第343話モザイクを外したいという情熱があればなんでも出来る

「それにしても…たなりん部屋は見れば見るほどすごいね…。これ…、学校の勉強とかは」


「たなりんは切り替えが出来る子でござるよ。部活も帰宅部なりし、バイトも夏休みとか稼ぎ時にしかしないなりから。時間は腐るほどあるなりよ」


「でもMODとか入れてたら時間経つの早くね?」


「宮部っち!そんなの具問なりよ。努力もせずに何でも他人頼みはよくないなりよ!ネットでもすぐに『教えて教えて』君ばかりで。そういう奴に限って『ありがとう』もロクに言えないなり!そもそも向いてる向いてないの前にどんなに苦労しようとモザイクを外したいという情熱があればなんでも出来るなりよ」


 いろいろと体験談から愚痴っぽくなるたなりん。


「でもなんかいいっすよねえ。たなりん君部屋」


 田所がリラックスし過ぎ、うっかり『失礼します』と言わずに『さいみんぱらだいす』の抱き枕カバーがしてある抱き枕にもたれかかろうとする。


 どーん!


 年上の田所だろうとお構いなしで電光石火の動きで突き飛ばすたなりん。


「今のは!今のは田所のあんさんが悪いです!たなりんの命より大事な『さいみんぱらだいす』に『失礼します』もなしにもたれかかろうとするからです!」


「まあまあ…、今のは自分が悪いんですよ…。昔、かしらによく失敗してどつかれたのを思い出しました…。それよりたなりん君にお願いがあるんですが…」


「はいなり?」


 今日は年功序列も兄弟の序列も無茶苦茶になっている四人。そこで田所が意外な申し出をする。


「『組チューバー』での活動をたまにこのたなりん君部屋でやってもいいでしょうか?」


 え!と思う飯塚。いやいや、ホントにマジで分かんないっすとも思う飯塚。


「急に何を言い出してんですかあ。田所のあんさんは…」


「いや。この部屋には『おやじの教え』に似た匂いを感じるんです。自分の知らないことも多いですし。学びがあると思いました。飯塚ちゃんの部屋でいろいろなことを教わり。さらに上を目指すにはこういう文化に身を置くのが一番早いと思いまして」


 たなりん部屋は文化なんだ…と思う飯塚。と、同時に、いや確かに文化だよなあと思う飯塚。でもオタクは自分の時間を大事にしたいもんだしなあ。一人の時間を邪魔されるのは嫌だと思うんですよーとも思う飯塚。あ!もしかしてたなりんママ狙い?とも思う飯塚。


「別にいいなりよ」


 え!?いいんですか!?と思う飯塚。そして。


「ただし条件があるなりよ」


「はい。たなりん君。もちろん言うことは何でも聞きます!マックも買ってきます!パシリます!掃除もします!」


「そんなことじゃないなり。『たなりんの許可なくこの部屋のものを勝手に触らない』を守ってくれるならいいなり」


「分かりました!この田所!約束は必ず守ります!」


「いいんですかねえ。飯塚さん。たなりんはああ言ってますけど…」


 急展開に「(うわー、順番で次に俺の部屋に来て同じことを言われたらどうしょー!)」と思っていた宮部が飯塚に言う。


「まあいいんじゃないかな。逆にたなりんの私生活に触れることでケミストリーが起こるかもよ」


「いや。どう考えても『混ぜると危険』でしょー」


「それぐらいでないと『組チューバー』は成功しないよ」


 そして田所はたなりん部屋でオタク文化を学ぶことになる。




「間宮の下でずっといたお前から見て俺と間宮はどっちが上だと思う?」


 相変わらずパソコンの画面を見ながら咥えタバコで世良兄が言い放つ。


「え?世良さんと間宮とですか?」


「ああ。俺もあいつとは何度か会ったぐらいだ。弟との付き合いもある。あいつが俺に噛みついたことはない。ただ今はもうお互いにぶつかることは分かっている。お前ならその辺の見立てはつくんじゃねえか?」


「…そうですねえ。白黒つけたい気持ちもありますし、世良さんに勝って欲しい応援の気持ちもありますよ。それでも…、なんて言うか…、敗ける間宮の姿ってのがイメージ出来ないっす」


「そうか」


 忍には饒舌に自分の過去の武勇伝とはいかないまでも『これぐらいのお遊びは常識でやってきた』を話して聞かせたつもりだった。金も稼ぐ、本職にも対等に渡り合う自分とぶつかっても間宮はその上をいく可能性がある。忍もガキだが素人ではない。


「ちゅーっす」


 突然の第三者の声。しかも世良兄も忍もよく知る声。さっきまでの安心が忍から消える。まさかここまで来るとはと世良兄が表情を変えずに声のした方向へゆっくりと振り向く。『タピオカ』の監禁部屋の入り口に立つ間宮の姿が。

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