第113話 元騎士団長の質素な住まい

 イオラと別れたユーリたちが馬を走らせる。


 馬が枯れて色を無くした葉を踏みつけると、いつもなら心地よくパリパリと感じるはずの音が不安をかき混ぜてくる。

 ユーリの指先を晩秋の風が冷やしたが、重石のような胸の不安に比べたらどうってことはない。

 大丈夫だと自分に言い聞かせながら走り続け、沈みかけの太陽が影を長く伸ばした頃、ユーリたちはエルディグタールの国境門にたどり着いた。


 シルバーの街は高い塀で囲まれており、ライオットやレムナントが住む場所とは完全に区別されている。そのさらに奥にあるのがエルディグタール城。この国は、魔力が高い人間ほど奥に住む構造になっている。

 松明たいまつが灯されたシルバー街への入り口に到着したのは、国境門を過ぎてさらに数分後。入り口を守る二人の門番が、ガイオンの顔を見るなり嬉しそうに笑って出迎えた。


「ガイオン様! お帰りなさい」

「ご帰省は楽しんでこられましたか?」


 エルディグタールでは人種間の差別が大きく、ライオットのユーリがここにいるとバレればただでは済まないのだが、信頼するガイオンを前に門番は警戒するそぶりも見せない。


 門番二人に元気よく手をあげて挨拶したガイオンに続き、父、ユーリ、ベルタが後を追う。

 道を進み建物が増えてくると、出国の時と同じようにあちこちから人が出てきてガイオンを快く出迎えた。そしてバーの前を通り過ぎた時、エプロンをつけたちょび髭のおじさんが手をあげて馬を止める。


「おうっ! ガイオン様じゃねぇか。珍しい酒が手に入ったからもってきな!」


 ちょび髭が投げてよこした酒瓶を、ガイオンが上手くキャッチする。


「がははは! いつもサンキュ、マスター!」

「なんもこれしき。それより、明日腕相撲大会をやるから是非来てくれよ」

「あぁん? 腕相撲? 俺が出たら優勝確実になっちまって面白くないだろ」

「何言ってやがる、みんなそれを見たくてうずうずしてるんだ。挑戦者をばったばった倒していくその腕っぷしをな。久しぶりにその剛腕を見せてくれ」


 退団したとはいえ、ガイオンは先日までエルディグタールで一番の戦力を誇っていた騎士団長。明らかに身分の差がありそうだが、ガイオンとちょび髭は昔からの友達のような口調で話していた。

 身分の差を感じさせないガイオンの人柄に触れ、なぜか誇らしい気持ちになったユーリが、兜の下で自然と笑顔をこぼす。


 ちょび髭の誘いに苦笑いするガイオンが酒瓶を掲げ、乾杯のポーズをして馬を進めた。もちろんすでに瓶のふたはあいている。

 ガイオンに続いてみんなも馬を進めた。


 ユーリは一度シルバー街を通ったことがあるが、あの時はエルディグタール城に潜入するために馬車の荷台に隠れていたため、きちんと街並みを見るのはこれが初めてだ。


 イルカーダほど華やかな賑わいはないが、整然と並んだお店に色素の薄い毛髪の人が出入りし、今日の夕飯の材料を抱えて行き交っている。歩いている人はみんな身なりが整えられ、ライオットの村のようにつぎはぎのある服を着ている人は一人もいない。


 その様子を始めて見たユーリは、自分が生まれ育ったライオットの村や孤児院の子どもたちのことを思い出した。


 おさがりの服を身に着け、山で採ったわずかな食べ物をみんなで分ける日々。お腹いっぱい食べれることは、年に数回しかなかった。


 きっとここに住むシルバーたちは、自分たちとは全く違う暮らしをしているんだろう。そう思ったユーリの胸がチクリと痛み、目に見えている光景が夢の世界のように感じられた。


 ……みんな、元気にしているかな。父さんの体は良くなったかな。


 孤児院に残してきたみんなに思いをはせた時、ユーリはガイオンの元気な声で現実に引き戻された。


「ここが俺の家だ。何にもないけどくつろいでくれ」


 孤児院とそれほど変わらない大きさのガイオンの家は、最低限生活に必要な物しか置かれていない。外を歩く裕福そうなシルバーのイメージとのギャップにユーリが驚いた。


「……随分、すっきりした家だね」

「あぁ、どうせ家に帰るのは寝る時だけだからな。俺は布団さえあればいいんだ」


 ぶっきらぼうにそう言うと、ガイオンはバーのマスターからもらった酒瓶を、居間の中央に置かれたテーブルにドンと置き、椅子に足を組んで座った。他の三人も、移動でたまった疲れを癒すために、イスに座ってしばし休息をとる。

