第50話 布教と貿易と欧州情勢と

弘治四年 秋 古河


 「お待ちください。私の方から一件ございます」

 「何ですか?大事は勘弁していただきたいのですが」


 参ったね!伊織叔父上の信頼が厚すぎて警戒されちゃってるよ!


 「いえ、大事は大事ですが、私がどうこうというのではなく……勿来に南蛮船、切支丹の宣教師がちょうど私がこちらに向かう前々日に到着をしまして、「領内での布教の許しが得られるよう、ご当主様にお目通りをさせて頂き許しを頂戴したい」と。一行は宣教師二名と九州の切支丹が一名通訳として、もう一人南蛮船の船長兼商人、この四人で上陸してまいりました」

 「ふむ。南蛮坊主が布教と交易を組み合わせにしてやってくる、というのは噂で聞いておったな……信濃守よどう思う?」

 「左様。話には聞いておりましたし、この評定の席でも南蛮人のことは雑談として、話には上がっておりましたしな。他の近領と同じように、布教は許すが深い入りはさせない。この程度でいいのではないですかな?父上」


 それが無難ですよね。

 大友さんちみたいに深入りするのはちょっと危険、だけど南蛮交易はしたい。

 特に火薬……というのが畿内から東の諸将の平均的な反応だ。

 伊藤家もそのあたりのスタンスはよそと変わらないよね。


 「私もその対応に賛成です。ただ、坊主たちが南蛮寺を建てたいと言ったら、当家で建ててやっても良いのではないかと思っております……あ!もちろんのこと資材と人手の分の銭はきっちりと割高で頂きますよ?ただ、南蛮寺を彼ら自身の手でむやみに建てられては、逆に厄介だと感じておりますので、城下の決められた場所に、決められた大きさで建ててやる。費えも全額、手数料込みで払わせる。これがちょうど良いのではと考えております」


 草の根布教をされるのが一番厄介なんだよね。

 伊藤家に限らず、今の日ノ本では農村部には字が読めて、それなりに学がある人間が必ず数人はいる。ただ、多くの村人は「朴訥」で「純粋」だ。話の持って行かれ方次第では、危険な方向にのめりこみそうだもんな。

 せめて、都市部分、城下町での布教という形でのクッションを置きたいと思う。


 「ふむ。悪くないとは思うが、それでは寺とか神社も建ててくれと言ってくるのではないか?」

 「はい。景貞叔父。それで結構だと思います。城下に金を落としてくれるのなら、盛大に落としてもらいましょう!」


 国営企業の民間営業部門である。

 伊勢は小田原に引きこもり、形の上は関東も落ち着いているので、これ以上の築城もない……?しな。

 問題は……。


 「景藤……。そうなると、私のところが「大事」になるのですがね」


 はい。そうですよね。


 「伊織叔父上の御懸念はごもっともなれど、やはり土木奉行所は大きくなければなりませぬ。領内でやらねばならぬことは山積みですので……ただ、そうなった場合、今の叔父上の元に管理が集中するようなやり方では上手く行きませぬ。そこで、各城の下での管理を強め、叔父上はそれぞれの城からの報告に目を通す形にする方が良いかと思います」

 「……あんまり、私の激務が軽減される未来は見えませんが……ただ、城での管理を強めるための方策として、城下での建築ですか。まぁ、悪くはないですね。今後、各城下の人口が増えれば、自然と土木奉行所の人員と仕事は増える。それを私がいちいち監督するのは不可能ですからね……先年のように相模からいきなり本宮に呼ばれるような無理は無くなるでしょうからね!」


 ……本当にスイマセン!

 何も言わずに思いっきり頭を下げる。

 伊織叔父上の氷の視線は本当に痛いのよ……物理的に。


 「ふむ。では布教に関してはそのような形で良いのかの?」

 「では、南蛮坊主には布教を許すが、その拠点は城下町の南蛮寺に限る。この形でということで……で、その者らは古河に連れてくる算段になっておるのか?景藤」

 「はい。古河での謁見の許しが出次第、忠清にこちらへ連れてくるよう伝えております」

 「謁見……そんなえらいものでもないのだが。まぁよい、会おうではないか。忠清へ連絡を入れよ」

 「はっ!そのように取り図らいます」

 「では、今回はここまでじゃな。各々、しっかりと頼むぞ」

 「「ははっ」」


 早速知らせを忠清へと送らねばな。

 彼らが来るまでの数日は、厩橋にでも行ってるか……。


 さて、宣教師一行だがその面子はこうだ。

 勿来に来た四名、宣教師がフアン・サンチェスとビクトル・ゴンサレスで、通訳がパウロ吉蔵、商人がアルベルト・ヘスス・サンタクルス……地名が苗字って商人じゃないよね。貴族だよね!ってことで、勿来で俺と吉法師が面会した時にはちょっとした騒ぎになった。


 ………… 三日前 勿来 …………


 「……というものでして。へい。わたしめは通訳をしておりますパウロ吉蔵と申します。へい。何卒よろしくお願いいたします」

 「うむ。よろしく頼むぞ。吉蔵。さて、実は私はイスパニアとエゲレスの言葉は多少操れるのでな……勿来に来たイエズス会の修道士がポルトガル人ではなくイスパニア人で助かったわ」

 「へ?殿さまは言葉がわかるので……?」

 「おう。先ほどから行っておるお主の通訳程度のことならわかるぞ」


 ありがとう。前世の社畜時代!

