第十話・掃討(A)

「あー、やっぱり姫天使マギソーズは最高ね。細歩地区が誇る文化だわ」

 テレビを見終わってユリアが息を吐く。

 姫天使マギソーズとは、細歩地区で生み出されたヒーローである。少女が変身して戦う変身ヒロインもので、もともとは子供向けのローカルヒーローでしかなかったのだが、やたらと人気があった。

 いい年こいてユリアはこれにはまってしまっていた。

 娯楽が少ないこともあったが、ユリアは外見に見合わず少々子供っぽい部分があった。

「キャラクターの可愛さだけじゃない。アイテムとギミックの魅力。戦闘と日常のバランス。なによりシナリオがいいのよ、シナリオが」

 正座を解き、煎餅を噛み砕きながらユリアは独り言を続ける。自分なりに評価点を挙げ連ねているようだ。

「ときに熱く、ときに悲しい。繰り返される出会いと別れ。それでいて飽きさせない力強さもあるのよね。それに友情も恋もしっかり描かれていて……美しいわ。そう、もはやビューティフルなのよ! これが青春の清き熱風なのね! そうなのね!」

 よくわからないが、なにかしらの結論に達したらしいユリアは力強く立ち上がる。

「あなたね! 心惑わす悪のケダモノは! 絶対に許さないんだから! プリンセス・フォームチェンジ!」

 興奮が頂点に達したらしいユリアはポーズをとった。とってしまった。

そう、ごっこ遊びの始まりである。

「天が使わした愛の使者! 美の戦士、マギソーズ・ユリア!」

 恐ろしいことに、それはただのごっこ遊びではなかった。自身をキャラクターの一人として設定した、オリジナルキャラクターになりきるものだった。

「赤く燃える死神の視線にぃー、怯むことなく! 駆け出してゆくぅ!」

 主題歌とともに手を振り、足を蹴り出す。

 戦っているのだ。ユリアは強敵と戦っているのだ。

「稲妻と竜巻が天と地を裂き、悲鳴さえ飲み込む、屍の鬨!」

 手元にあった懐中電灯を武器に見立てて振り回す。

 懐中電灯を天に掲げてみたり、唐突にポーズを決めてウインクをしてみたりと、見るに耐えない光景だった。

「握った手に滲む血の熱さに震えて……!」

 ふいに膝をつく。懐中電灯が転がった。

 ピンチなのだ。ユリアはピンチに陥っているのだ。

 作品の内容に見合わない、ものものしい主題歌も佳境に入っていた。

「たとえっ! 誰も明日を夢見なくても! 命もぉ心もぉ修羅へと投げ出すぅ! 誰もがっ! 捨ててしまった爪と牙の代わりにー! 魂砥いだー刃を振りかざすぅ!」

 ゆっくりと立ち上がるその姿はヒーローそのもの。彼女は愛の使者だ。美の戦士だ。

「すべての人が愛を取り戻すまっでっはっ! 光ほとばしらせて! 未来切り開く!」

 懐中電灯を拾ったユリアは、くわと目を見開き、叫んだ。

「くらいなさい! マギストール・テンペストー!」

 払った手を大きく上に掲げ、実に気持ちよさそうにユリアは目を閉じた。

「よし」

 満足したらしい。

 ふと振り返ると鉄ヶ山がいた。

 その表情は、まさに、無。それを見るユリアの表情もまた無だった。

「遅かったわね」

 何事もなかったかのようにユリアが声をかけた。

「ちょっと寝過ごしちゃって」

 鉄ヶ山も同じだ。

 二人は大人だった。クールである。

 ユリアが茶を入れようと鉄ヶ山の横を通り過ぎる。

 その様子をまじまじと見つめながら、鉄ヶ山が呟いた。

「歌、うまいっすね」

 ユリアは両手で顔を覆い、その場にしゃがみこむだのだった。


 その日、鉄ヶ山は仕事でユリアのもとへ来ていた。

 鉄ヶ山は修理屋を営んでいた。表向きには、彼は勤労学生なのである。

 修理といってもせいぜいガラクタいじりにすぎないが、そもそも隔離地域の機械はガラクタばかりなので十分なことだった。

