八章 金城花

Case.53 イチャイチャする場合


「──あのー、金城さん」

「花でいいよ♪」

「いや、金城。……なんで俺の膝の上に座ってんの?」

「昼休みだから」

「理由になってねぇ!」


 今朝、突然金城に抱きつかれ、そして頬にキスされた。

 その後も休み時間が訪れる度にやってきて、ベタベタされ、そして昼休みとなった今では完全に一心同体となっていた。


 周りの目が怖い……男子からは殺意が溢れた眼差しを向けられ、女子からは軽蔑の目で注目を集めた。


「あ、仄果〜。頼みたいことあるんだけどー」


 隣で座っていた心木に金城は話しかける。

 心木はこちらには一切目もくれず、本を読んでいた。今日も今日とてページは捲られない。


「ちょっと、ゆとりと一緒に昼ご飯食べてきて」

「え……そ、それは金城さんのじゃ……」

「あたし、このように七海くんを食べる、じゃなかった七海くんとお昼食べることにしたから」


 今、俺のこと食べるって言った⁉︎


「あう……わ、わかりました……」

「よろしく〜」


 心木はその場に起立し、少しだけ目線をこちらにくれた後に教室から出て行く。


「あ、ちょ……」

「だーめ。七海くんはあたしと一緒にお昼食べよ♪」


 心木を呼び止めようとするが、金城にそれを止められる。

 両手で俺の頬を挟み、目線を独占。視界には目鼻立ちが整った金城の顔だけで埋まっていた。

 めちゃくちゃ可愛いが……なんか怖ぇ‼︎


「あたし、七海くんのためにお弁当作ったんだ〜。はい、タコさんウィンナ〜。あーん」


 金城が用意したお弁当の中身は色鮮やかで、なんとも旨そうであった。

 あまりにもビジュアルのクオリティが高いので、爪楊枝でタコの脳天をブッ刺すところを見ると惨いと思ってしまった。

 いまだ膝の上に座ったまま、金城はタコさんを俺の口内に輸送した。

 ……美味しい。食べ物が違うから単純な比較はできないが、火炎寺の料理力と匹敵する美味さであった。


「おいしいでしょー?」

「う、美味いけど……」


 だが、周りの目線が気になって味に集中できない。

 ハンカチを口で噛みちぎり悔しさを表す者。指をバキバキ鳴らし戦闘態勢の者。今すぐにでも刃物やら鈍器やらが飛んできそうだ。

 金城がいるおかげで被害に遭っていないが……いや、金城がいるからこうなってんだよ。

 失恋更生委員会のメンバーがわざわざこっちまで助けに来ることもない。既に本部で昼飯食ったり遊○王してることだろう。


「はい、二体目〜。あー──」

「す、すまん! ちょっとトイレ行ってくるわ!」


 俺が無理やり金城をどかすと、衝撃でタコさんが床に落ちた。

 とにかく逃げるしかない。ひとまず金城が来れない男子トイレにでも……!


「トイレ行くの? あたしも一緒に行こっか?」

「なんでだよ! 連れションじゃねぇぞ!」

「え、溜まってるんじゃないの? あたしで抜いとく?」


 金城の言葉に周りの熱が一気に上がる。

 火に油だぞ、炎上モノの発言だぞ、それ!


 殺される前に逃亡。人気ひとけがない実験棟最上階のトイレへと籠ろう。


 ──金城花。彼女は難関美女四天王(五人)と呼ばれる、友出居高校が誇る美女の一人だ。

 PUREのメンバーでもあり、先週の対決では強敵として立ちはだかった……ほんと凶器だよ、あの胸は……。

 また、彼女は最近急上昇中のインヌタグラマーとして、世間からもその美貌が注目されるようになっていた。

 インヌタで金城のを見てみるか……あぁ、去年みんなに合わせて始めただけであって、俺の分の投稿は昔に撮った食べ物写真くらいしかない。

 って、こいつフォロワー五万人⁉︎ 一端の高校生が稼げる数じゃねぇだろ⁉︎

 しかも投稿写真は俺と大して変わらない食べ物やファッション系の写真ばかりだ。なのに、たまに自分の写真を公開する際には、いいねが数千と付いている。

 もし、彼女がもっと自撮りをアップすれば、フォロワー数は今よりももっと増えるだろう。


 そんな人気者の彼女がなぜ俺にあんなことを……いやいや幸せ者と言われるかもしれんが、周りの殺気を考えれば、このまま放置はできない……!

