Case.55 自覚する場合


「ちょ、ちょっ⁉︎ 何でこんなことするんだよ⁉︎」

「何でって、男ってみんなこういうこと好きなんでしょ?」

「そ、そんなわけないだろ!」

「なら、さっさとあたしをどかせば? 力はそっちの方が強いんだし。それに流されてここにいる時点で、本当は七海くんも望んでたでしょ? なら、さっさと本能に従っちゃいなよ〜」


 跨がる金城は、その場で上下運動をし始める。

 こんな密室で密着されてしまっては、理性が吹っ飛ぶ……いやしかし! それでもこれは流石にマズイ!

 本当は、乱れた制服姿の金城の腰を掴むのも気が引けたし、無理にどかして異常に硬いカラオケの机にぶつけてしまうかもとチキっていた。

 だが、それはあくまでも言い訳にしか過ぎない。これらを後ろ盾にすることで、起こる事案を正当化しようとしていたんだ。

 金城の言ったように、流されてここにいる俺が悪いわけだし。

 これを見られては、あいつに何言われるか分からない。とにかくここは思い切って、金城をしっかり動かして──あれ、手が動かせない。


「もう〜、モタモタしてるから手錠かけちゃった〜」

「ええっ⁉︎」


 両手首に手錠。バンザイさせられた俺は迫る彼女の唇をそっぽ向いて避ける。

 再び頰にキスされてしまったが、何としてでも自分の唇は防ぎたかった。

 ……ん、何でそう思ったんだ。唇とそれ以外の場所であれば、言い訳の度合いが変わるからか?


