第277話ガッツの自慰

「おいおい。ごめんじゃ済まねえよ。人のどたまに空き缶投げやがって。しかも硬いやつ。お、おまえ誰じゃ。知らねえツラだな」


「は、は、長谷部っちから、は、離れるなり…!」


「おいおい。大丈夫か。『藻府藻府』は人手不足でこんなビビりまでメンバーに入れてんのかよ。宮部が頭ならしゃあねえわなあ!」


「…たなりん、無理すんな…。逃げろ…」


 長谷部が何とか気合でたなりんへ声を掛ける。


「長谷部っち…、今度は、た、た、たなりんが、助ける番…なりよ…」


「ああ?助ける?お前が?おいおい変な薬でもやってんじゃねえか。『藻府藻府』は薬ご法度じゃねえのか」


 たなりんは『ある準備』をしていた。宮部に誘われて入れてもらった『組チューバー』、そして『藻府藻府』。普段はオタク活動を楽しむ十八歳の高校生だがこれまでずっと学校でいじめられてきた。見た目が分厚い牛乳瓶の底のような眼鏡のため『まるおすえお』と呼ばれ残酷なことをされ続けてきた。いじめっ子は別にワルではない。教師の前では優等生で真面目っ子を演じるような連中。暴力よりも傷付くことをされ続けてきた。小中高とエスカレーター式の学校に逃げ場はなかった。想像の中で何度も自分をいじめる連中、いじめていた連中に残酷な仕返しすることで気を紛らわせてきた。その一つを『藻府藻府』に入って最近使う機会を待っていた。今度は自分のためではなく、チームの足を引っ張らないため。飯塚や宮部の足を引っ張らないため。飯塚と出会って気のいい友達がたくさん出来た。少し前なら一目散で逃げてたであろう場面。何度も宮部の口から聞いた言葉。


『俺が怖いか?』


 怖いなんて一度も思わなかった。宮部と出会い。不良を知り。街中で乱闘してる人でも実はいい人がいることを知り。自分をいじめる連中は『いい人』を演じてる。本当の『いい人』とは全然違う。たなりんの正しさをしっかりと不変的なものへ導いたのが皮肉にも学校の大人たちではなく、社会をドロップアウトした悪党と呼ばれる気のいい同世代の若者たちだった。


「こ、これ以上、長谷部っちに、手を、出したら…、容赦なく撃つなりよ…」


 たなりんが『藻府藻府』の特攻服のポケットから鉄砲を取り出す。それを見て三原が大爆笑する。


「え?それって『水鉄砲』じゃねえか。はっはあー!さすが宮部!十代目『藻府藻府』は笑わせてくれんのおー!」


 天草も爆笑する。江戸川はイラついたまま。長谷部は何かを感じ取る。


(…たなりんは意味なくあんなおもちゃを出すような奴じゃねえ…。これにはきっと…)


「こ、怖いなりか…。怖いなら…、謝れば…いいなりよ…」


「こええなあ!怖すぎてしょんべん漏らしちまうわあ!」


 そう叫びながら三原がたなりんへと襲い掛かる。


「ガッツの自慰なり!」


 どぴゅ!


 たなりんが右手を構えて三原目掛けて水鉄砲を撃つ。目を狙って撃った液体を三原は笑いながら左手で受け止める。


「おいおい。本当に何の変哲もねえ水鉄砲じゃねえか。夏場にゃ風流やがここまでくりゃあ笑えんなあ。お」


 そのまま左手で水鉄砲を持つたなりんの右手を掴み捻りあげる三原。


「いたああああああああああああああああああああ!」


「おいおい。でけえ声出すんじゃねえよ」


「おい、三原ぁ。時間かけすぎ。そろそろマッポがくんゼ」


 天草の声に三原が応える。その瞬間。


「ガッツの自慰なり!」


 もう片方の腕で素早くもう一丁の水鉄砲を取り出し三原の顔面へ打ち抜くたなりん。


「がああああああ!目があああああああ!」


 三原の左手から解放されたたなりんが捻られた右手の痛みを堪えながら決める。


「た、た、たなりんギャング名物…、『ポン酢鉄砲』は効くなりよ…」


 たなりんがいじめっ子の目に何を目薬で差せば一番痛くて染みるか長年考えて辿り着いた結論。


『ポン酢目薬最強論』


 そしてたなりんの隠しカメラはその一部始終をきっちり捉えていた。

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