 入社後に覚えたスペイン語がここで活躍するとはね!英語は普通に大学まで行っていたので問題なく使えるな。仕事でも使ってたし。


 「あ~コホンコホン。私は伊藤景藤という。ここら一帯、岩城地方の領主で、伊藤家の嫡男だ……私の言葉がわかるか?」

 「な、なんと!ご領主様はカステリャーノを使いになるのですか!」

 「ははは!多少はな!これも自衛の為だ。いちいち通訳を通していてはお前たちとの意思疎通も困難であろう」

 「そ、それは……非常に助かります……」


 おお。びびっとるな。

 そのビビリがやましいことを計画していたからでなければ良いけれど。


 「ただ、一点、その方らの自己紹介で気になった点がある……ゴンザレスよ。その方が沖合にある船の責任者であるようなことをパウロは言うておったが、船の責任者は船長であろう。たしかにその方は先任の宣教師なのであろうが、責任者では無かろう」

 「「……」」

 「しかもアルベルト卿は貴族ではないのか?サンタクルスはカスティーリャ王国の地名だったと記憶しておるが?もし、そうなればお主らは俺を、敷いては伊藤家を謀ろうとしておったのではないのか?ん?」


 隣で阿南が目を丸くしているな……そういえば、俺が外国語話せるって伝えてなかったっけ?


 うむ。その一方で吉法師が面白そうにやり取りを眺めておるな。

 お前さんは暇を見ては俺から言葉を習っていたので、吉蔵よりほんの少しだけしゃべれない程度で、大分スペイン語を理解しておるだろうに……。


 「修道士殿。ご領主はお見通しだ。ここはxxxxしてxxxxするのが得策だ。偽りを捨てるのだ」


 おお!貴族言葉、というか十六世紀の貴族言葉とかよくわからない単語が沢山入ってるじゃないか!

 修道士の外人対応言語なら理解できるけど、ガチのネイティブ会話は流石に理解できんな。


 「景藤卿、貴方の言う通り、私の生家はラ・マンチャのサンタ・クルスの領主でスペイン国王よりマルケスの爵位を頂戴しておる。ただ、私自身は領主の三男で継承権は無い。ゆえにフィリピンを拠点にする一軍人に過ぎん。過分な対応は結構、サン・フアン・デ・エヴァンヘリスタ号の船長に過ぎんさ」


 伝道者と洗礼者の違いで伊達正宗のガレオン船名になっちゃうな。


 「ん?サン・フアン号だからフアン殿なのか?」

 「「はははは!」」


 おっと、このご一行相手には鉄板ギャグ?


 「……あまりお揶揄いにならないで下さい、ご領主様」


 宣教師の方のフアンが肩を震わせ、泣きそうな顔をしているな……すまんすまん。

 しかし、そうしてると、彼らも年若いのが良く分かるな。

 一番年かさのアルベルト卿で三十代半ば、宣教師の二人は二十代半ばかな?吉蔵は十代に見えるしな。


 「スマンスマン。では本題に戻ろう。おぬしらはイエズス会宣教師としてカトリコを広めに来たのが二名、現地通訳の教徒が一名。輸送兼偵察役が一名ということか?」

 「……偵察役とは随分ではないか?ご領主」

 「しかし、軍人の船長が一緒なのだからな。しかもスペインはフェリペ二世が新王として即位してほんの数年であろう?バンカロータもしたし金銀は欲しかろう?マリア一世と結婚してイングラテラの私掠船の脅威も減ったであろうから大西洋と太平洋の貿易は最重要課題であろうな。明への進出はだいぶポルトガルに先行されておるし、大友殿の下にはポルトガルの宣教師が食い込んでおる。ならば東の勢力と手を結ぼうと考えるのはスペイン王国としては自然ではないか?」

 「……」


 黙っているな。そりゃ、多少年号の覚え違いはあるだろうが、これでも卒論は「大航海時代におけるスペイン海軍の役割と重商主義への影響」だからな。

 はったり込みでしゃべれば侯爵家の三男と張り合えるぐらいの知識は残っているぞ?


 「降参だ、領主殿。いや、景藤卿。其方はエウロパの事情にも詳しいようだ……フアン修道士、ビクトル修道士、たぶん景藤卿はローマの情勢にも通じておるぞ。ここは逆に景藤卿を通じて伊藤家のお力を貸していただくのが最善だと私は思う」


 ……いや、キリスト教史はそこまで詳しくないよ?

