Case.52 妄想が膨らむ場合


 ホテルからほんの数分歩いた距離。

 色素抑えた看板を掲げるコンビニに七海と初月は入った。


「そういえば晩御飯まだだったな。この格好じゃファミレスとか行けないし」

「そ、そうですね……じゃあ、わたしこっち見てるので、七海くんはあっちお願いします……」

「え? まぁ、いいけど、コンビニってそんな分かれて見るものあるか?」

「いや、その……」


 今日一日、特にさっきから様子がおかしい初月。

 歩いている時も、周りを気にしながらオドオドとしていた。

 七海は心配せずにはいられなかった。


「初月さん。何かあったのか」

「い、いや、大したことは……」

「もしかして熱か⁉︎ 薬買ってくか⁉︎」

「いや、その……」

「初月さん……!」

「ぴゃ、パンツ!」

「……はい?」

「パンツ、あの、下着が雨でびしょ濡れになっちゃって、その、コンビニで新しいのを買おうかなって……い、今穿いてないので、一人じゃ不安かと思って、七海くんを連れ出したんですけど、か、買うとかまで見られるのは恥ずかしくて……」

「……あ、あっち行ってまーす……」


(初月さん、ノーブラノーパンかよ……‼︎ ガツガツ聞きやがって、俺変態じゃんか‼︎)


 七海はアイス売り場から昇る冷気で頭を冷やしていた。効果はない。

 運良くバイトが女性だったので、初月はこれ以上恥をかくことなく、購入できた。

 もちろん、即座にトイレで穿き、付けた。


   **


「初月さん、飲み物もついでに買っとくか?」

「そうですね。心木さんが起きた時のために水も買っておきましょう」


 七海が持つカゴに500mmの水が追加される。

 初月が持とうとするが、ここは男だからと言って七海はカッコつけた。


「あ、これ発売されてる」


 初月が取り出したのは、緑色のラベルが特徴の夏限定炭酸飲料。ビタミンCがたっぷり配合されためちゃくちゃ酸っぱい飲み物である。


「初月さん、酸っぱいの好きなんだ」

「特別に好きというわけじゃないですけど、この飲み物は好きです。毎年夏になったらこれを飲むことが多いですね」


 それから二人は飲み物の話から好きなお菓子の話になる。思わず食べたくなってしまったので、お菓子売場へと場所を移す。

 会話はどちらかと言うと、七海から初月への質問スタイルが多かった。

 ここで七海は思う。


(素人AVの導入みたいになってんな、これ)


 ホテルのものとはいえ、お揃いのパジャマ。

 その無防備な隙間から見える柔色な肌や、先程購入した白い下着が見え隠れしていた。


「──ポ○キーもわたし好きで、ついつい買っちゃうんですよね」

「……へ?」

「へ? あぁ、いえ、ポ○キー、好きじゃなかったですか?」

「いやいやいや! めっちゃ好き! うん!」


「じゃあ、まとめて買ってくるから!」と、七海は商品をレジに持って行く。

 まとめて買うと、高校生にしてはキツい値段。さすがにカッコつけて全額は難しいので、初月から彼女の晩御飯と飲み物代だけは貰った。お菓子と心木の分は奢った。



   **


(お、思わずポ○キーを入れてしまった……)


 思い出すのは、一週間ほど前でのPUREとの対決。

 日向に唆されてポ○キーゲームをすることとなったが、その日向の手によって邪魔された。



「──どうして止めたんですか?」


 のちに、初月は日向にそう聞いていた。

 返事は、七海がそういうことをするのが気に食わないし、似合わないから。


(結局、ひなたちゃんも七海くんのことが好きだから、こうであって欲しいワガママが出たんだ)



 今、ホテルのエレベーターに二人きりで乗った。

 初月は鏡の正面に、七海はボタン前に門番のように立っていた。


「──七海くん。あの日のゲームの続きをしませんか」

「あの日のって?」


 初月はレジ袋から赤いパッケージの箱を取り出して、銀袋の中身を開ける。


「あの日できなかったキスの続きです」


 初月は、取り出した一本の片側を口に咥えると、七海の元へと近寄り、もう片方を無理矢理食べさせる。

 そのまま躊躇することなく、唇と唇を合わせる。

 お菓子は真ん中で折れ、落ちた。

 初月は気にすることなく続ける。

 唇だけでは飽き足らず、ねじ開けるようにして舌を入れ込む。

 言葉では言い表せない味。彼女には表現できようもない。




「──おーい、初月さんどうしたの?」


「……え、はっ……⁉︎」


 なぜなら、キスなどしていないからだ。

 ふいに現実に戻された初月は顔を上げると、七海は降りるはずの階へと既に降りており、手で扉が閉じないようにしているところだった。


(さ、さっきまでのは妄想……⁉︎ わ、わたしったら何て想像を⁉︎)


