第306話山がいいか?それとも海か?

「何だお前」


「誰?あんた?」


「おいおい。あんま怖そうな言葉は使わんでくださいよ。僕はただ面白そうな話をしてるなあーと思ってだね」


「ああん?だからお前はなんなんだよ」


 三対一で気が大きくなっているいじめっ子三人組。人間とは群れるとそうなるのが性である。


「僕?僕はただの通行人であり。あとは…、善良な市民であり。あとは…、あんたらがいじめてる奴のツレですわ」


「あ?お前、田中のツレなの?」


「マジで?まるおに友達いたんだ」


「てか、お前さあ。田中のツレなら丁度いいわ。あいつに金貸しててよお。人に金借りといて一円も返さねえんだぜ。酷い話だろ。友達なら立て替えてやるのが友情じゃね?」


「おお、そりゃあ友情だ」


 見た目がロン毛の大学生に見える間宮相手に三対一で気が大きくなっているいじめっ子三人はさらに調子をぶっこく。


「へえー。たなりんて田中って言うんだ」


「あ?たなりん?まるおってたなりんだってよ」


「ハハハ。バッカじゃね?」


 そして絶対に勝てると思っている三人のうちの一人が間宮の肩に手を回す。


「だからよお。そのたなりんがね。金を返さないんだわ。俺ら困ってんのよ。分かるだろ」


「こういう時って『ジャンプしてみろ』って言えばいいんだっけ」


「ぎゃはははは!」


「何だよ。たなりんの奴、借りた金を踏み倒してんだ。へえ。カッコいいね」


「あ!?だからお前が立て替えて払えつってんだよ!それとも三人相手にお前もいじめられっか?」


「勘弁してくださいよ。ひょっとしてこれって今僕『カツアゲ』されてるんですかね?」


 間宮の肩に手を回したいじめっ子がその手に力を入れ顔を近付けて言う。


「財布出せや」


 そして黙って財布を取り出す間宮。


「これでいいんですか?勘弁してもらえるんですか?」


「そうそう。そうやって素直に最初から…」


 そこで財布を受け取ったいじめっ子が固まる。


「おい、どうしたんだよ。さっさと中身の札と小銭だけ抜いちまえよ」


「い、いや…」


「僕ぁ小銭は持たない主義なんで。あ、カードオンリーじゃないよ。お札は入ってるでしょ?」


 ようやく他の二人も異変に気付く。間宮が差し出した財布の分厚さと中に揃えて入れられている札の束に。そしてビビる。


「(おい。どうする)」


「(まるおのツレだろ。どっかのボンボンじゃねえ?)」


「(でも万札ばっかで三十万以上あるぜ)」


「(ヤバくねえか…?)」


 そこで間宮が優しく言う。


「それ、僕のパパから貰ったお金なんで。それで僕もたなりんも勘弁してもらえませんかね」


「(おい。パパだってよ)」


「(どっかの大学生のボンボンだよ)」


「(は、へへ。貰っとこうぜ…)」


 そして。


「おう。田中の分にはちょっと足らねえけどよ。これでチャラにしといてやるよ」


「ホントか!?マジで?後からやっぱナシってのは勘弁してくださいよ」


 間宮の喜びようにそれぞれ目を合わせる三人。


「おう。お前、名前と連絡先を聞いとくわ」


「えー。それはちょっと…。話が違いますよー。さっきそれでチャラにしてくれるって言ったじゃないですかー」


 三人が最初から覚えていた違和感。それを忘れてしまうほどの金の力。この見た目がシャバいあんちゃんが三対一でも余裕でいることの違和感。単なる虚勢と勘違いする。


「いいからいいから。別に悪用しないからさあ。あと家の住所と電話番号だよ。携帯持ってんだろ」


「えー、マジですかあ。名前はぁ、間宮徹。十七歳。職業『半グレ』」


 いじめっ子三人の体が固まる。その瞬間、間宮が右手で合図を出す。一瞬で周りを屈強な男たちに囲まれるいじめっ子三人。そして間宮が一言。


「さらっちまえ」


 手慣れた手つきでいじめっ子三人の口を押さえ、横付けされたワンボックスカーに素早く押し込める。周りの数少ない通行人も異変に気付くものは一人もいない。そしてゆっくりと助手席に乗り込む間宮。


「出せ」


「はい」


 走り出すワンボックスカー。いじめっ子三人は恐怖で体をカクカク震わせる。助手席から後ろを振り返りながら間宮が言う。


「そんなに怖がんなよ。パパのところに行くだけだからよ。こういう時ってあれか。こう言うんだっけ?『おい、山がいいか?それとも海か?』だっけ」


 十七歳の間宮が大人の暴力をこれから徹底的に見せつける。

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