Case.54 好きな人が恋した場合
「──ゆとり〜!」
「は、花ちゃん……!」
あたしの幼馴染の土神ゆとりは、昔は気が小さい女の子だった。よく、あたしの後を付いてきては、背中に隠れていることが多かった。
家が隣同士で、幼稚園からずっと一緒のクラスだったから、四六時中ゆとりと一緒にいた。
好きなもの、毎日の出来事、身体のほくろの位置まで全部知っている。
ゆとりが困った時はあたしが助けたし、男にいじめられていたらあたしが守ってあげた。
今とは違って、あたしの方が男らしさがあって、お母さんに「もっと女の子らしく大人しくしてなさい」とよく怒られていた。
対して、ゆとりの教育方針はあたしと真逆であった。
武人として、男らしくあれ
家が道場であるゆとりは、昔から父親に柔道を厳しく仕込まれていた。
ゆとり以外、子に恵まれなかった土神家では古いしきたりを全て娘に押しつけた。
今後産まれてくるはずだった長男に期待を寄せるため、〝ゆとり〟と名付けたのも適当だったこともあたしは知っている。
気が小さいせいで、逆らえないゆとりは毎日毎日、オリンピックの出場経験もある父親とその門下生たちに囲まれて、稽古をさせられていた。
昭和感丸出しの父に厳しく指導され、そして男として育てられ、小学校に上がる頃には、あたしとゆとりの立場は逆転していた。
「花ちゃんはボクがずっと守るからね」
たどたどしい言葉だったけど、ゆとりとずっと一緒にいられると知ってとても嬉しかった。
けれど、再び状況は変わる。
「土神おっぱいでけー!」
デリカシーの欠片もない一人の男が言ったことがキッカケだった。
小学生も高学年となり、女の子の中には、身体の成長が他より早い子も出てきた。
ゆとりは特に早かった。
時間が経つにつれて、ゆとりの胸は大きくなっていき、それと比例して男子からイジられることも増えていった。
それだけではなく、女子もそのノリに流されて、何となくハブるようになっていた。
「それでもあたしは一緒にいるからね」
「ありがとう花ちゃん」
あたしは当然見捨てたりなんかはしない。
周りがゆとりの悪口やイジワルをするのは気に食わなかったけど、あたしだけが、ゆとりを独占している気になって、それはそれで嬉しかった。
そして、中学生に上がると、男の目は好奇なものから性的なものに変化していった。
それは学校だけでなく、道場でも同じことが起きていた。
「ゆとり、お前は今日から練習をしなくていい」
ゆとりの父親は突然そう言い放った。
「ど、どうしてですか父上! ボクはもっと強くならないといけないんです!」
反発するゆとり。これがきっと最初で最後の反発だった。
ゆとりの父は何も言わず、他の門下生に稽古をつけだす。
自分の力ではどうしようもない悔しさに、ゆとりは稽古場から飛び出した。
広い敷地内のとある場所で、ゆとりはしゃがみ落ち込んでいた。
「なー、ゆとりちゃん。破門されちゃったみたいで可哀想だな〜。酷いお父さんだぜ」
話しかけて来たのは、道場で三番目に強い男。ここ最近、ゆとりはその人に勝てていない。
「父上は至極真っ当なことを言っている。ただ、ボクの力が足りないだけだ」
「なら、俺が個人レッスンしてあげよっか?」
「個人レッスン?」
「そうそう、女の子だけの、特別メニューだよ!」
すると、男はゆとりをそのまま押し倒して、襲いかかる。
「ひいっ⁉︎」
「ほんと最近さ〜、ゆとりちゃん女の子らしくなったよね……そんな汗臭いことやってないでさ、俺と一緒にぃっ⁉︎」
男は言葉の途中で、顔面を蹴られ遥か遠くへと飛ばされる。
助けたのはゆとりの父だった。
そして──
「ゆとり! 大丈夫⁉︎」
「は、花ちゃん……」
忘れ物を届けようと家に訪れたら、涙を流しながら走り去って行くゆとりと、その後をいやらしい目をした男が付いて行くのを見たあたしは、嫌な予感がしたのでゆとりの父に声をかけて来たのだ。
男は普段から稽古態度も悪い上に、決定的瞬間を父親の前で
当然、警察にもしっかりと連行されて行ったけれど、アスリートとして有名人でもある父親の一人娘が、門下生に襲われかけたとなれば、メディアが押しかけてくるので、この事件は道場内だけで留められた。
「ち、父上、その、ありがとうございました……」
一瞬の出来事だったから、犯人が逮捕されたからとはいえ、ゆとりの心の傷が癒えるはずはなかった。
「……お前はどこまでいっても女だ。男のように強くはなれない。この道は諦めろ」
あれは、父親として娘を心配する親心で言ったのかもしれない。女性だから、危険も怪我も伴う武道をさせるわけには、いかなかったのかもしれない。
けれど、今ゆとりが欲しかったのはそんな言葉じゃなかった。
心配でも、慰めでもない。ただ、強くなれと励まして欲しかったのに。
……そっちが、勝手に男として育てたくせに、見切りを付けて切り捨てるなんて、酷過ぎる……!
