況ね。


 「確かに、父上。この明料理というものは色鮮やかながら、味わいも複雑。様々な味が口の中で弾け非常に美味しゅうございますな。ゆくゆくは塩釜でも食せるようになれば良いですな」

 「……確かに。当家の鹿島にも明の船が来て欲しいものですからな。かの国の方々の胃袋から攻めるのも一興かもしれませぬ」

 「左様ですな。義里殿。当家のお館様は飯よりも酒というお人。健康の為にも明の食事なるものを導入してみますかな~。はっはは!」

 「「ははははっは!」」


1562年 永禄五年 正月 古河


 「あ~、そういえば皆様にお聞きしたかったことが一つ」


 酒も飯もある程度進んだところで、俺の方から一つお話しが……。


 「お聞きしたかったのですが、皆様の領地では銭の数が足りていましょうか?」

 「銭?というと、銅銭かな?」

 「はい。湊での商人同士の商いでは金銀が使われていて問題なさそうなのですが、領民間での商い等で使われる銅銭が足りなくなるかもしれぬ心配が浮上してきまして……お恥ずかしながら、他家の皆様のご様子を聞かせていただければと考えた次第です」


 この場に集まった四家。日ノ本中でも最も領地発展が出来ている地域の一つだと思うんだよね。


 特に、真田殿はああいってはいたが、直江津には若狭湾からの船がひっきりなしにやってきている、との商人ネットワークでの情報だ。

 輝虎以前の越後とは違い、今では、物々交換だけでなく金銀を使った商いが大きくなっているとのことだ。つまり、直江津の商人は今まで以上の仕入れ能力が出来たということ。


 直江津の商人の売り先は国内がほとんど。仕入れが増えたのなら買う量が増える。買う量が増えれば流れる銭の量も増える。

 国内の領民が売買に使うのは銅銭ということになる。


 塩釜、鹿島という一大商業港を持つ伊達、佐竹はもちろん言わずもがな。きっと長尾も銅銭問題は抱えているはず!


 「……なるほど。言われてみれば確かに当家では、大宮、水戸、鹿島などでは町人が増え、銭自体の必要数が増えていますな」

 「ふむ。当家でも米沢の城下と酒田で町人が爆発的に増えておるな……」

 「いやいや、流石は景藤殿!確かに当家も信濃、越中、能登、飛騨と領域が増えるに従ってその不安が出てきておりまする。特に、旧武田領では甲州金がありましたからな……何やらうまい方法がないかと思案しておりました……で、景藤様には妙案が?」


 おおぅ。幸隆からの期待が重い。


 「いえ、なんとか、その状況を改善するために、四家合同の銅銭を作れないものかと考えましてな?直ぐにどうこうするのではありませぬが、一度皆様に考えていただきたいと思いました」

 「ほう、我ら合同で銭を作るか、面白いな!細かいことは後で考えるとして、当家は問題ないぞ!」

 「ち、父上。そのようにおっしゃられても……家中の者とも協議しませんと!」

 「……左様ですぞ、伊達殿。……そうですな、当家も景藤殿の提案を家中の者と話し会っていきましょう。すぐに結論を出さねばならぬ問題ではありますまい。しばし、お時間を頂いてじっくりと協議して参りましょう」

 「ははは。当家も先に言った事情で、伊達家、佐竹家よりは踏み込んで考えねばならぬ案件ですな。上田におる儂自身の考えとしては、非常にそそられる提案ではありますが、ことは領内の全てに渡りますからな。お館様ともじっくり検討をした上で、お答えさせていただきたいと存じまする」


 想像以上に皆さんからの感触は良いね。

 これなら、次善の策ぐらいは実現できそう。


 「是非ともよろしくお願いいたします。当家もこれまで以上に検討に検討を重ねていきたいと思いますので、何卒……」

 「うむ。では、堅苦しい話はここまでじゃな。あとは心行くまで酒と肴を頂くとしようではないか?」

 「そうですな。折角伊藤殿が我らの為に整えられた美物。喜んで頂戴せねば罰が当たりますな!」

 「……では、某もありがたく」


 なんとも、みなさん、陳さんの本場中華に胃袋をやられたようですな!

 素材も香辛料も火力も、この時代の日本を見渡して、これほど旨いものを出せる地域はほかにないと自負してますからね!


 中華料理は火力が命です!


永禄五年 啓蟄 勿来 伊藤阿南


 「お方様!よろしいのですよ、そのようなことは私共が!」

 「「そのような事」ではありませんよ。後見様にとって信長殿は一の腹心とも言うべきお方。それに南も三回目の妊娠ですからね。このぐらいの時には多少動いた方が、身も心も楽なものなのですよ」


 今日も勿来の奥の丸、その渡り廊下は景色が素晴らしい。


 「あなたも早く父様、母様と一緒にこの光景を見ましょうね」


 そう言って南は大きくなりだしたお腹をさすります。


 気分が悪くなるのもなくなってきた今日この頃、この子は夏生まれになるのでしょうかね。

 義母上からは、夏の出産には十分に気を付けなさいと言われています。石鹸を使って隅々まで清潔に、食べれるようになったこれからは、しっかりと滋養のあるものを食べようと思います。


 それから、適度な運動も良いらしいですからね。

 お茶を運ぶ役目は南がこなさなくてはデス。


 「お茶を持ってまいりました」


 がらっ!