 その少しあとにイオラがやってきた。額の中央に輝く琥珀色こはくいろの魔石が、身分の高さを物語る。


「おお、イオラ。やっと来たか」

「やっと来たか、じゃない。いきなり現れたかと思ったら花火なんぞ打ち上げて、一体何を考え……」


 愚痴を言いながら入って来たイオラが、ユーリの顔を見て足を止める。


「……お前はっ!」


 先日城を襲ったユーリ、サミュエル、アイザック、そして失踪したバーデラックは今や指名手配犯。この四人と剣を交えた幼馴染のガイオンが、わざわざ敵を自分の家に招き入れている。予想していなかった事態にイオラが驚いた。

 それに気が付いたガイオンが、場を和ませるように笑顔を浮かべ、体をこわばらせているユーリを紹介した。


「こいつはユーリ。俺の仲間だ」

「仲間だと……? い、いつから」

「俺が半年ぶりの休暇でダイバーシティに行った時からだ」

「そんなに前から? まさかおぬし、我らを裏切っていたのか!」

「……そうだ」


 余計な説明はせず、真剣な眼差しで真実だけを淡々と伝えるガイオン。イオラの凛々しい目がさらに吊り上がり、段々と怒りを沸騰させていくのが誰の目にも分かる。

 ガイオンの父もベルタも口を挟まずその様子を見ているが、ユーリだけは一触即発の空気にハラハラして生きた心地がしなかった。


 ジュダムーアを裏切ったことが事実だったとしても、ガイオンなりの理由があったことをユーリは知っている。言い訳をしないのがイルカーダの美徳なのかもしれないが、それでは真実を伝えることができない。

 それに加え、ガイオンに協力をお願いしたことに責任を感じるユーリが、思わず椅子をはねのけて立ち上がった。


「あ、あの!」


 みんなの目が一斉にユーリに集まり、怒り心頭のイオラに睨まれたユーリに緊張が走る。

 女性と言えど、現騎士団長。目線だけで殺されそうなほど心臓が縮み上がった。

 しかし、責任感の強いユーリは、そのまま勇気を振り絞って言葉を続けた。


「ガイオンは悪くないんだ」

「小僧。発言を許した覚えはない。大人しく黙っていろ」


 全てを話し終わる前に、イオラのナイフのような言葉がユーリを刺した。

 緊張で背中に汗が流れるのを感じたユーリだったが、このままではガイオンが悪者になってしまう。

 ユーリは恐怖を打ち負かすように震える手を握りしめた。そして、母親譲りの正義感を胸に、負けじとイオラを睨み返す。


「嫌だ。きちんと理解しないでガイオンを裏切り者だと決めつけるのは良くない。誰よりもこの国を、国民を想っていることくらい、幼馴染なら分かってくれよ!」


 物心がついてから常に行動を共にしてきた幼馴染のことは、イオラが良く知っているはずだった。

 しかし、今は新しく就任した騎士団長という重圧と、遠く実力が及ばないガイオンの穴埋めに必死で、気持ちの余裕が無くなっている。

 それに、今日はガイオンが起こした騒ぎに振り回された上に、裏切りを告白されてさらに余裕を失っていた。


 色んなことが上手くいかず焦りを自覚しているイオラは、ユーリから器の小ささを指摘されたように感じてしまった。そして返す言葉を探すが、ガイオンがいなくなってから募る一方の苛立ちで、言葉を見つけるより先に気が付いたらユーリの目の前にいた。そしてユーリの襟をつかみ、ズイッと顔を近づけて警告する。


「身の程だけでなく、口のきき方も教えないといけないようだな。場所が場所なら命はないぞ!」

「脅したって俺は黙らないぞ。ガイオンが悪者のように言われるのは我慢できない!」


 今度はイオラとユーリの一触即発が始まった。

 ユーリの行動に呆気にとられる一同だったが、ほどなくしてガイオンの父が拍手を送り始めた。


「あっぱれだ、ユーリ! イオラの気迫に負けないとは、さすがガイオンの見込んだ男。将来は是非イルカーダに来て欲しいくらいだ。まぁ、イオラもまずは落ち着いてみてはどうかな?」

「師範……」


 小さい頃から恩義のある師範の仲裁に、半ば救われたような気持ちでユーリを解放したイオラは、プライドを保つためにふてぶてしく腕を組んで椅子に座った。

 

 ひとまず話し合いが進む気配に、ユーリがホッと息をつく。そして、話の席についたことを確認したガイオンが再び説明を始めた。


「驚かないで聞いてほしい」


 念を押されたイオラは、動揺を悟られないよう眉毛を上げただけで先を促した。


「俺たちはこれから、革命を起こす。ジュダムーアを殺して、シエラを国王に据えるつもりだ」


 あまりの驚きに、座ったばかりのイオラが派手な音で椅子を転がし立ち上がった。細かい説明をすっ飛ばすガイオンに、呆れたユーリが言葉を失なう。

 そして、「かっかっ……!」と鳥が威嚇するような声を出しているイオラにお構いなく、ガイオンは幼馴染に清々しい笑顔と大きな手を差し出した。


「俺たちの仲間になれ、イオラ!」


 自信満々のガイオンと、青ざめるイオラの視線が交差した。

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