第202話おしるこ

「おい。俺らも行くぜ」


「その前にっと」


「おい」


 『藻府藻府』が立ち去った後、パトカーのサイレンが近づくトンキの駐車場。忍が新藤、宮部に倒された比留間、鹿島の元へ駆け寄る。そしてその無惨で、忍にとっては滑稽な姿を写メに撮る。


「結局賭けにもならねえよ。ん?」


 鹿島の傍に転がっているスマホを拾い上げる忍。セキュリティーがかけられていない。


「へー。『デスライン』ねえ」


 そして鹿島のスマホのラインボタンを押し、『デスライン』に書かれている名前一覧を見る忍。


「おい。マッポが来るぜ。行くぞ」


「ああ」


 そう言って鹿島のスマホをポケットにしまう忍。


「(たどころ…。あの7・3のことか?)」


 忍と軍紀もその場から撤収する。



 夜の街をバラバラになって走る『藻府藻府』。たなりんを単車のケツに乗せ、街を走る宮部。「バッチゴー!」とテンションも高かったたなりんも何も喋らない。いつもたなりんと会っている時は『コイパツシリーズ』のことや新しいアニメのこと、趣味のことを楽しく話す。たなりんはマシンガンのようにいつも楽しく話してきてた。宮部にとって初めての無口なたなりん。二人無言のまま、ただ夜の街を単車で走る。そして宮部が沈黙を破る。


「たなりん。喉乾かない?自販でおしるこでも買ってどっかで飲まない?」


「…おしるこでござるか…」


「え?たなりんはおしるこ推しじゃなかったっけ?コーンスープ?おでんの自販はさすがに遠いんで…」


 単車を目立たない通りの自販機の前に停め、自販機でおしるこを買う宮部。


「たなりんもおしるこでいい?今日は奢るよ」


「…じゃあ、おしるこで」


 そして人気のない通りでおしるこを飲む二人。宮部から口を開く。


「ごめんな。たなりん。『ああいう』のをリアルで見るのは初めてだろ?ちょっと刺激が強過ぎだよな。ごめん!」


「あ、いや、その…」


 趣味の合う友達として出会い、楽しい時間をこれまで過ごしてきた二人。宮部もいつかこの時が来ることは分かっていた。『ぐらんどせふとおーとばい』も『猫が如く』も所詮ゲームの中の暴力。ゲームの中の爆弾や凶暴な武器よりリアルの拳一発の方が痛い当然。そして出来れば見せたくはないと最初は思っていたもう一つの自分の『顔』。たなりんの気持ちを考えると殴られるよりも心が痛む。


「族の頭ってこんなんだよ。騒音垂れ流してさあ。社会のルールもシカトしてさあ。敵対する相手はとことん暴力で潰す。ガキでもガキなりの反抗って言うか」


「…宮部っちも『タバコ』を吸うなりか」


「うん。未成年だけど」


「じゃあカツアゲとかもするなりか」


「うん。でも自分より弱い相手や真面目な人相手にはやらない。さっきみたいな粋がった連中相手ならする」


「…他のメンバーの人たちもそうなりか」


「うん。それはチームとして徹底させてる。あいつらも今日、たなりんのことを見下すようなことはしなかったろ?」


「…うん」


 そこからさらに沈黙が続く。二人とも手に持った『あたたか~い』おしるこはすでに冷めてしまっている。


「たなりんさあ。俺のことを『宮部っち』って呼んでくれたじゃん」


「え?」


「ほら、最初にSNSで出会った時からずっと『宮部っち』って呼んでくれてたじゃん?」


「…そうなりね…」


「俺さあ。下の名前が一郎で地味じゃん。だから小学校の頃のあだ名は『宮部っち』だったんだ」


「そうなりか?」


 たなりんが初めて視線を上げて宮部を見る。

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