 氷水の時ですら大変だったのに、表立ってあんなことされてしまえば、命はない。


   **


「──なーなーみくん。今日は一緒に帰ろうよ」

「すまん! 俺用事あるからー‼︎」


 放課後、やってくる金城を避けて、学校の外へと脱出した。

 ひとまず距離を置かなければ……



 ……ん? あぁっ⁉︎

 心木への返事ができていない⁉︎


 俺は金城に見つからないように、コソコソと校舎裏へと戻って行く。

 だが、待てども待てども心木は来なかった。


「あ、こんなとこにいたんだー♡」


 その代わり金城に見つかる始末。

 逃げては隠れ、隠れては校舎裏で待ち、そしてまた逃げて──結局、心木が来ることはなかった。

 RINEにも一切のメッセージがなく、こちらから連絡してみても既読すら付くことはなかった。



   **



 その日の夜。

 流石に明日からのテスト対策をしないとヤバい俺は、自室で理数系の科目を勉強していた。


 すると、電話がかかって来る。

 心木かと思って、着信画面を見ると、ちんちくりんの名前があった。


 切った。


 また、鳴った。


「なんだよ」

『なんで一回切ったの⁉︎』


 日向からの凸電はそう珍しいことではない。

 いつも出ているが、今回は心木から連絡が来るかもしれないから、なるべく切りたい。後テストがヤバい。


「なんだ、お前もテストヤバいのか?」

『え? ふっふっふっ〜、今回はあゆゆがいるからね〜。死ぬほど厳しいよ‼︎ めちゃくちゃしんどいよ⁉︎』


 ここ数日、日向が大人しかったのは火炎寺から逃げられなかったから。

 全然ビビらなかった日向がここまで恐れるとは……女番長の教育って、間違ったら元素表の焼印でもされて、因数分解でもされてしまうのだろうか……。


『あ、別にテスト勉強なんてどうでもいいんだよ』

「よくはねぇだろ。補習かかってんだから」

『それはもちろん、そうなんだけどさ。そうじゃなくて、聞いたよー。なんか今日七海くんがイチャイチャしてるって』


 ギクッ


『テスト前なのに、イチャつくってどういうこと⁉︎ 委員長の許可なしにしたらダメでしょー!』

「なんで許可制⁉︎ てか、貰ったらいいのかよ」

『むむ、それはまぁ相手によるかな……。とにかく、七海くんの鼻の下がベロンベロンに伸びまくってるって、クラスの男子が羨ましそうに憎たらしく話してたよ』


 そんな鼻の下伸ばして……ねぇよな?


『とにかくイチャイチャするとは、どういうことだー‼︎』

「うるさっ⁉︎ 耳元で叫ぶなよ……それに、金城はPUREだろ。きっとこれもあいつらの策略だよ」

『あ、そっか。むむぅ、今度は何を考えているんだ……?』


 それは俺も分からない。


「とにかく金城に関しては俺がなんとかするから、お前はテスト頑張れよ」

『そうだねー。テスト明けたらこころんの失恋更生しないとだし!』

「こころんって?」

『こころんはこころんだよー。心木仄果だからこころん!』

「え、こ、心木さんが失恋更生……?」

『うん! 今朝からかな。めちゃめちゃ匂った! なんかねー、早熟のアップルパイみたいな匂い』


 塩キャラメル、マシュマロ、クッキー──今までの中では一番匂いそうだが、早熟って何?

 が、そんなことはどうでもいい……その失恋相手って俺じゃん⁉︎

 日向たちにバレてはマズイし面倒だ。

 心木の方もなんとかしなければ……。


「そ、そうかー。じゃあ、明日からテスト頑張ろうなー」

『なんで棒読みなの?』

「なんでもねぇよ! じゃあな!」


 有無を言わさず電話を切った。

 のちに怒りのスタンプとおやすみのスタンプが送られてきたが、今日は寝れる気がしねぇ……。


 だが、時は無常にも流れ、睡眠時間と予習がままならないまま、テスト一日目。


 終わった。


 一瞬で終わった。

 とりあえず赤点くらいは回避できただろうが、後は祈るしかない。


「こ、心木さん。昨日さ──」

「七海くーん! テストどうだったー? あたしはヤバかったかも〜」


 終わるやいなや、やって来た金城と向けられる非難轟々の眼差し。

 そして、心木も逃げるようにして教室から立ち去ってしまった。彼女は苦虫を噛み潰した表情を浮かべていた。

 こうなったのは俺のせいだと、すぐに追いかけようとするも、金城がそうはさせてくれなかった。


「今日は逃がさないから。ちょっとついて来て欲しいところがあるの」

「いや、俺は……」

「え、嫌……?」


 金城が消え入りそうな声で、目に涙を浮かべると周囲からヒソヒソと……


「わ、わかった、行くよ」

「やった☆ じゃあ行こっか!」


 すぐに笑顔を取り戻した金城は俺の手を握り、ある場所へと連れて行く。

 駅まで歩き、電車まで乗り、その間もずっと手を繋いだまま(というより手首掴まれてたから、ほぼ拘束みたいなもん)、たどり着いた場所は──


「か、カラオケ⁉︎ なんで⁉︎」

「なんでって、今日昼までだったし」

「いや、まだまだテストあるだろ」

「明日はあたしが得意な文系だから大丈夫大丈夫!」

「俺の都合は⁉︎」

「それに相談したいことがあるの。他の誰にも聞かれたくない大事な相談」


 そう言った金城は「どうぞ〜」と指定された個室に俺を入れる。

 閉じられた空間。壁付けされた赤い長椅子に座ると、俺が付けた電気をなぜか消してから金城は隣に座ってくる。

 するといきなり金城はカッターシャツのボタンを外し出す。


「え、何してんの?」

「相談はうっそ〜」

「はぁっ⁉︎ ちょっ……」


 俺はいきなり押し倒され、金城が逃がさないよう上に跨がってくる。

 大きな胸を支える黒い布地が見え、乱れたスカートからは上と色を揃えた際どい下着が見え隠れしていた。


「ねぇ、あたしが何でも言うこと聞いてあげるからさ、気持ちいいことしよっ?」



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