第173話たぴおかと北風と太陽

 ある雑居ビルの一室を訪れる世良。『タピオカ』と書かれたプレートが貼られたドアの前で立ち止まり部屋のチャイムを鳴らす。


『はい』


 インターホンから聞こえる返事に世良が答える。


「あ、うちの兄貴からここに呼ばれたんだけど」


『少々お待ちください』


 そして中から鍵を開ける音がし、扉が開く。


「どうぞ」


「失礼しまーす」


 そして玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて奥の部屋へ案内される。


「社長。お客さんです」


「ああ。あとは『業務』に戻れ」


「はい」


 そして『社長』と呼ばれる男と部屋で二人きりになる世良。会話が始まる。


「へえー。ここって闇金の事務所でしょ。意外とあれだね。従業員も普通っぽいし」


「義経。用件はなんだ。俺も暇じゃねえんでな」


「正兄ぃ。わりいって。ちょっと直接会って聞きたいことがあってね」


 世良義正。元『模索模索』幹部である世良義経の実兄である。


「聞きたいことって何だ。お前のことはいろいろ耳にはしてる。俺より金回りもいいそうじゃねえか」


「そうなの?正兄ぃんところはそんなに不景気なの?俺とeスポ目指さねえ?」


「御託はいいんだよ。結論を先に言え」


「あ、そう。いやさ、正兄ぃっていろいろ手広くやってんじゃん。『闇金』に『風俗』でしょ。俺に『ノウハウ』教えてよ」


 弟の言葉を聞き、机の上の大きな灰皿を手元に寄せ、タバコを咥えて火を点ける世良兄。煙を吐き出し口を開く。


「お前にゃ無理だ。それに何やってんのか知らんがお前の方が俺より稼いでる。そんな俺に何を聞く?意味ねえだろ」


「今は『バブル』っつうの?一時の金だよ。正兄ぃも『そういう』商売やってりゃこの街の『地場』が『肉球会』なのは知ってるだろ」


「あ?うちは反社と付き合いはねえよ」


「そういうのはいいからさあ」


「今は地場だろうと全国どこにでも『血湯血湯会』が出張ってるだろ。『肉球会』以外にもそういう組織はいろいろある」


「『蜜気魔薄組』とかも?」


「ああ」


「俺さあ、『蜜気魔薄組』使ってまずこの街を『獲る』つもりなんだわ。だから正兄ぃの商売の『ノウハウ』を今のうちにってね」


「あ?『蜜気魔薄組』を使ってこの街を『獲る』だと。そりゃあ無理だ。『肉球会』がいる。まあいいや。それでお前。『闇金』の仕事や『風俗』の仕事をどう思ってる。漫画や映画の世界じゃねえんだからな」


「え?無茶な金利で貸し付けて回収するんじゃねえの?」


 世良兄が二本目のタバコに火を点ける。


「この仕事は『北風と太陽』の話に似てる。うちは客を追い込むような真似はしねえし、無理な貸し付けは一切やらない」


 そう言って世良兄が机の引き出しから数枚の葉書を取り出し世良弟に手渡す。それを受け取り一枚一枚目を通す世良弟。


「へえ。これって金借りてた奴から?」


 葉書にはほぼ同じような内容で『その節はお世話になりました。おかげで何とか乗り越えることが出来ました。また何かありましたらその時は一番にお願いします』と。


「うちは確かに違法な『闇金』業者だが焼き畑農業のような仕事はしねえ。俺も何か所かで下積みを経験してきたがこのやり方が一番固い」


 世良兄が言っていることは間違っていない。『闇金』イコール『怖い』とのイメージがあるがこういう業者は手堅いし、回収率も高い。人間は本当に追い込まれると不思議なもので『怖い』方より『世話になった。よくしてくれた』方へ感情が傾く。


「へえ…、意外」


「お前が何考えてんのかは分からんがそういう『やり方』ならいくらでも教えてやる」





 パンパンパンパン!


「なに『藻府藻府』のバカどもにやられてんだよ!よええ『藻府藻府』にやられて俺は『カス』かああああああああああああああ?」


「す、すいません!」


 パンパンパンパン!


「ごめんなあ。痛かったあ。舐めてんのか!舐めてんのか!舐めてんのか!」


 比留間が『藻府藻府』にやられた下っ端の兵隊にヤキを入れる。


 バサッ。


「よええお前らにはこれがお似合いだからよ。俺からのプレゼントだからよ」


 地面にほおり投げられた『藻府藻府』特攻服。そして比留間が吠える。


「よええ奴は『それ』が似合ってっからよお!そいつを着て目に付いたものは全員殺せや!女は全員輪姦せや!分かったかあ!」


 間宮がこの街を空けている間にこの街は修羅場と化す。

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