「どうして避けるの」

「い、いや、なんかいけない気がするというか、罪悪感があるというか。それに俺がこんないい思いしてると怒られるからな」

「……は? 誠実気取ってんの? 自分は他の男と違うとでも言いたいわけ?」


 軽かった金城が突然見せた芯をついたような一言。

 いつも明るい彼女から笑顔が消え、見下すような瞳でこちらを見ている。実際、構図でも見下しているが。


「もういい。どーせ、すぐに快楽に溺れるくらいあたしは分かってるつもりだから」


 今度は避けられないよう、金城は俺の両頬をガシッと掴まえる。


「ねぇ、よかったらさ、あたしと付き合おーよ」


 迫る唇。俺は思わず目を瞑ると、個室の部屋がいきなり開け放たれ、誰かが入ってくる。


『そ、そこまでです……‼︎』


 現れたのは、初月だった。

 個室のマイクを片手に、大音量の声でその場をおさめる。


「う、初月さん⁉︎ どうしてここに⁉︎」

「確か失恋更生委員会の……もしかして3人でご所望で?」

『ふぇ、ふぇっ⁉︎』

「冗談だよ。はぁ、なんだか白けちゃったなー」


 金城は俺の上からどくと、服をしっかりと着直して荷物を持って出て行く。


「とんだ邪魔が入っちゃった〜。七海くん、また一緒に遊ぼうねー♡ あ、その手錠はボタン一つで簡単に外せるよ。じゃあね〜」


 去り際、何事もなかったかのように、いつもの表情で金城はこちらに手を振り、帰った。

 彼女が言うように、指の届く位置にあったボタンを押すと拘束が解除された。ただのオモチャだったようだ。


「………………」

「………………」


 残された俺と急に現れた初月は、何からどこまで話したらいいか分からず、黙ってしまった。

 流れ続けるカラオケ特有の番組と、平日の昼間にも関わらず歌いに来ている人たちの歌声が外から聴こえて、うるさくはあった。

 まぁ、俺もそいつらと同じなわけだが、どうして初月までここにいるのだろうか。


「初月さんはどうしてカラオケに……?」

『金城さんに連れて行かれる七海くんを見たんです。その、心配になって後を付けてたんです。部屋が分からなくて入ってから探すのに手間がかかりましたが……』


 騒々しい店内のため、初月はマイクを使って話すが、それでも声は小さかった。


「心配って……まぁ、心配かけたか。ありがとな。もう少しで危なかった」

『──何が危なかったんですか』

「えっ、いや、それは……」

『わたし、もしかして止めなくても良かったですか?』

「いやいや! そんなことないよ! 本当に助かったって!」

『七海くんって最近、色んな女の子と遊んでいますよね。まぁ、わたしもその一人ですけど……』


 初月が言うように、失恋更生委員会の面子や対決したPURE、可愛い女子と共に色んなことをするようになった。

 側から見たら俺はリア充そのものじゃないか。クラスの男子が妬むのも分かる。


『──七海くんは好きな人いますか?』


「……はっ⁉︎」

『七海くんって、結局誰が好きなんですか』

「どうして、急にそんな話を……?」

『……わたしは七海くんにとても感謝しています。だから幸せになって欲しいんです』

「あ、あぁ、ありがとう……」

『けれど、この想いがわたしのワガママで、またあゆみちゃんの時のように押し付けているかもしれなくて、だから七海くんの気持ちを知りたくて聞いているんです』

「初月さん、さっきから何を……」

『……今、七海くんは誰を思い浮かべていますか……?』


 俺が誰かを好きとか……雲名にフラれて以降、考えたこともなかった。

 日向に無理やり変な団体に入れられて、それからあいつに強引に引っ張られる形で活動をさせられた。

 喧嘩したり、デートなんてしてみたり、色々あったけど、その中で俺は……


 え……いやいや! それはないだろ! 何であいつの顔が、てかあいつの顔以外ぼんやりしてやがる。強烈過ぎんだろ!


「──わたしじゃないですよね」


 初月が何かを言った気がするが、マイクを口元から外したせいで内容は聞き取れなかった。

 けれど、目に涙を浮かべていた。


「う、初月さん⁉︎ やっぱり最近なんかおかしいって。体調が、もしくはテストがヤバかったか⁉︎」

『……いえ、大丈夫です。七海くんは優しいですよね』

「えっ、あ、ありがとう」

『では、わたしはこれで。別の部屋を取ってますので、そこで気分転換に一時間ほど歌ってきますね。お互い残りのテスト頑張りましょう……!』


 そう言って、初月は部屋から出て行った。

 結局、彼女は何が聞きたかったのか。俺にはよく分からなかった。もう、分からないことだらけだ。


 ……優しいか。よく言われてきた言葉だった。

 褒め言葉ではあるが、別に嬉しくはないんだ。

 優しい男というのは、恋愛対象になることはない。

 個性が消えた人に贈る、お決まりな言葉だから。


「……あれ、金城の奴、お金置いてなくないか⁉︎」



   ◇ ◇ ◇



 204号室。

 初月は一時間だけ部屋を取っていたが、一度もマイクを手に取ることはなかった。

 部屋の電気を付けず、座面が固い長椅子に横になって寝ていた。


(わたしは、七海くんの気持ちを知って、どうしたいんだろ)


 何をやっているのか。今までの自分なら考えられないことが続いていた。

 そのせいで周りから心配される始末。テスト期間中は人に会わなくても過ごせるが、終わってしまえば当人もいる失恋更生委員会の活動が待っている。


 次は日向の気持ちでも聞こうか。

 けれど、それを知ってどうする。

 いや、もう分かっているはずだ。


(二人が両思いじゃなければ、わたしでもいいよね)


 横恋慕をしてしまった過ちを二度と起こさないため。


(わたしは七海くんが好き。けれど、ひなたちゃんも大好き。だから二人を傷つけてしまうくらいなら、わたしが傷付けばそれでいい)



   ◇ ◇ ◇



「失敗したなー」


 金城はスマホで撮ってあった動画を見返した後、すぐに消した。

 彼女の今回の目的は、七海を誘惑することで、性欲のままに金城を襲っている構図を生み出そうとした。

 が、あえなく失敗した。


「七海が最低最悪な男だと知れば、ゆとりだって諦めるはず。ちっ、既に学校での評判は地に落ちてることはゆとりは知っているはずなのに、どうして……」

「あれ、花ちゃん?」


 金城は最寄駅に着き、自宅に向かおうとした時に土神に呼び止められる。どうやら違う車両に乗っていたみたいだ。

 イライラしていたが、土神の声を聞いてすぐにいつもの笑顔で振り向いた。


「あ、ゆとり〜、どしたのー?」

「いや、特にボクから何かあるわけではないんだ。ただ、最近花ちゃんが忙しそうだと思って。今日もその、七海の奴とどこかに行っていたみたいだし」


 金城が七海にベッタリしている噂は土神の耳にも入っていた。

 少し落ち込んだ様子を見せる土神。


「あー、なんか最近付きまとわれてるんだよねー」

「なんだと⁉︎」

「ちょっと優しくしただけなのにね、あのいつものやつだよ」

「──そうか。気付いてやれなくてすまなかった。今度また七海に近付かれたら言ってくれ。ボクが投げ飛ばしてやる」

「ふふっ、ありがと」


(ゆとりは、やっぱりあたしのことを一番に考えてくれるよね)


「ゆとり〜、せっかくだし手を繋いで帰ろうよ」

「別に家くらい迷子にならず帰れるぞ」

「違う違う! ただあたしが繋ぎたいなーって思っただけだから」

「ふむ、そうか」


 差し出された手に金城は指を絡める。

 繋いだ手を誰にも奪われないように、強く握りしめた。

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