第二話・仮面の戦慄(C)

 この数日、チホが学校に来ていない。

 学校ではちょっとした噂になっていた。

『チホがよからぬことに顔をつっこんでいる』

 それは半分正解で半分ハズレであった。

 チホの居場所がまったくわからないというわけではなかった。時間によっては自宅を訪ねれば普通に居るのである。連絡もとれる。

 ただ、学校には来ない。

 どうやら、夜に出歩いているようなのである。

 彼女の両親は小さい頃にいなくなってしまっていた。チホは姉だけが唯一の肉親だったのである。姉がいない今、彼女は家では一人ぼっちだ。

 それもあって、チホは学校が好きだった。人懐っこい性格にも、それが関係しているかもしれない。

「あのデコスケ、今日も来ねえな」

 澤本も悪態をついてはいるが、気にかかるらしい。

 ヨモギはチホの行き先に心当たりがあった。

「澤本くん、もしかしたら、チホ、あそこに行ってるんじゃないかな?」

「心当たりがあるのか? どこだ?」

かり池、の、近く」

「……あそこは、おまえ」

「前に教えてくれたよね? なんとかいうグループがたむろしてるから近づくなって。チホ、なんだか知らないけど、最近そいつらのこと探ってたみたいなの。澤本くんも最近チホのこと探してまわってたんでしょ?」

「ああ……『かげ七星しちせい』だ。あのバカ!」

 澤本の言う『影の七星』とは、いわゆる不良グループだが、その上の方は、もはや不良というレベルのグループではない。

 上から下まで、ピンからキリまで取り揃えた一大犯罪組織と言ってもよかった。いや、そう言われてしまっていた。

 ことあるごとにそれらが関わっているとされていたために、その存在は、人々の間で闇雲に拡大して、今や実態がわからないことになってしまっていた。

 名前も大仰おおぎようだ。七星とは細歩地区の七つの区画を象徴するもので、隔離地域としての細歩そのものを表している。それの影と喧伝しているのだから、大したものである。

「あのデコ、フォールって奴を探してやがるんだ……」

 澤本の言ったことが正解である。

「まずいグループなんでしょ?」

「相当やべえよ。もう言っちまうが、多分おまえらを襲ったのは影の七星だ。そこまでする輩は他にいねぇからな。だから関わるなっつったのに……」

「澤本くんお願い、チホを止めて。あの子、多分わたしの言うことは聞いてくれないから」

「……なんでだ?」

 ヨモギの顔はひどく思いつめたもので、それは、ヨモギの中に確信めいたものがあるようなに思わせた。

「あの子が欲しいのはただの心配なんかじゃない。あの子が欲しいのはきっと……とにかくお願い。澤本くんでないと駄目なの」

 ヨモギの強い意志に、澤本は少し気おされした。チホに、いったいなにがあるというのだろうか。

「わかった……夜に、少し、動いてみる」

 澤本は、ヨモギの滲んだ瞳から目を逸らして答えた。

「ありがとう。それと、これは考えすぎかもしれないんだけど」

「なんだ?」

「もしかしたら、自警団はチホのことなにか知ってるのかも」

「どうして、そう思う?」

「四柳先生もそうだけど、ユリア先生もなんだ。心配ないって口ぶりなのに、遠まわしにあの事件のことをすごく心配してる」

「そうか……おまえもそう思うか?」

「澤本くんも?」

「ああ。それで……ちょっと気になる奴もいるしな。いいか、ヨモギ。あまりオトナ達を信用するな。信頼できる先生でも、クラスメイトでも、だ」

 澤本の後ろ、教室の片隅に、こちらを気にしている鉄ヶ山がいるのがヨモギの目に入った。


***


「ここで待ってりゃいいんですっけ?」

「偉いさんが来るって言ってんだから、来るんだろ」

「いいんですかね? あっしら出迎えなんてロクにできやしませんよ?」

「まあ許してくれんだろ、多少の無礼は」

「そっすよね……それにしても、信用できるんですかい?」

「……うるっせえな、オメーはさっきからよう。俺が保証できるわけねえだろ。俺達はへいへい言って従ってりゃいいんだよ」

 明かり池。名前とは裏腹に、夜の静町で一番暗い場所と言われている。

 それは、ここが池の跡地で、住む場所を求めたどこの者ともしれない者達が、勝手気ままに掘っ立て小屋を建てたにすぎない場所だからだ。

 そこは、噂通りよからぬ輩のたまり場になっているらしかった。

 小屋、といってもそれはかなりの大きさである。建て増しに建て増しをされたそれは、彼らの拠点のようなものであった。

「ねえ、あのオッサン、最終的にどうなるんですかね? 生きて帰れますかねぇ?」

「無理だな。死体も見つからねえよ」

「賭けますか?」

「いいけど、おまえ弱いからなぁ。しっかり予想しろよ? どんなバラされ方かも当てねえと駄目だからな?」

 見張りらしいこの二人は、軽い調子でおぞましい会話をしていた。

 他人の命を賭けの対象にするのは、彼らのお気に入りの遊びである。

 こうして、ひたすらに邪なじゃれあいを続ける二人は、自分達の後ろに降り立つ影にも気づけなかった。

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