Case.2 クラスから浮いた場合
ヒソヒソと、人体にとって有毒なこの音は昔から嫌いだった。
自分についての陰口が言われているのかと思って卑屈になってしまう。実際に俺が対象だったことは一度もなかったけど。そもそも噂する程の人間じゃなかったし。
でも、今回は確実に俺について。
やはり告白した噂は広まっていたか。発信源は俺を振ったあの子だろう。
一年以上かけて築き上げてきた関係が、一夕にして崩れ去った。こんなことで壊れるなんて、ははっ、やっぱり分かんないや、人付き合いってのは。
イジられることも励まされることもなく、朝から昼休みまで俺は一人で過ごしていた。
「七海くーん!」
これからボッチか……一人で飯食う場所探さないと……でも、トイレはなぁ……。
「七海くんったらー」
普通に気にせず教室で食べればいいか。今までは友達と食堂に行っていたが、今日はいつの間にかあいつらはいないし。
「七海くんって、もしかして耳にワイヤレスイヤホン埋まってる? 耳鼻科行った方がいいよ!」
「うるせぇな! 聞こえてるよ!」
今日、初めて話しかけられた。
つい昨日知り合った奴に。
「おぉ! それは良かった!」
日向日向。
出会って一日も経っていないが、とにかく騒がしい奴だってことは分かった。
身長は150cmあるかないか。女子高生としては低い部類だろう。
首辺りまである髪の長さに、トレードマークともいえる太陽のヘアアクセサリー。パッチリとした目、黙ってれば美人そうだが、「わー‼︎」と開ける口に握り拳が入るくらいにはやかましい。
「七海くーん! やっぱりボッチだね!」
「うるせぇよ! 堂々と言うな!」
「陰口よりかは直接悪口言った方が心象は良くない?」
「傷心しきってるんだよ、こっちは! 応援する組織なら励ませ!」
と、日向と話し出した頃から、周りがまたヒソヒソと何か言っている。
とは言ったものの、よく聞こえる。自分への悪口って世界一よく聞き取れるから。
それともう一つ、俺の他に日向の話題も上がっていた。こいつって有名人なのか? 俺は全然知らないけども。
まぁ、こんなに騒がしいのがいたら目立つだろうな。
「七海くん旗は?」
「家だよ。持って帰るのめちゃくちゃ恥ずかしかったぞ」
「そっかー。持って帰ってくれたんだね。ありがと」
日向は少し大人な感じで微笑みかけた。こいつ、こんな顔も出来るんだな……。
「ま! ワタシの家にいくらでもスペアあるからいいんだけどねー!」
こいつ……! なんちゅうゲス顔で笑ってやがる! じゃあ捨てればよかったじゃん!
と思ったが、不法投棄になるのでその選択肢はなかった。
「にしても浮いてるねー」
「お前が来て余計な」
もう堪えた涙で目元の塩分濃度が高まっている。死にたいほど気持ち沈んでるのに、死海ぐらい浮けるから今。
「お弁当はどこで食べるのー? トイレー?」
「真っ先に決めつけるな。……いや、まぁ候補地として挙がっていたけども……」
「じゃあ本部で食べよう! 本部で! これからのこと話したいし!」
「本部? あ、てか俺入ったことになってるけど、それ、やっぱなかったことに……」
「え? 昨日はあんなにワタシとビショ濡れになりながら動いて、最後には入れたのに?」
ザワッと空気が広がった。
「いや、それはあの時のノリで」
「告白して、フラれて、そのあと誰もいない場所であんなに叫んでいたのに。結構惨めな感じで。二人で濡れながら(はしり)抜いたじゃん」
なんで、走りだけ声を小さくした⁉
「ワタシ、入れるの初めてだったのに……」
「メンバーがね⁉︎ その表情と言い回しで惑わすのやめろ!」
そんなスカートギュッとされたら、どう考えても誤解されるだろ!
「てへ」
「てへじゃねぇ!」
「さ、これからのことを話すために本部に行こっか。ちゃんと責任取ってよね?」
悪意しかないぃぃぃ!
日向は俺の手を無理矢理取り、本部に連れて行く。
あぁ、後ろ目痛い……。
**
日向に連れられて来たのは、俺たち二年の教室がある南校舎三階の端にある空き教室。基本構造としては他の教室となんら変わりないものだった。
ただ一席だけ中央に設置されているものを除き、後ろの壁沿いに机や椅子やらが積み上がっている。他にも段ボール箱やよく分からない物が並んでいた。
ここは全く使われない備品倉庫として使われているわけだ。授業にも使われず、部活でも使われないこういう部屋は開かずの教室として施錠されたままはずなのに、どうしてこいつはその鍵を持っているんだ?