 おや、自動で衾が開きましたね。


 「ああ、大丈夫か南。誰かに手伝わせ、其方はゆっくりしておれば良いのだぞ?」


 ふふっふ。旦那様はいつになっても南のお腹が大きくなると過保護になります。


 「大丈夫です。南ももう三回目。義母上を始め、城の皆さまもわかっているのですから、そのように焦らないでくださいな。無理はしておりませんから……さて、お茶を置きたいのでそこをどいて下さいませぬか?」

 「お、おう!そうだなささ、机の上においてくれればそれで良い」


 ん?どうやら、部屋には信長殿だけでなく秀吉殿も利家殿もいらっしゃるご様子。

 ……利家殿がいらっしゃるなら、この量では蒸かし芋が足りなくなりそうですね。あとで、追加してこなくては……。


 「……あ、いや、お方様。某も二十の半ば、そうそう食い物を頂くわけではありませぬぞ?」

 「あら?では、追加は持ってこない方がよろしいのかしら?」こてん。

 「……ご用意頂いているのなら、それを断るほど、この利家無粋ではございませぬ」


 ですよね!


 「かかか。最初からありがたくいただいておけば良いのじゃ、犬千代。お主の胃袋が三人前であることは誰もが知っておることよ。お方様、ご厚意有難く頂戴しますぞ?我が殿にかわって、この藤吉郎が感謝いたしまする」

 「……まったく、お前たちはいくつになっても……お方様も困っておいでではないか。そのぐらいにして話に戻れ!」

 「「はっ」」


 この四人が話している姿を見ると何やら懐かしいと同時に、ほっとしますね。

 だって、南が勿来に来た時から、この四人はいつもうつけとしか思えぬ話をしてきていたのですから。

 それが、いまや東国では押しも押されぬ大身。その支柱となる方々なのですからね。


 うん。なんか、懐かしい雰囲気なので、今日は旦那様のお隣でぎゅっとしながら、四人のうつけ話に耳を傾けましょう。

 お腹の子も産まれてからうつけ話を聞くのではびっくりしてしまうでしょうからね。あらかじめお腹の中にいる時から聞いておけば良い予行となるでしょう。


 「……では話を戻すぞ。結局、南部家は蠣崎家との和睦をなし崩しにし、季広殿が籠る茂別館を兵で取り囲み、制圧した。おかげで、蝦夷地からの交易品を手に入れる機会が無くなったと思って困り果てておったのだが、先達て季広殿が内密に一人の男を紹介してくれたのだ。季広殿の遠縁で宇須岸うすけしの地で海賊衆を率いている者、名を函館次郎三郎はこだてじろうさぶろうという若者がおって、この者が引き続き我らの交易の手伝いをしてくれることとなった」

 「ほう!函館衆が手を貸してくれるか!」


 良く分からないのですが、ざっくりとした南の理解ですと、今後も昆布や鮭に毛皮といったものは引き続き勿来に来るということですね。

 昆布も塩にまぶした鮭も、南は大好物です。陳さんがこれらの食材を使うと、本当に頬も落ちてしまいそうな幸せが全身を駆け巡るのです!ほら!旦那様も嬉しそうですよ!


 「しかし、信長様。湊はどうするので?今までは函館の湊を使っていたはずですが、流石に茂別館が南部方に落ちたとなると使用するのは難しいのでは?」

 「ふむ。秀吉の言う通りだ。吉法師よどうやって荷を受け取るのだ?」

 「ふふっふ。聞いて驚け太郎丸!これより勿来武凛久船団は直接、蝦夷地の民と直接商いをするぞ!茂別の裏には広大な湾が広がっておってな、そこに流れる大河の脇の城、彼らは「しべちゃりちゃし」と呼んでおる。そこの当主の「すとぅしゃいん」なる者と話を付けてきた!」

 「「おお!!」」


 思わず南も声を上げてしまいました。

 とりあえず、そのしべちゃりちゃしと言うところから、昆布は届くということですね。

 素晴らしいです!


 「これで俺たちが南部に煩わされることはあるまい。これからは自由に交易をしようというものよ!……で、太郎丸の方は何ぞあるか?仕事の話でなくと構わんぞ」

 「……特には無いぞ?無いが……そのなんだ。つまりだな……」

 「ん?何を言い淀んでいるのか知らんが申せ!」


 あ!これはあの話ですね。

 なんか腹立たしいので、旦那様をつねります。そう思いっきりつねってやろうと思います!


 「いたたたた。止めぬか阿南……」


 いいえ、やめませぬ。

 義姉上からも「景藤をつねるときは思いっきり行きなさい。それで、どうこうなるような鍛え方はしてないから!」と言われていますからね!


 「はぁ……。後見様が言いにくいようなので、儂から……信長様、後見様はこの正月を終えると同時に、伊達様の養子となられた最上の姫様、義様を側室として迎えられました」


 ぎゅっ!

 なんか藤吉郎に改めて言われると無性にモヤモヤします!


 「!だから痛いと!!!」

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