Case.57 隠し事をする場合


「か、隠し事ですか……?」


 初月は二人と目が合わせられなかった。

 心木が失恋するまでの過程、七海が現在何をしに行ったか、そして、自分の七海への気持ち──その全てを知っていた。

 それらを上手に隠してきたはずなのに、どうやら日向たちに勘付かれてしまったようだ。


「どうして、そう思うんですか……?」

「……塩キャラメルの匂いがしたの」


 失恋センサーの的中率は知るところ100%だ。誰に対してまでかは分からなくても、いずれ相手が七海だとバレるのも時間の問題だ。


「それに、別に匂いなんて頼らなくても何かあったのかなーって思うよ!」

「ユウキ。アタシら友達だろ。友達は、困った時に助け合うものなんだぞ。何かあったのなら話してくれないのか?」


 二人は本気で初月のことを心配していた。

 最近は、上の空であることが多く、会話もたどたどしい部分があったりする。


 しかし──


 ──友達だからこそ話せない。

 わたしが七海くんを好きだなんて、それこそひなたちゃんを裏切ることになるから。


「……実は、まだ雨宮くんのことが忘れられなくて」


 だから、また嘘をついた。


「「……そっか!」」

「え?」

「もう〜ういちゃんったら別に二回も好きになるのは恥ずかしいことじゃないんだぞ〜」

「ユウキ、よく話したな! アタシらがユウキの失恋更生してやるよ!」


 言葉を信じた二人は、ワイワイと太鼓や旗を準備しだす。


「え、えっ、し、信じてくれるんですか?」

「あたりまえだよ!」「当たり前だろ!」

「……ありがとうございます」


 初月は作り上げた笑顔で微笑んで見せた。

 けれど、本当にこれでいいのだろうか。

 大事な友達だからこそ言えない真実だったとしても、二人の優しさにつけ込んで自分の本当の気持ちを隠してみせた。

 ここで学んだことは、こういうことだったのだろうか。



「じゃあ、さっそくういちゃんの失恋更生──」


 日向が声を張り上げた途端、本部の扉が開いた。

 ノックもせずに入ってきたのは氷水だった。

 俯き、肩を落とす彼女が、元気がないことは一目見て気付いた。


「どうしよう……」


 氷水は息絶えそうに声を絞り出した。

 明らかに何かあったのは間違いないが、失恋センサーに引っかかっているわけでもないので、日向にも何があったのかは予想できない。


「どうしたの、生徒カイチョー?」

「わ、私……いつの間にか難関美女四天王の座を降ろされてるのよ‼︎」


「「「……はい?」」」


「入学してからずっと四天王でいたのに、『七海って奴と付き合ったから降格だねー』っていきなりクラスの人に言われたのよ! 私、別に七海と付き合ってなかったのに! ちょっと七海とのフラれ劇の脚本が悪かったんじゃない⁉︎ あれじゃ、一度は付き合ったことを認めてるわけだし!」

「え、そんなこと気にしてたの⁉︎」

「そうよ! なんか悪い⁉︎」

「えー、だって、そんなキャラじゃないと思ってたのにー」

「別に気にはしてないわよ! けど、四天王って響きがカッコいいじゃない!」


 氷水は根っからのオタク。生徒会長になったのも、推しの柴田政宗に会える可能性を手に入れるためという不純な動機で就任したのだ。

 それに生徒会長という肩書きも好きだった。


「〝不溶の女帝〟という二つ名だって、気に入ってたのに。『付き合ったから溶けちゃったね〜』とか、だから付き合ってないし‼︎」

「ちょ、生徒カイチョー落ち着いてー!」


 初月の失恋更生はどこへ行ったのやら。

 氷水が抜けたことにより、これで難関美女四天王における四つの枠が無事に収まったことになる。


 ただ初月はこの展開に少し安堵していた。しばらくは追及はされないだろう。

 けれど、このままでいいのか。彼女は自問自答を繰り返していくこととなる。



   ◇ ◇ ◇



「心木さん!」


 心木を捜していると、机に突っ伏しながら、教室で一人スマホをイジっていたところを見つけた。

 けれど、呼びかけてきたのが俺だと知った彼女は、荷物をまとめて逃げるようにして出て行った。


「ちょ、待ってくれ……!」


 渡り廊下で心木の腕を捕まえる。

 元々、か細い彼女だが、今にも折れそうなくらいやつれている気がした。ご飯ちゃんと食べてるんだろうか。


「すみません。自分、体調が悪いので帰ります。もし、PUREの方に会ったらそう伝えておいてください。金城さんとは仲が良いから伝えられますよね」

「まずはそのことなんだけど、俺は──」

「あ〜七海くんだ〜♡ どしたの、こんなとこで〜?」


 噂をすれば影が差す。

 背後から金城がまた抱きついてきた。背中に柔らかい感触を受けてしまっては、つい掴む力を緩めてしまう。

 その機を逃すことなく、心木は俺のことを振り払うと、会釈だけして去って行ってしまった。


「仄果ったら、最近体調良くないんだって。心配だよねー」

「お、追いかけないといけないから、は、離せっ……!」


 背中にびったりと抱きつかれる。俺こそ金城を振り払おうとするが……こいつ意外と力が強い!


「えー、話していこうよ。それとも、やっちゃう? 学校でなんて七海くんはやっぱ変態だねー」

「そんなことしねぇよ⁉︎ いや、けど金城にも話したいことがあって──」

「あー、やっばー。もう帰らないとー」


 と、いきなり金城が離れたので、前に重心をかけていた俺はそのまま転ぶ。


「じゃねー七海くん。また明日ー」


 金城もまともに取り合ってくれず、どっかに行ってしまった。俺はそのまま尻だけ突き上げた状態で、うつ伏せに倒れていた。


 くそっ……全然、気持ちが伝わらん。

 それもそうか。心木は俺と金城ができていると思ってるわけで、改めて話があるとされたら自分がフラれると確信しているんだ。

 彼女は恋を終わらせたくない。だから、俺の前から逃げてしまう。

 金城は……結局何がしたいか分からん! あれも彼女なりのアプローチなのか……?


「……そんな格好で何やってんだ貴様は」


 俺がこのまま考え込んでいると、正面に土神が立っていた。最初に会った時と同じように、男子指定のズボンを履き、男のような格好をしている。

 しかし、下から見れば確かに胸が膨らんでいることが分かるな。何かで抑えつけているのだろうが、さすがの暑さに土神も夏服で薄手のためか分かりやすいな。


「おい、何を見ている。この痴れ者がっ……! 早く立て」

「あ、あぁ悪い……」


 土神から差し出された手を取ると、


「わあああああああああ⁉︎」

「へぶしっ⁉︎」


 そのまま投げ飛ばされた。

 忘れてたよその自動設定!


「はぁ、はぁ……なんでボクは手を差し出したんだ……?」

「いや、知らねぇよ」

「ん、すまない。再び寝転がっているところ悪いのだが……」

「本当に悪いと思えよ」

「……少し、貴様に相談があるのだ」

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