第398話B地区

「手ぇ見せろよ」


 「たぴおか」からある程度離れたところで真木に噛まれた左手を庇っている義経に声をかける忍。


「あ?うるせえよ。なんでもねえよ。こんなの」


「いいから見せろよ」


「うぜーよ。お前」


 義経の暴言を黙って受け流し、ポケットからジョンソンエンドジョンソンのキズパワーパッドを取り出す忍。間宮からは「忍は飛んだ」と聞かされていた。それ以前に『模索模索』時代から義経は忍を嫌っていた。弱い女に手を出すやり方に「それはちげえんじゃねえの」との思いを胸に持っていた。比留間や鹿島のことも義経は認めていなかった。クソはそのうち淘汰される。その通りとなった。比留間も鹿島も失脚した。そしてこの忍も同じく。その忍を世良兄が守ろうとしていることにイラつく。そして頭ではそう思いながらも忍を守って真木から逃げ出したことにもイラつく。


「俺のことがムカつくのはいいけどよお。これはお前のアニキから貰ったもんなんだよ。デカい傷にはこれが一番効くってな」


 世良兄が忍に勧めたと聞かされて少しだけ考える義経。そして忍の手から絆創膏を受け取る。


「肉が剥がれてんだろ。普通なら病院に行く傷だ。でもそいつを貼ってこまめに代えてやれば三日もすれば出血も止まって断面が塞がる。力も入るようになる。一週間もすればほぼ完治する」


 忍の説明を聞きながらジョンソンエンドジョンソンの絆創膏で傷口を塞ぐ義経。


「いいからてめえは黙ってろ。ムカつくからよ」


 義経の言葉を聞いても忍は黙らない。ビニール袋を義経に差し出す。


「本来ならそいつで傷口を塞いでから雑菌が入らねえように抗菌手袋をするんだけど今はそれが手に入らねえ。だからこれを絆創膏の上から保護するように被せとけよ」


 それからパーラメントを取り出して口に咥える忍。


「てめえ、それ」


「ああ。世良さんに貰ったタバコだ。ほら。お前も吸えよ」


 世良兄のトレードマークであるパーラメント。それを箱から一本抜いて義経へ差し出す忍。そしてそれを受け取り口に咥えて火を点ける義経。


「てめえがこれを吸うのは百万年はええんだよ」


「俺もそう思う」


 そして三分間。黙ってパーラメントを吸う二人。忍から沈黙を破る。


「俺はお前が見下すように最低だ。幹部だった『模索模索』から今はケツ割って逃げてる。『肉球会』から詰められてよお。今は間宮がインフルエンサー使って賞金首をかけてるみてえだな。俺には『不良引退』も『誰かの下につくこと』も『本職の盃うけること』も無理だ。俺のシノギだった『逆盗撮』の動画も今じゃ管理できねえ状態だしな。それに『蜜気魔薄組』の組長殺しのこともいろいろあってな。『知り過ぎた男』って奴だ」


「あ?根性ねえなら不良なんかやめちまえよ。クソが」


「ああ…。その通りだな。でも世良さんはこんな俺を匿ってくれてよ…。情けねえ話だがちょっと前の俺はビビり過ぎてパニくっててよ。そんな俺を落ち着かせようと必死になってくれたのがお前のアニキだ。『知り過ぎた男』に利用価値がまだあるんだろなあ」


「知るか。おい。タバコ寄こせ」


「ああ」


「馬鹿野郎。箱ごと寄こせよ」


 義正のパーラメント。これは自分がと箱ごと忍からパーラメントを奪う義経。


「ち。めんどくせえ。でもアニキの言葉ならしょうがねえ。てめえには『肉球会』も『模索模索』の連中にも指一本触れさせねえよ。てめえのことは昔っから気に食わねえがな」


 そう言って自分のタバコを箱ごと忍に投げつけ、義経が新しいパーラメントを咥える。



「たなりん君検事。このバスルームの壁に貼ってあるポスターは?」


「田所さん裁判長。これは『ぐりざいやーの果実』と『はんとーとらっしゅ』のお風呂ポスターなり。B地区が見た通りハートマークで隠れてるなり。これにお湯をかければなりね」


 そう言ってシャワーからお湯を出してお風呂ポスターにかけるたなりん検事。すると!


「おお!ハートマークが透けてきた!」


「これは熱を加えると透ける加工がされてるなり。このようにB地区が鮮明になりね…」


「たなりん君検事。B地区とはびーちくのことですか?」


「B地区はB地区なりよ」


 そこで急いで宮部がユニットバスに駆け込んでくる。


「やめろおおおおおおおおおお!風呂場はノーマークだったあああああああああああ!」


 興奮して湯気がものすごくたつほどマックスの高温のお湯をお風呂ポスターのB地区にぶっかけているたなりんと田所を怒る宮部であった。

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