第101話蚊

 暴対法。正式名称は『暴力団対策法』。1991年3月に制定公布され翌年3月1日から施行された法律である。今はその『暴対法』に『使用者責任』が盛り込まれている。簡単に説明すると末端の組員が悪さをするとその責任をその組のトップ、つまり会長や組長が逮捕される仕組みである。『クールにキチガイ』となれる間宮は、『暴対法』の対象外である半グレ組織『模索模索』を率いる間宮は、その法の解釈の盲点をつき、『ある』恐ろしい計画を立てていた。


『暴対法に縛られないシマを持つ組織を作り上げる。その組織は既存の暴力団とも戦争もする。半グレでもない。暴力団でもない。もっと恐ろしく凶悪かつ残忍な集団。その集団をまとめ上げて日本の裏社会を牛耳る。世界にもマーケットを広げる。今はまだその最初の段階』


 間宮の携帯が鳴る。スマホの画面を見る。『蜜気魔薄組』組長の名前。その電話をシカトする間宮。通常ならどんな状況であろうと直留守にならない限り、コールが鳴れば必ず出なければならない電話をシカトする間宮。


「てめえら。もうめんどくさくね?」


「そっすね」


「間宮さんは『蜜気魔薄組』に一回『けじめ』とらされてるんですよね」


 『血拓』の件である。


「あ?忘れた。それよりさあ。自分より弱い奴の下で動くのもいい加減かったるいわ」


「でも…。『蜜気魔薄組』は本職ですし…。その上は武闘派の『身二舞鵜須組』でてっぺんはあの『血湯血湯会』ですよね…。やばくないすか」


「あ?お前怖いの?いいよ。抜けて」


「いえ…、そう言うわけでは…」


「いいからいいから。うちは抜ける人間に『ヤキ』とかそういうのはしねえから。他のメンバーにも言っとく。抜けてえ奴は今すぐに抜けていいよ。うん。そういう奴は逆にいらねえし。使えねえし。『ヤキ』もねえから今のうちだよ。その代わり、今後一切頼ってくんな」


 間宮が欲しいのは『兵隊』ではない。『クールにキチガイがやれる』もののみである。例え、自分一人になろうと計画を止めるつもりなんて一ミリも頭にはない。




 一方その頃。『肉球会』かかりつけの『病院』でベッドに横たわる裕木の元を訊ねた京山。飯塚とは普通に会って動画の入ったUSBのみを手渡してきた。


「ああ。あいつは今ベッドの上で寝とる。まあ普通の人間ならやばかったな。急所以前に刺し傷の数がな。あれでよく耐えたもんやとこっちが驚いとる。まあ姿を見る分には構わんで」


 そう『医者』から説明をうけた京山が病室に通されベッドの上で横たわる裕木の姿を目にする。


「補佐…」


 様々な感情が京山の心の中で沸き起こり、頭の中でそれらが交差する。眠っているのか。点滴や呼吸器などいろんなものを体に取り付けられた状態でベッドに横たわっている裕木。包帯の数も尋常じゃない。こんな裕木の姿を見たのは初めての京山。そして静かに独り言をつぶやく。


「補佐…。本当にすいませんでした…。今回の件は自分が…任されていたばかりに…。自分が不甲斐ないから補佐がこんな目に…。やったのは自分の後輩です。かわいい後輩です…。『情』は後輩にもあります。何とかしてやりたい気持ちです…。当然『補佐』にはそれ以上の『情』があります…。安心してください…。自分の中の『迷い』はなくしました。この件は自分がきっちりと『ケジメ』つけます。ゆっくり休んでください…」


 そして静かに病室を出ようとする京山。その時後ろから微かに声が。驚きながら振り返る京山。


「…んじ」


「補佐ぁ!」


「けんじ…」


 無理やり口の呼吸器を外し、何かを言おうとしている裕木。ベッドに飛びつくように裕木の口元へ耳を近付ける京山。裕木が続ける。


「お前は…、『蚊』に刺されて…、被害届を出すか…?」


「補佐…」


 さらしを固く巻いていたがアイスピックでめった刺しにされたことを『蚊にさされた』と言う裕木の漢気に触れ、さらに熱い思いが胸に沸き起こる京山。そして言う。


「補佐の想いは分かりました。今はゆっくり休んでください。先生!先生ぇ!」


 急いで医者の先生を呼ぼうと病室を出る京山。心の迷いなどない。

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