「花ちゃん」
隣でゆとりがあたしの名前を呼ぶ。
ぐずぐずに泣いていた目は腫れていたが、立ち去る父親の背中を見つめていた。
「ボクは強くなりたい。大好きな花ちゃんを守りたいから。だからボクはもっと男らしくなるよ」
あたしから繋いだ手を、ゆとりは強く握りしめて誓う。
ゆとりはそう望んでいる。なら、あたしは支えるだけだ。
あたしは見た目から男っぽくすることを提案し、髪を短く切ってあげた。
そして、女性の象徴でもある大きな胸は、隠すようにして毎朝
喋り方ももっと青年らしく話すことを意識した。
この変わりように、父親をはじめ、ゆとりの家族が反対することはなかった。
──元から興味なんてないんだろう。
女子にもキャーキャー言われるくらいにイケメンになったゆとりだったけど、それでも彼女を好きになる男がいた。
だから、そいつらの好意があたしに向くように、まるで自分のことが好きなんじゃないかと錯覚させるように、アプローチしてあげた。
作戦は功を奏し、ゆとりへの矢印はあたしに向き直させ、告白してきた男は全て振った。
全ては、ゆとりを守るため。
あの事件のせいで、ゆとりは男と接触することができなくなった。
けど、それでいい。ゆとりが純真無垢で穢れのないままでいるから。
高校生になってからも、毎朝家に訪れては
ある時、ゆとりが変なことを言い出した。
「純愛促成応援団? なにそれ?」
「今朝、ニュースを見て思ったんだ。このまま恋愛に消極的な若者が増えれば、子供の数は減少し、日本経済の衰退、社会保障ができなくなり、過疎化する自治体が崩壊してしまう」
何を血迷ったことを言っているのだろうと思ったけど、古い価値観を持った親に十何年育てられ目指してきた背中だ。ゆとりの思考は残念ながら染められている。
「だからこそ、若い内から恋愛を、それも純粋な恋愛をしておくことが大切なんだ。……ボクには無理だからさ。──花ちゃん、大変だと思うが、是非ボクと一緒に──」
「OK☆」
「軽っ⁉︎」
それでも、ゆとりが叶えたいことは否定せずに全てしてあげる。
純愛促成応援団では、覚えにくいし可愛くないから、PUREと名付け、インヌタでフォローしてくれている生徒に宣伝した。
「心木仄果を仲間に入れよう」
順調に活動を広げてきたので、文化祭前ではかなり忙しくなった。そんな時にゆとりからこう相談された。
あたしの負担が大きいから、PUREに新メンバーを入れるとのこと。まぁ、あたしを想ってのことだったから嬉しいけど、二人きりじゃなくなって悲しいとも思った。
けど、ゆとりが言うなら従おう。
「これも勝つためだ。花ちゃん。明日の服装とデートプランを一緒に考えてくれないか?」
ゆとりが男とデート……?
けど、初日で終わらせられなかったあたしが悪いわけだし、ゆとりがそう望むなら──
「……花ちゃん。あの男のことを考えると、心が痛むのだが、これって」
「違う。それはストレスだよ。ゆとりは男が嫌いでしょ?」
ユニバにある広場で、ゆとりを介抱していた時に相談されたことを一蹴した。
……なんで、ゆとりが男に興味を持つの? あんなことがあったのに。もしかして、PUREを作ったのも自分がトラウマを乗り越えるためなの?
ダメだよ。ゆとりはあたしと一緒じゃなきゃダメなの。あたしがゆとりを守ってあげて、ゆとりはあたしを守ってくれるの。
七海周一。あんたなんかに、ゆとりは渡さない。
あたしに惚れさせて、そして、後で破滅させる。
酷い男だと分かれば、ゆとりも七海を嫌いになるに決まってる。
「あたしが何でも言うこと聞いてあげるからさ──」
これ以上、あたしのゆとりに近寄らないで。
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