第229話大人の会話のマナー

 『肉球会』若頭である住友から個人の携帯への電話。世良兄もおおよそのことは頭に浮かぶ。


「ええ。大丈夫です。どうされました?私なんかに」


 世良兄は『肉球会』のシノギである無料情報館の立ち上げにかなり力を貸した。言わば『貸し』がある。ただそれを口にするのは交渉下手であると分かっていた。相手は信用が置ける相手だろうと所詮はヤクザであり根っこの部分は信用してはならないと分かっていた。そしてその『貸し』が思わぬところで生きるのではと思っていた。


「単刀直入に聞かせて欲しい。世良さん。あなたには弟さんがいらっしゃいませんか?」


 ビンゴである。スマホを耳にあてながらタバコを取り出し咥え、それに火を点ける。そして煙を吐き出してから答える。


「ええ、いますね。それがどうかされましたか?」


 住友も世良の性格を分かっている。どんどん直球を投げる。


「違ってたら申し訳ない。弟さんの名前は『義経』さんではありませんか?」


 タバコを口に咥えたまま世良兄が答える。


「ええ。確かに私の弟の名前は『義経』です。よくご存じですね。それで義経が何かしでかしたとかですか?」


「いえ。そのまま自分が把握してることを言います。まだ裏は取れてませんが。最近この街で半グレ連中が悪さしてるのはご存じでしょうか」


「ええ。まあこんな商売してましたら嫌でも耳に入ってきますね。何しろ情報が命の世界ですので。そして私なんか足元にも及ばない情報のプロである住友さんのところに私の弟の名前が入ったってことは…」


「いや。まだ裏は取れてませんので。失礼を承知でお電話させてもらいました。それで点と点が線になりました。世良さんの弟さんはその半グレ連中の幹部であると耳にしまして」


 あれだけ追い込みをかけた中山が嘘を言う可能性はほぼない。タバコの煙を吸い込み吐き出しながら口に咥えたタバコを灰皿に押し付け、新しいものを取り出しながら世良兄が言う。


「住友さん。誤解がないよう最初にお伝えしておきます。私は私であり、弟は弟であると言うことです。確かに『知らなかった』では済まないことであると覚悟もしております。そして義経がそういった連中とつるんでいるのも何となくですが耳にしてました。先日ですかね。普段は顔を合わせない義経が私のところへ訪ねてきました。私の営んでいる商売のノウハウを聞きたいとのことでした」


 世良兄も言葉をしっかりと選びながら答える。いくら堅気には手を出さない昔気質のいい極道である『肉球会』であろうとヤクザはヤクザである。言葉はそのまま言質となる。時事系列一つ虚偽があればそこを責められることになる。


「そうですか。世良さんにはうちの『商売』にかなりお力添えを頂きました。なので本音を言います。あなたとは揉めたくありません」


 いちいち言葉が世良兄を責める。『肉球会』の組員、ましてや若頭の住友が堅気の自分なんかにと思っていたが『揉めたくありません』とまで言われた。それも『無料情報館』の立ち上げに力を貸した『貸し』まで相手から言わせたにも関わらず。


「住友さん。私に出来ることは何でも協力します。もちろん手が後ろに回らない範囲でですが。もちろんそちらの皆さんがそういうことをされない強い信念をお持ちであることも聞かされております。義経を差し出せば済むことでしょうか?」


「そこまでは言いません。世良さん。あなたは弟さんがかわいいですか」


「そういう感情はありません。ただ出来の悪い弟の不始末は私の責任であるのかと。今すぐ義経の首根っこを掴んでそちらへ連れて行きましょう。ただ申し訳ありません。弟の所在は私にも分からないのが正直なところです。電話番号も頻繁に変わります。私が弟の方に頼ることはありませんので。弟がフラッと私のところへ来ることはあるのかもしれません。その時に掴まえて連絡することでどうでしょうか?」


「いえ。それには及びません。この電話で分かったことが多くありました。ありがとうございます。今回の件は多くの堅気さんが被害に遭われております。多少強引になるかもしれません。半グレ連中を潰します。その時、世良さん。あなたは判断を迫られることになるかもしれません。そしてあなたは大人だ。いい判断をされると信じてます。それでは失礼します」


「分かりました。何かありましたらいつでもご連絡ください。先ほども言いましたがお力になれる範囲でお力になりますので」


「ありがとうございます。では」


 そして電話を切る住友。世良の方からは切れない。組の名前など一切使わない。この通話内容が世に出ても半グレ連中を懲らしめたい一市民同士の会話で通る。住友が言った「判断」とは当然、『肉球会』か『血湯血湯会』系統『蜜気魔薄組』かのことだろう。机の上の束になった万札を数え、新しいタバコを口に咥える。


(義経には最初から首輪をつけてでも俺が飼っとけばよかったか…。いや、それは無理か。あいつには間宮が昔から…)


 タバコの煙をくゆらせながら昔を思い出す世良兄であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る