 ユリアのところは特に精密機械を扱うこともあったが、元ガーダーである鉄ヶ山の技術は、一部役立つものがあった。

 フォールとしての関係上、自警団と不自然にならず関われるのも利点だった。

「今日は四柳さんは来ないんですか?」

 こっぱずかしい姿を見られ、今も顔を伏せっているユリアに、イチゴ味のペーストをほお張りながら鉄ヶ山が声をかける。

 鉄ヶ山の体調は相変わらず悪かったが、しかし、休息をとれていることが幸いして、今は小康状態を保てていた。味つきの食事をとることも久しぶりにできていた。

「来ないわよぉ。交渉の日だからぁ」

「ああ、もう一ヶ月経ってましたか」

 四柳は王都と交渉を一ヶ月に一度行っていた。

 そんなことをできるのは、四柳の経歴と関係がある。四柳の家は王都でも最大の資産家なのである。

 そんな四柳がなぜ隔離地域にいるのかは鉄ヶ山は知らなかったが、性格を思えば不自然には思わなかった。

 ユリアについてもそうだ。かつては王都で指折りのマインド能力研究者だった。

 鉄ヶ山は王都でこの二人の講義や公演を見たことがあったぐらいなのである。いわば名士だ。

 彼らは良識派なのだろう。鉄ヶ山はそう思っていた。

「お邪魔しまーす」

 鉄ヶ山が仕事にとりかかったころ、ヨモギがやってきた。

 鉄ヶ山は、ユリアの家に行く度にやって来るヨモギを敏感なほどに気にしていたものの、最近は少し変化が見られる。慣れてきているのだろう。

 作業している鉄ヶ山があっちへ行ったりこっちへ来たりしているのを、ユリアとなんでもない話をしながら、ヨモギは見ていた。

 途中途中でふと鉄ヶ山とヨモギの目が合う。

 鉄ヶ山は相変わらずヨモギのことを気にしているものの、様子は以前のものとは違っていた。

 何事もないかを確認するかのように目をやっているといった具合だ。それが自然に行われるのである。

「ねえユリア先生。鉄ヶ山さんって、わたしのこと気にかけてますよね」

「そう?」

「そうですよ。なんか、保護者みたいで」

 くすくすとヨモギが笑う。

「たしかに、あいつは特別あなたのことを大切に思っているようね。どうもそういうフシがあるわ」

「ユリア先生」

「なにかしら?」

「鉄ヶ山さんのこと、どう思ってるんですか? というか、どういう関係なんですか?」

「……こういうの、ヤブカラボーとかいうんだったかしら。アブラハダブラみたいなもの?」

「それこそなんの話ですか。違いますよ。男女の関係なんですか?」

「ちょっと、悪い冗談やめてよね。ワタシと慎之介はそんなんじゃないわよ」

「ふーん、よかった」

「なにが?」

「わたし、ユリア先生の敵になりたくないですからね」

「……ふーん、いいけど。ただ、慎之介は秘密の多い奴だから、期待しないことね。大小違いはあれど、あいつは誰に対してもそういうところあるわよ。誰のことも大切に思ってるわ」

「……もしかして、嫉妬してます?」

「だ、誰が、嫉妬なんてするの!」

「ダメですよ、酒と女はニゴウまで、なんですからね?」

「あなたいくつなの? いまどきオッサンでもそんなこと言わないわよ……」

「あれ? そういうの許せないタイプですか? わたしは我慢できるタイプです。鉄ヶ山さんは、どっちが好きなのかなぁ」

「もういいのっ! ちょっと慎之介! これ直ってないわよ!」

「はい? ああ、それ、前にも言いましたけど、部品が手に入らないから直せませんよ」

「それでもジャンク屋なの!? ホント使えないわね!」

「へえっ!? 先生、ジャンク屋をなんだと思ってるんですよ……」

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