第17話
時を戻そう。
とは言っても、モンテラート侯爵家の楽しい?晩餐から遡ること半日程だろうか?つまりは、ヴィオラのアンジェリカ殴打事件の少しあと、そんな時間である。
学園から帰宅するなり、多数の令嬢が在宅の夫人に泣きつき、又は癇癪を起こしていた頃、もう片方の主役と言うべきか、本人は主人公と信じている、殴打された方のアンジェリカは、王子であるアルフレッドに抱き抱えられ、城へと運ばれていた。
さすがは王族の、次期国王となるべく人物が乗る馬車である。乗り心地は最高なのだ。
しかし、扇で力いっぱいフルスイングで殴られただけあって、痛い。血も出ている。どうやら扇の飾りが瞼の上にぶつかり、瞼が切れてしまったらしい。左目が開かない。学園の医務室から、水で濡らしたタオルを渡され、学園の医師の手当を拒み、応急処置だけして馬車を走らせている。
「アンジェをあのような安っぼい医師になどみせられるか」
アルフレッドはそう言いながらアンジェリカの頭を優しく撫でた。トーマス、クリストファー、ダニエルはその様子を黙って見守るのであった。
城に着いてから、また一悶着があった。
アルフレッドがアンジェリカを私室に運びこもうとした所、近衛兵や侍女たちが止めに入ったのである。
「黙れ、私に指図するな」
声を荒らげるアルフレッドであったが、その声がアンジェリカの頭に響く。苦痛で顔を歪めるアンジェリカを見て、アルフレッドは一番近い客間にアンジェリカを渋々運び込んだ。
アルフレッド付きの医師がやってきて、アンジェリカの傷の具合を見て、適切に処置をしていく。
女性の診察であるから、たとえアルフレッドであっても、退室を余儀なくされた。向いにある部屋に入れられて、ソファーに腰掛けるも、四人は落ち着かなかった。
何しろ、転生者であるアンジェリカは私が主人公とハッキリ意識して行動し、逆ハーエンドを目指していたものだから、ここにいる四人はもれなく攻略済みだったのである。
しかしながら、一応は持ち合わせている王族への忠誠心からアルフレッドに配慮して、他の三人はあえてアンジェリカに寄り添うことに一歩ひいていた。
もちろん、それに気づいていないのはアルフレッドだけである。
他の三人はそれなりに気づいているので、目で合図を送りあっているのであるが、誰も先陣を切れないでいる。
「アンジェが、心配だ。……ヴィオラのやつ、どうしてくれようか」
そう言って、握りこぶしを白くなるまで作りアルフレッドに、ますます他の三人は言葉を失う。
その中でも、割と常識がある。と言うか、他の2人よりは家格が上のトーマスが、念の為に確認をするべく口を開いた。
「アルフレッド様、ひとつよろしいでしょうか?」
頭の中がアンジェリカでいっぱいの状態であったアルフレッドは、その思考を邪魔された事で一瞬眉をひそめたが、側近候補であるトーマスであるからこそ、何か名案を閃いたのかと発言を許可した。
「ヴィオラ嬢との婚約は、正式に解消されたのですか?私が知る限り、アルフレッド様は国教会に行かれてはいないようですが?」
アンジェリカで頭がいっぱいの状態なのに、あの、忌々しいヴィオラの名前を聞かされて、アルフレッドは直ぐに沸点に達した。
「お前!今ここであの憎らしい女の名前を出すなっ!」
「アンジェリカ嬢に聞こえますよ、落ち着いてください」
トーマスが落ち着き払ってそう言うと、他の二人も目で訴える。座って下さい。と。
自分一人が興奮していることか恥ずかしかったのか、アルフレッドは素直に座った。
(単純すぎるんだよな、王子の癖に)
トーマスは心の中で毒づくしかない。ヴィオラときちんと婚約を解消していなければ、アルフレッドはアンジェリカと、結婚することは出来ないのである。王族の結婚は国教会で執り行われるから、既に提出されている婚約者とでなければ、国教会で婚姻届を受理されない。アルフレッドはそれを知っているのだろうか?
(わかってないんだよな、きっと)
トーマスは、これが狙いだった。どんなにアルフレッドがアンジェリカと仲睦まじくしても、ヴィオラとの婚約が、解消されていなければ結婚出来ないのである。どんなにアルフレッドが『あんなものはもう婚約者ではない』と、言ったところで意味が無いのだ。アンジェリカがアルフレッドの言葉を鵜呑みにして、うっとりとした顔で未来を語り合っているのは少々不愉快ではあるが、婚約の解消は相手方の立ち会いもなければ致すことが出来ないので、このままいけばアルフレッドとアンジェリカは結婚ができない。
それを聞いてあげているのに、単純なアルフレッドは、ヴィオラの名前を聞いただけで激情して、どうにもならない。まぁ、だからこそトーマスは内心舌を出すのである。
(このままなら、アンジェは私と結婚することになるな)
家格からいっても、他の2人よりは自分が上であるから、王妃よりは劣るかもしれないが、公爵家の方が暮らしぶりは楽ができるはずだ。あの、アンジェリカでは王妃は務まらないだろう。だいぶ礼儀作法が出来ていないのが丸わかりである。口の利き方も大変宜しくない。国の代表として公務は挑めそうもない。それらを踏まえて、トーマスはアンジェリカがアルフレッドと結婚出来ないだろう。と初めから考えていた。
だからこそ、だからこそ、なのだが、
(医師に診断されるのはまずいな)
外堀を埋める前に、内側から崩壊しそうなことが起きては困る。
「婚約の解消など必要ないだろう。私がアンジェを選んだ。それだけで十分ではないか」
アルフレッドはやはり何も分かってはいなかった。愛し合っていれば望むとおりに結婚できると信じて疑わないのだ。
(やっぱり分かっていなかったか)
トーマスは内心アルフレッドに、舌を出していた。間抜けな王子、おめでたいやつ。そう思ってほくそ笑んだ。
「国王陛下には、ご承諾を?」
「まだだ。 だが、こうなっては急ぐ必要があるな。あの女も処罰の必要があるからな」
アルフレッドは一人で納得し、満足そうな顔をしている。
(バカが、何も分かっちゃいない)
そう思いつつも、トーマスは笑顔でそうですね。と相槌をうつのだった。他の二人も無言で頷く。
「手当が、終わりました」
侍女がそう告に来た。
聞くや否や、アルフレッドは立ち上がり、早足でアンジェリカのいる、部屋に行ってしまった。残されたトーマスたちは顔を見合わせて動かなかった。
しばらくして、医師がこちらの部屋にやってきた。
侍女を下がらせ、トーマスたちは医師と向き合った。医師はとても言いづらそうに口を開いたのだった。
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