「いやぁ〜七海くん浮いたねー」
「どこの誰のせいだと思ってるんだよ」
「ごめんねー! 七海くんが居場所無くしたら自然とここに来るしかなくなるでしょ? だから敢えて言い回しを変えたり、七海くんを振り回したり……あぁ、あとそうだな、フラれたことを言い回ったりしたんだよ」
「やり方が外道過ぎる……ってはぁ⁉︎ みんなフラれたこと知ってるのってお前のせいなの⁉︎」
「ワタシの長所は声がおっきいこと! 口が風船より軽そうな人に聞こえちゃったのかなぁ?」
「確信犯‼︎ 黙っててくれるんじゃなかったのか!」
「『青春とは嘘である。』だよ! 七海くん!」
「お前がただホラ吹きなだけじゃねぇか!」
「これで七海くんはどこにも行けなくなったってわけだ。見事にワタシの術中に嵌ったね〜」
日向はしたり顔に言った。
術中って言えるほど、賢いものではないだろ。
「ということで、ようこそ! 失恋更生委員会へ! ワタシたちはみんなの心を救う慈善団体だよ! メンバーは七海くん入れて二人になりましたー!」
「パチパチパチー」と拍手しながら俺を歓迎しているようだが、とんでもない。
メンバーにするために周りから固める。いや崩しやがって……! 何が慈善だ! 悪意の塊じゃねぇか!
ただ……本当に居場所は失った。
一人ぼっちだった中学生の時と比べれば、まだ一人誰かがいる方がマシか。
高校ではあえて部活には入らなかった。部活に時間を取られ、放課後や休日に友達と遊べないだろうと考えていたからだ。
二年になった今さらどこにも入れない。ましてやこんな状況に立たされてしまっては……。
「はぁ……分かった。入るよここに」
「やったー!」
「で、その委員会ってのは、何すればいいんだ」
「もう、何度も言ってるじゃーん。失恋を更生するんだよ!」
「だからそれがなんだよ」
「ふっふっふっー、ならば説明しよう! 失恋更生とは! 失恋した人を応援すること! その人が悲しまないように立ち直らせることだよ!」
「で、それを具体的にどうするんだよ」
「それは〜、ひょのひひょによるかなー」
って、昼飯食いながら話すな!
けど、俺も今食べとかないと食えなくなってしまう。駅のコンビニで買ったサンドイッチと生ハムとサラダチキンを食べた。みんなこの組み合わせを買うんだ。
「あ、そうだ。明日多分同じ二年の人が告白してフラれるよ。ワタシたちの初更生はそれにしよっか!」
「何で明日告白するのが分かるんだよ。それにフラれることも」
「ふふーん! ワタシは失恋した人の匂いが分かるんだよ〜!
いかにもモブそうな名前とたまたまいそうな名前だな。
「一回目もフラれたけど諦めずにまた告白するんだってー。ツッタカターで言ってた!」
SNSの力じゃねぇか!
「けど、明日もフラれるのは確定してるの。『SNSでいちいち呟く人は嫌いだ』って、多摩さんが呟いてた!」
全部SNS! つーか、その女も大概じゃねぇか!
てか、本当なのかよ。その失恋した人の匂いが分かる能力ってのは……。
あとこいつも同じ二年生かよ。
そして次の日、よく分からん活動に参加させられたのだ。
そう、ここで話はプロローグに戻る。
間を置かずしてフラれ現場となった告白現場へ先回りして待ち伏せしていた俺たち。もちろん場所の把握はSNSの力。
フラれたところをすかさずあの昼休みで作った失恋更生三三七拍子をお見舞いして、見事俺らの方がその男にフラれたことになる。
もう一件、フラれた匂いがあるとして日向は走っていったが既に人の姿はなく、失恋残り香だけが漂っていた──と日向は語る。だから何それ。
「うーん、今日は上手くいかなかったね。仕方ない、さっきの人がフラれたことをみんなに言って回るかー」
「それはやめて差し上げて‼︎」
自分も同じ目に遭ったことからさすがに引き留めた。
「ま、冗談はさておき」
「冗談じゃ済まない仕打ちだからな」
「今日の活動終了! トニーズでも寄って帰ろっか!」
トニーズとは、駅前の商業施設にある安い値段でポテトがたくさん食べられる店。昨日と同じく奢らされるんだろな。
「七海くんにもポテト分けてあげるからねー」
「俺の金なんだよ!」
こんな適当な団体で誰かを励ますなんてできんのか?
不安だ……。
こうして俺は、このちんちくりんと一緒にたくさんの失恋を更生させていく、全く新しい高校生活が強制的に始まるのであった。
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