第300話QRコード

「いいですか。今から話すことは『そういう仕組みもある』ということです」


「ああ」


 そう言って手に持ったお猪口をテーブルに置き、身を乗り出して世良兄のスマホを覗き込む小泉。


「なんやよう見えんなあ。保護フィルムかいな」


「いえ。覗き見防止フィルターです。すいません。仕事柄こういうのは必須でして」


 スマホに覗き見防止フィルターは今の時代必須である。特に都会住みなら確実にである。満員電車に呑み屋や飲食店、ライブハウスにコンビニ。人はいろんな場所でスマホを使う。会話ではなく閲覧のため。電子マネーなどはまだいい。SNS用の撮影もまだいい。中には匿名性の高いSNSを街中や電車の中で無防備に開いている馬鹿も多い。アカウント名やユーザー名は一瞬見れば覚えられる。そもそもSNSのアプリアイコンをスマホの一枚目、メイン画面に貼り付けてる時点で危機管理能力が低い。人に見られるスマホのメイン画面、一枚目は計算機やカレンダーなどのアプリを表示させておけばいいのだ。そして文字を打つ行為。確実に覗くやつは覗く。個人情報漏洩だと騒ぐ前に個人でやれることをやって文句を言えと世良兄は思っていた。世良兄も間宮もその辺の危機管理能力は高い。小泉が見える角度でスマホをかざしてやる。そしてメインスマホのラインアプリを開く世良兄。そして説明する。


「これがラインです。通常のものです」


「通常のもの?ラインに通常や特別があんのかいな」


「はい。存在します」


「なんやと…」


 そしてサブのスマホを小泉に見せる。ラインとは真逆で白と緑が入れ替わっているアイコン。それが『ラインライト』。


「このラインのアプリと色違いのアイコンが見えますでしょう。その下に『ラインライト』と表記されてます。これがラインの特別バージョンです」


「『ラインライト』やと?」


「はい。もともとは日本での入手は不可能です。文字通り『ラインライト』は本家『ライン』から余計な機能を、スタンプやミュージックですか、背景デザインなどすべて排除したものです。容量を食わないよう軽く軽くを意識した作りなので『ライト』です。そしてこの『ラインライト』ですがメインのアカウントと紐付け出来るんです」


「紐付け?どういうことや?」


「分かりやすく言うとこのメインのスマホとサブのスマホ、どちらからも同じアカウントを操作できるということです」


「操作できる…?」


「はい。もっと分かりやすく言いますとこのメインのスマホに小泉さんのラインアカウントを入れているとしましょう。スマホとはそういうもんです。普段自分が使っているスマホにラインをインストールして使いますよね」


「そうや」


「そのスマホを小泉さんが持っている以上、他の人間が勝手に小泉さんのラインを使うことは不可能です。そもそも今のスマホには指紋認証や顔認証、PINコードなどセキュリティが万全です」


「せやで。わしのラインはわししか使えんはずや」


「それがこの『ラインライト』を使えば小泉さんの知らないところで小泉さんのラインを勝手に操作できるのです」


「なんやと!」


「信じられないと思いますが現実です。ただそのハードルが高いと申し上げました通り、普通では、それは不可能です。小泉さんのメインスマホを誰かに勝手に操作させたことはありますか?」


「ない」


 即答する小泉。


「でしょうね。私が話しているサブのスマホ、『ラインライト』はメインスマホの持ち主が『ラインライト』に紐付けしてもいいよ、サブのスマホでもメインのラインを操作してもいいよ、との『許可』を出して初めて使える機能です」


「だったらあり得ん話や」


 そこで世良兄が確信を持って言う。


「小泉さん。小泉さんのスマホを間宮に一瞬でも触らせたことはありませんか?」


「ないない。いくら間宮だろうと人の携帯を勝手には触らせんがな」


「では、『ラインの交換』をしましょうと言われたことは?」


「それはあるで。今はQRコードで交換しとるから…、あ!」


 ここで小泉の記憶が鮮明に蘇る。そこに世良兄が追い打ちをかけるように言う。


「例えば『QRコードを交換しますのでスマホを貸してもらえませんか』と言われませんでしたか?」


「…言うとったわ…。あのガキィ…」


「そうすればあとは『あ、失敗しました』とでも言えばよほど警戒してない限り二台のスマホにQRコードを読み取らせることが出来ます。『ラインライト』、つまりメインのラインアカウントを勝手に操作していいよの許可はQRコードを読み取らせることです。それだけで紐付けは終わるのです」


 怒りと恐ろしい現実を知ったことで固まる小泉。


「それでは実際に見てみますか」


 世良兄が二台のスマホを使って授業を続ける。そんなことを知らずに女将は料理をどんどん運んでくる。

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