 思わず顔を塞ぎたくなるようなことに七海と目は合わせられないが、早く降りないといけないので慌てて走り出す。

 けれど、足が絡み前方に倒れようとしていた。


「おっと、大丈夫か」


 七海は目の前に倒れてきた初月を抱き受け止めてくれた。



 ──やっぱり、七海くんは男の子だ。


 とても身体はしっかりしていて頼りがいになるし、さっきシャワー浴びたからいい匂いがする。

 このまま時が止まれば……わたしの、このドキドキも止まってくれれば……


「……初月さん?」

「……っ⁉︎ は、はい!」

「ほんとに大丈夫か? 顔赤いし、やっぱり雨で濡れたせいで風邪引いたんじゃ──」

「ほんとに大丈夫です! 早く帰りましょう!」


 いつからか。始まりはわからない。

 けれど、恋とはそういうものだ。


 どうしてわたしは、七海くんを好きになってしまったんだろう。

 七海くんにはひなたちゃんがいるのに。

 どうしてわたしはまた、相手がいる人を好きになってしまうんだろう。


 また……罪を犯すことになるんだ。


 ふと、戻った部屋の窓から見えた月に、雲がかかる。

 明日もまた雨が降るらしい。



   ◇ ◇ ◇



 夜が明けた。

 まさか女の子二人と同じ部屋で寝るとはな……思ったよりぐっすり眠ってしまった。

 眠れないものだと思っていたけど、ベッドで目を瞑って横になれば太陽が昇っていた。とっくに夏の模様を見せており、ウザいくらいに日差しが肌に差してくる。


「……どうして自分は寝落ちしていたんだろう」


 心木も起きたようだが、昨夜気絶していた後悔に苛まれている。とりあえず無事で良かったとは思う。

 心木には水と軽食を渡す。


「ごめんなさい七海くん。こんなんじゃ、楽しくなかったよね……」

「そんなことねぇよ。心木さんが楽しませようと調べてくれたり、予約してくれてたり。まぁ、ちょっとビックリすることはあったけど、京都観光は心木さんのお陰でめちゃくちゃ楽しかったよ!」


 俺が感謝を述べると、パァァと効果音が付いているみたいに、自信を取り戻し笑顔になる心木。


「……うん。ありがとう……!」


 明日からもまた学校だ。今日は昼から雨も降るみたいだし、このまま帰ることになった。

 三宮までの帰り道はみんなで移動したが、お互いなんか気まずくて、各々スマホをずっと触っていた。



「じゃあ、また明日、な」

「……うん。待ってる」


 三宮在住の心木との別れ際、最後にこう言葉を交わし、地下鉄の改札を通った。


 もう俺の答えは決まっている。

 必ず明日の放課後、心木に返事をする。


「……ほんとに大丈夫か?」

「は、はい! だ、だいじょふれす……」


 バッキバキの目が開いたと思えば、すぐに電車の振動につられて初月の体も揺れる。

 マジで心配だが、降りた駅では真っ直ぐに歩いていたから、今日一日ゆっくり休めば回復すると思う。


 俺も昨日は歩き回ったから疲れた。

 帰ったらもう一度寝るか。

 テスト勉強は……まぁ、まだ間に合うだろ。



 そして、運命の月曜日。

 いつものように登校すると、もう既に心木が隣で座って本を読んでいた。

 俺に気付くと、小さく手を振ってくれる。朝から騒がしい教室の中、そこだけ芸術品とも取れる空間がそこにはあった。


 うむ、素晴らしい!

 これを毎日味わいたいぜ。さて、言うべきことを改めてシミュレーションして──


「──ダーリン♡」

「は? ぐふっ⁉︎」


 突如として背後から抱きつかれた。背中にはとても柔らかい感触が……。

 誰かと思い振り返ると、そこにいたのは──


「き、金城⁉︎」

「もう、あたしのことは花って呼んでよ。もしくはハニーでもいいけど」


 首を傾げるとサイドテールも揺れる。

 難関美女四天王の一人に数えられる金城の顔が非常に近い。今も抱きつかれたままだから、このままだと良い匂いがこちらにも移りそうだ。

 そして、彼女の登場によって、教室内の注目は一気に集まる。


「い、いや、急になに……」

「んー? なんとなく〜?」

「なんとなく⁉︎ で、ここまでする⁉︎」

「そだよ〜。もしかしてビックリしちゃった? じゃあお詫びに〜、ほっぺたにチュッ」


 唐突に、頬にキスされた。

 沸き上がる俺への憎悪と嫉妬。悲鳴が教室を飛び越えて、この階全土に響き渡る。

 そして何より──隣にいる心木の顔が怖すぎる‼︎

 口をあんぐり開け、目からハイライトが失われていた。

 絶望──まさにその熟語が合う表情となっていた。


 突然現れた金城花。

 この女は一体何を考えてるんだ⁉︎

 彼女の登場により、周囲が一層騒がしくなっていく。


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