第十話・掃討(B)
「我々は生きる。そして、彼らは眠らせておくのだ。永遠にな」
スピーカーから聞こえる声はいかにも冷徹なものだった。
「おまえも生きている側でいたいだろう? 我々もおまえをスリーパーにしたくない。また我々の傍でスイーパーとして働いてくれ」
「言葉遊びはもうたくさんだ!」
四柳がマイクに向かって叫ぶ。
「遊びだよ。すべて喜劇だ。保クン、計画は止まらない。はやくこちらにもどってきたまえ。カンパニーに君の席があるうちにね」
「誰がもどるか馬鹿!」
四柳は思いきり通信機のスイッチを切る。四柳の豪腕で殴るように叩かれた通信機は一瞬でスクラップになった。
「開門計画……!」
部屋を出た四柳が苦々しく口にしたその名前こそ、自警団が、いや、ユリアや鉄ヶ山と共にひた隠しにする隔離地域の根幹。
そこは自警団の本部とでも言うべき場所で、かつては消防署だった場所である。
あまり大きくはないが、寄り合い所帯の自警団には十分すぎる施設である。
四柳はおもむろに資料を机に広げ始めた。
落ち着くためもあるのだろうが、しかし、改めてまとめなおしておく必要があったからだ。
来るべき時が来る。
鉄ヶ山、ユリア、四柳。この三人は別々の理由でこの細歩地区に来た。お互いの目的のすべてをを知っているわけではない。経歴や考えもすべて共有しているわけではない。
しかし、三人にとって、脅威となっている者は同じだった。
『カンパニーズカンパニー』
この国の真の支配者であり、フィクサー。そして君側の奸である。
反逆者の言いがかりと相場が決まっているはずのものが、大義名分に使われるだけの虚像が、実在していたのである。
「それまで寂れていた王家を復興させ、あまつさえ天辺に据え、実態としての王制まで敷かれたこの国。何もかもを一新した。しかも、通貨の価値は変わらないままだ。つまり、これは、国一つを塗り替えるだけの、莫大な金がかかっていることになる。では、そんな金がどこにあったのか? この国の出資者は誰なのか?」
四柳は自問自答する。
「その立役者こそがカンパニー。親父が所属して、その席を俺が継いだ。俺はその場所に居たんだ。なのに、なにもできなかった」
自分の過去を紐解きながら、確認していく。
「今の王制はまやかしだ。王族貴族は、カンパニーが絶対不可侵の立場を守るための盾にすぎない。今、王都の人間は地獄の中を生きている。その自覚もなくな。王制の実態は、なにをするにもかかる重税と、生まれた瞬間に補助という名目で、押し貸しと変わらない借金を背負わされる社会のことだった」
資料に目を通しながら言葉を続ける。誰に説明するでもない。自分に言い聞かせているのだ。
「これらは回収機構としての王制だ。生み出した金を民衆に貯めさせずに、全て吸い上げる方法としてカンパニーが思いついた方法だ。要するに、好きなだけ、好きなようにカンパニーが金を集めることのできる体制として、王制がつくられた」
資料には人間の絵があった。しかし、それはどこか普通ではない。
「王や貴族は贅沢な生活をしていて当たり前。ところが、その王族や貴族はカンパニーに対して散財することを義務づけられている。民から集めた税で」
不思議な人の絵には名がふられていた。
その淡い光に包まれた者の名は『らじあんてくす』というらしい。
その名前の意味を四柳は知らない。だが、おぞましいものであることを知っていた。
「人々は、嫌々ながら、しかし少しの喜びを感じつつ貴き人に税を収める。そして、その税は、貴き人によってカンパニーに流れる。貴き人の生活に人々は腹を立てながらも、そこに憧れを持つ。しかも、表面上、最も偉いのはその貴き人だから、人々の不満の矛先もそこに向かう」
四柳はこれから起こりうる事態の最悪のものを想像しようとしたが、しかし、どうしたらいいのかわからなかった。
「なにも今にはじまったことじゃない。いつの時代も、国を揺るがすほどに金をかき集め、それに伴って権力を帯びてしまう者は常に存在してきた。だが……」
手に力がこもって、机の資料に皺がよる。
「……ここまで悪辣な輩は、歴史上でも類を見ない!」
四柳自身頭ではわかっているのだ。もう遅いことを。
すべてはもう遅い。あとは、どれだけ被害を抑えられるかだ。
だが、割り切るにはあまりに四柳は頑張りすぎていた。みなが頑張っているのを見すぎていた。
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