 そろそろフランス宗教戦争が始まって、その次がオランダ独立戦争、とどめが三十年戦争ってことだけだな、覚えているのは。


 「アルベルト卿のおっしゃられる通りかと……景藤卿。ご存知かと思いますが我らはイエズス会の修道士。イエズス会は教皇の親衛隊とも呼ばれ、あまねく世界のその全てにカトリコの教えを広めるために身命を賭しております……正直、その使命の為に一時的には悪事に加担する者もおったことでしょう。しかし、それもすべてはカトリコの教えの為です……」

 「皆まで言わずともよい!これより私は父上の下で一族の会議をしてまいる。そこで、お主らの布教が許されるよう掛け合ってくる」

 「あ!ありがとうございます!」

 「ただし!」


 そう「ただし」だ。


 「教会は我々の決めた土地以外で建てることを認めぬ。他の宗教を信ずる者相手でも「神の下の平等」の原則を犯すことは認めぬ。また不逞商人どもの商売は一切認めぬ。この三つは守ってもらうぞ。守れぬ場合は、その命をもって償ってもらう。よいな?!」

 「承知致しました。全く問題ございません。我らが身命を賭して、信徒たちには景藤卿との約束を全て守らせます」


 よし!話はまとまったな。


 後は時間とともに信頼を彼らと深められたら、スぺイン王国と同盟を結んで太平洋貿易だな。

 ノエヴァ・エスパーニャには頑張ってロングビーチに港を作ってもらって、パナマの運送も頑張ってもらわんとな。前世世界の環太平洋の商業航路を作らねばね!


弘治四年 秋 古河 伊藤伊織


 「伊織叔父上、すみませんが二三お聞きしたいことが?」


 評定が終わり古河城内の自室に戻った私の下を訪れた景藤からそう言われた。

 ……厄介事は御免ですよ。


 「厄介事は御免ですよ」


 心に思ったままを口に出してしまいましたね。まぁ、景藤相手ですから良いでしょう。


 「いえ、厄介事?……ではないと思います。たぶん……」


 信用なりませんが、いいでしょう。

 一応は話を聞いてあげるのが優しい叔父の姿というものです。


 「相模は当家の領地で一番暖かい場所です。そこで、どこかに橙や橘などの類いが育ってないかと思いまして。果実を食べる分には酸っぱすぎる物でも構いません。これらの搾り汁を瓶に詰めて南蛮船の船長に売りつけようと思っていまして」

 「ん?食べるのに適さないような酸っぱいものでいいのですか?」


 搾り汁として飲むなら、もう少し違う物の方が良さそうにも思えますが?


 「はい。構いません。南蛮船での航海は長い距離ですとひと月を優に超えます。それだけの長い航海、どうしても食い物の種類が偏り身体を壊す者。具体的には血を壊す者が現れるのです。その病を治すため、罹らぬようにするためには酸っぱい果実の汁を飲むのが一番とのことで、これらを瓶に詰めて売って欲しいと南蛮船の船長に頼まれたのです」

 「なるほど。確かにそういったものが必要となれば、当家ではまずは相模を探すことになりますね……しかし、それは橙や橘だけなのですか?他の果実ではだめですか?」


 相模を探せばそれらの木はあるでしょう……三浦半島あたりですかね?

 山の方は阿夫利寺の者に聞いてみますか。

 しかし、他の果実でも良しとなれば、選択肢は大分広がりますね。


 「どうでしょう……確かに、他の果実でもいいようにも思えます桃、柿、梨……橙、橘にばかり頭が行ってしまいましたが、確かに他の果実も売れますね!」

 「ふふふ。景藤相手に一本が取れたようでうれしいですね……しかし、そこまで薬としての価値があるのならば……工房を湊に建てて盛大に南蛮人たちに売りますか」

 「おう!叔父上それは素晴らしい!当家の領地で湊と呼べるのは勿来と三崎ぐらいのもの。ここに南蛮船を呼び寄せ交易を盛大に行いましょうぞ!」


 ……これは盛大に墓穴を掘ってしまいましたかね。

 三崎には確かに湊がありますが、伊勢の連中が火をかけて棄却した後の手入れをしていないので、使える湊にするためには大規模な改修をしなくてはいけません。

 いっそのこと、別の場所に造りますかね。

 地形的により優れている場所があれば、そちらに湊を移すのは吝かではありませんね。


 「三崎の湊を使うということは、鎌倉の城下が大いに栄えそうですね!享徳の乱以降、良いところが何もない鎌倉の人々も喜びそうですな!武士の府から南蛮貿易の府へと変わるのですか!夢が膨らみますな!」


 う~ん。まさかとは思いますが、景藤は確信的に俺の仕事を増やさせようとしてませんかね?

 もう一度どこかで締め直す必要がありそうですね。

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