第390話てめえの存在意義を履き違えんじゃねえ

 狭山の喫茶店にそうそうたる顔ぶれが揃ってコーヒーを飲んでいた。


「兄弟。なかなかの繁盛ぶりやのお」


 『肉球会』組長・神内。


「ふん。ヤクザもんばっかで来るもんも来んわい」


「でも味はどこよりも美味いと思いますがね」


 『肉球会』若頭・住友。


「すんませんなあ。ウチの近藤からも皆さんにはよろしゅうと言付かっとります」


 『身二舞鵜須組』組長・関谷。


「おお、姉ちゃん。灰皿貰えるか」


 『蜜気魔薄組』組長・伊勢。


「あ、はい。すぐにお持ちします」


「おめえが伊勢さんか。名前は聞いとるがツラぁ拝むのは初めてや」


「そうでっか。おしぼり入れるんならまたいつでも連絡してくださいや。一日一本からでも配達させますんで。一日に五本も十本も使わんでしょう、こんな店なら」


「伊勢」


 伊勢の軽口に関谷が釘を刺す。


「それで。関谷さんの顔を立てましたがウチんとことそちらの伊勢さんところは仲良く茶ぁ飲むような仲じゃありませんで」


 組を代表して住友が話す。


「まあまあ。その件も先に電話でお伝えした通りです」


「関谷さんにそう言われましたらウチとしてもそうですかと言うしかありません。ただ今回はウチの幹部が一人。そちらの若林さんはウチとは関係ありませんよ。そのケジメはどうつけます?」


「おう。ケジメやと?前になんか言うてはったなあ。ツイッターでアカウントをフォローするからとかか?だったらそれでええんちゃうか?おお?」


「伊勢」


「前と今では状況が違います。そもそもやってねえもんはやってねえんで。それを下手な絵ぇ描いて捻じ込んできたんがそっちでしょう」


「だから住友さん。俺も頭下げるぜ。まずは話を聞いてくれや」


「住友。話し合いが先や」


「はい」


「今回の一件はウチのかしらが俺の知らないところでやらかしてたことや。もちろん知らなかったで済ますつもりはありません。ただ、亡くなる前に本人の口から直接聞かされたんですわ。それを聞くとすべての辻褄が合いますんで。『蜜気魔薄組』の先代である若林殺しもウチの小泉です」


「死人に口なし…ですか」


 住友の言葉に関谷が冷静に睨みを利かせる。関谷の睨みを真っ向から受け止める住友。


「住友よ。お前が意地悪言うたら関谷さんも話せんやろ。お前が話し合いを止めてどうする」


「すいません」


 関谷から視線を外さずに住友が言う。関谷も続ける。


「若林がよお稼ぐ半グレを世話しとりまして。聞けば法外な上納を入れさせとりまして。もっともっとと要求が跳ねたようで。泣きいれました半グレが若林を飛び越えて小泉んところへ相談に行ったんがことの始まりですわ。小泉は若林を抑える代わりに自分ところへ持ってこいと。小泉も組に入れずに個人の金として受け取ってたようで。その半グレは結局二重払いですか。若林と小泉の両方から金を要求されるようになったそうで。まあ持ちませんわな。そして小泉から『じゃあ若林を消してやる』となり」


「実行犯は?」


「さあ。そこまで詳しく聞く前に逝きましたんで…」


「薬局の件は?」


「それも認めたくねえが小泉はやってたみたいですな。それは携帯やらの履歴からまあ黒かと」


「そうですか。それで」


「伊勢」


 関谷の言葉に伊勢が納得してない表情で乱暴にテーブルの上に紙袋を置く。そして紙袋の中から一千万の塊を五つ。五千万を積む。


「俺も昔ながらの考え方なんで。本来なら金で解決することじゃあないんでしょう。ただそちらの裕木さんもタマぁ獲られたわけじゃありません。裕木さんの治療費としてです」


 ここで神内が口を開く。


「関谷さん。まだ話の途中でしょう。話の途中でこんな金受け取れません。まず話を最後まで聞いてからです」


「そうですか。じゃあ今後のことについて話します。今後はそちらにご迷惑をお掛けしないよう俺が目を光らせますんで」


「目を光らせると言いますと」


「『蜜気魔薄組』のシマにはウチが入ります」


「それは」


「ウチの小泉が空けた席、『身二舞鵜須組』若頭をこの伊勢にやらせます」


「ほお…つまり」


「伊勢には『身二舞鵜須組』若頭の肩書がつくってことです。そうなりゃあ勝手は俺がさせませんので」


「関谷さん。関谷さんが今の『身二舞鵜須組』に『蜜気魔薄組』のシマとシノギを吸収するってことですか。そうなりゃあ『土名琉度組』での座布団も上がって『血湯血湯会』直参も見えてくる、そういうことですかね」


「そりゃあ今後の俺の精進次第でしょう。抑えつけなきゃならねえ跳ねっかえりも多い」


「でしょうね。それで肝心の話を」


「肝心の話?」


「ええ。その問題となった半グレ。そのまま野放しにしとくつもりですか。それじゃあ問題解決になりませんでしょう」


「…間宮のことですか」


「ええ」


 間宮の名前に愛子が反応する。それを見た狭山が口を開く。


「おう。堅気の娘さんがそいつの名前を聞くだけで不安になるんよ。半グレだガキだと舐めとるからこうなる。お前らぁクズの極道がそういうクズをのさばらせよるからそうなる。クズ同士が勝手に殺し合うんはええ。ただまっとうに生きてる堅気さんを巻き込むな。そういう堅気さんの盾になって守って死ぬんがお前らの役やろが。てめえの存在意義を履き違えんじゃねえよ」


 狭山の言葉に四人は黙り込む。

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