第336話『蟻がやっても入る』
「おい」
「はい?」
『タピオカ』の監禁部屋。忍と二人きりの世良兄。聞き取りが続く。
「睡眠はしっかりとれてるのか」
「はい。あんたに貰った『睡眠薬』が効いてるから。足の痛みも気にならないし、途中で起きることもなくなったっす」
「そうか。それはよかったな。あんまり常習すると依存症になるから半錠を一週間ぐらいにしとけ。もしくは寝られるなら半錠の半錠に減らせ。それでも効果はある」
「はい」
忍が飲んでるのは抗不安薬の『セルシン』である。病は気からとは本当のことだと世良兄は知っている。
「食欲はあるか」
「はい。ここで出してもらってるものをちゃんと頂いてます」
「そうか。だったらその足もすぐに治る。後遺症もない」
「そうですか」
「多分だ。俺は医者じゃない」
「はい…」
「それより『模索模索』のシノギについて知ってることを教えてくれるか」
「それは…全部話したと思うっすが…」
「『違法デリ』に『ぼったくり』であんなに稼げるものなのか?だったら今度俺にそのノウハウを教えてくれよ」
タバコを吸いながら世良兄が言う。缶コーヒーとタバコを忍へ勧める。忍もテーブルに置いてある貰ったタバコを口に咥える。
「いやあ…、世良さんのところの方が稼ぎはいいと思います。うちは恐喝まがいのことをメインのシノギにしてましたんで」
「『恐喝まがい』じゃねえよ。ありゃあ『恐喝』だ。即逮捕だ」
「はあ…」
「で、女子給もデタラメ。男子スタッフの給料もデタラメ。いいなあ。『違法デリ』っつうのは。蟻がやっても入るよなあ」
「何ですかそれ?」
「ん?ああ。この業界の言葉だ。昔の風俗ってのは今と違って簡単に誰がやっても稼げたんだよ。だから『蟻がやっても入る』って言葉があってな。その通りで蟻が受付をやっても客はアホみたいに入るってことだ」
「そんな言葉あるんですね…」
世良兄がノートパソコンを叩き、画面を見ながら咥えタバコで煙を吐き出しながら言う。
「今は『届出制』だからな。お前んとこは『届出』もクソもねえんだろ?」
「そっすね…」
「だろうな。今は『届出確認書』のメリットはねえよな。広告を打つには『届出確認書』が必要だが求人もスカウト以外来ないだろ」
「はい。紙やネットでの募集はやったことがないんで分かりませんが。スカウトはよく連れてきてました」
「うちもそうだ。スカウト以外女子は来ねえよ。営業広告もサイトに金払うぐらいだったらホームページのSEO対策に突っ込んだ方が客は来る」
「…」
缶コーヒーを喉に流し込み、新しいタバコを咥える世良兄。
「スカウトとのやり取りはお前がやってたのか?」
「はい。他の幹部は知りませんが」
「今のスカウトはお前ら半グレに似てるよな」
「はい?」
ノートパソコンから目線を外さず世良兄は続ける。
「今のスカウトは昔と違って店に来ねえだろ。連絡もラインで全部済んじまう。そうじゃねえか」
「そっすね」
「スカウトも組織としての実態を持たない。表向きは全員個人でやってることになってる。店と繋がりを持つのは一人のスカウトだけだ。あとはそのスカウトに色んなスカウトが宣材写真を送って、それを窓口のスカウトが送ってくる。面接も女一人で来る。まあ、その方がこっちとしてはクソみてえな『足代』を払わなくなっていいが」
「『足代』っすか?」
「ああ。昔はスカウトが女を店まで連れてきて、その都度『足代』をスカウトに払わなきゃあならなかった。どんな『メス豚』を連れてこようが『足代』は発生する」
「だったら最初から採用されない『豚』を連れて『足代』目当てで何軒か回れば日当出るんじゃないすか?」
「その通りだ。お前も頭いいな。『足代』目当てのスカウトは多かったぞ。ま、今はアプリで加工した詐欺みたいな宣材写真を送ってくるのも増えたがな」
「あるあるっすね」
何とかいろいろ聞き出そうと忍を饒舌にしようと世良兄が会話を続ける。
(ん?飯塚さんからラインなり)
『今日の十七時に宮部っちと田所のあんさんを連れて遊びに行くからよろしくね(ペコペコマーク)』
(そうだったなり。今日だったなりか。三人がたなりんの部屋に遊びに来るなり。まあ、彩音ちゃんを部屋に招くための壮大な計画の一歩なり。ママンには一応言ってあるなりが。部屋に友達が来るっていつ以来なりか…。ママンも驚いてたなりねえ…。てか、住所を教えれば別々に来れるでござらんか?先に宮部っちのバイクで送ってもらった方が楽なりなのにねえ…)
放課後、『組チューバー』はたなりんの部屋に集まる。
「絶好調!なかった清です!」
田所はワクワクしていた。
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