第139話スマホの音しただけなのに
ポシュ。
BB弾が若林の額に当たり大きく弾ける。事務所にいた人間すべてが間宮の空気に一瞬飲まれる。エアガンを本物と思い込んでいた若林は思わず瞑ってしまっていた右目を開ける。そこですでに『格付け』は終わっていた。
「若林さん。書いてもらえますか。『引退届』」
本家の名前が出た時点で『蜜気魔薄組』にはもはや若林へついていこうと思っている人間はいなかった。
「住友よ。仕切ってくれるか」
「はい。最近、うちのシマにチャチャ入れてきてる『蜜気魔薄組』の件になるが。組長の若林が引退することでこれまでのことを収めたいとのことや」
昔気質で屈強な組員たちが揃った『肉球会』事務所での会議。
「かしら。『引退』で手打ちは甘すぎちゃいますか。うちは裕木のアニキと健司の二人いかれてるんですよ」
「学よ。お前の言い分も分かるしここにおるもんはみんなお前とおんなじ気持ちや。あんな『蜜気魔薄組』の若林ごときの『引退』とうちの補佐と若い衆では釣り合いが取れんのは百も承知や。けどなあ。まず誰も死んどらん。それに裕木を襲ったんは『蜜気魔薄組』のもんではなく半グレの『模索模索』の間宮って小僧や」
「しかし…。『蜜気魔薄組』と『模索模索』が『列』組んでるんは調べがついてます。健司一人でも若林と釣り合いは取れんでしょう」
「自分からもいいですか」
足に包帯を巻いた京山が言う。
「ええぞ。なんや」
「へい。山田のアニキがここまで言うてくれるのは嬉しいです。ただ、今回の若林の『引退』には俺の後輩がかなり絡んでます。『蜜気魔薄組』の残ってたシノギを田所のアニキと『藻府藻府』が組んで襲撃したそうです」
「らしいな。わしの耳にも入ってきとる。まあ、裕木もすぐに帰ってくる。健司も松葉杖には世話になっとるが普通に動けとる。ここであいつらを追い詰めても残党が地下に潜る。『藻府藻府』のガキどものこともある」
「住友よ。ちと『あめえ』んじゃねえか?あいつらぁ、トカゲの尻尾切りしただけや。あの間宮って小僧と半グレを潰さねえとおんなじことの繰り返しやぞ」
「二ノ宮のおじきのおっしゃる通りでしょう。今回の件は自分も『単なる形だけのケジメ』とおもとります。ただシマの堅気さんのことを考えると平和的解決が出来るならいけるとこまでそれで行きたいとおもとります」
「だからそれじゃあ意味がないと言うとる。単なる『先延ばし』でしかないやろう」
「ええ。それでも『先延ばし』の分、平和です。一日でも平和で済むなら『先延ばし』大いに結構でしょう」
「二ノ宮のおじき。俺からもいいですか」
「なんや。健司」
「ありがとうございます。『極道』としては俺もおじきの考えに賛成です。ただ、田所のアニキからあいつらで『いい動画が撮れてる』とも聞いてます」
「そうなんか?」
「ええ。あいつらを『退治』することで、えー、なんて言ってました…あ、『とれだか』って言ってまして。『受けそうな動画』がかなり撮れたと」
「どういうことや?」
「俺の後輩と『特殊詐欺』や『売春クラブ』を退治した動画が撮れたとかで」
「は?そんなもんが『受ける』んか?」
「飯塚さんが言うには『とれだか最高』ですか。なんかとても『受ける』とのことです」
「そうなんか?学はユーチューブに詳しいやろ。『受けそう』なんか?」
「まあ…、想像ですが…、かなりリアリティもあって過激で前例もないと思いますんで。飯塚さんが『撮れ高最高』と言うならそうなのかと」
「分からんのお…」
「そういうことですね。二ノ宮のおじき。まあ、うちとしても『破門』にした敦をそのままにしてることもあるんで。それでウダウダ言うてくるところがあれば受けて立ちますがここは若林の『引退』でこれまでのことは一旦水に流すということで。おやじからも一言お願いします」
住友からのバトンを受け、神内が話始める。
「まあ、かしらが言うた通りや。まずは『シマの堅気さん』を第一に考えること。そして半グレと『蜜気魔薄組』が列組んでるんは確実や。あそこの新しい組長の伊勢っちゅうのも相当の野心家や。平和が一番やが間宮ってのもツラぁ見たがぶつかるんは時間の問題や。かしらの考え通り、出来るだけ『争い』は後回しにな。いずれあそこは『身二舞鵜須組』まで食うてまうやろお。敦と飯塚さんが『的』になる可能性も大いにある。そこも含めてシマを守ることをもう一度徹底や。今回の件もことの始まりはわしらの『怠慢』からや。各々が気を引き締めるよう。健司は今まで通り二人についてくれ。後輩の方にも『深入り』せんようにと。わしからは以上や」
「はい!」
一方。
「さあどんどん編集ですよ。田所のあんさん」
「はいな。飯塚ちゃん。あ、ここ。いい動画なんすけどスマホの『音』が気になりません?」
「あー、『組チューバーだ!』と田所のあんさんが決め台詞を言ってる時なのに…。編集ですね」
「もー、『スマホの音しただけなのに』…」
ん?韻を踏んでる?と思う飯塚であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます