第66話 届かぬ手の先に
……父さんが生きていたなんて!
俺が生まれてすぐに父さんが死んだ。
そう聞かされていた。
でも目の前のリヒトリオを見て思う。
笑うと少し下がる目じり、肉付きの薄い頬、クセの無い焦げ茶色の髪。
親子だと確信せざるを得ないほど、俺と全く同じ特徴を持っている。
……この人は、間違いなく俺の父さんだ。
他の家族を見て「自分にも父さんがいたら」なんて思ったこともあったけど、母さんや一つ年下のシエラ、それに沢山の孤児たちに囲まれていたから、毎日がにぎやかで楽しかった。それに、俺がしっかりしなきゃいけなかったから、寂しく思う暇もなかった。
でももしかしたら、一番年上の俺が「みんなの父さんにならなきゃ」って、無意識に思ってたのかもしれない。
今、父を前に改めて実感する。
本当は、俺も父さんが欲しかったんだ。
ほとんど感じてこなかった寂しさが、父さんと抱き合うことで一気に解放された気がした。そして、自分もまだ子どもだったんだと気が付き、少し恥ずかしい気もしてくる。
ひとしきり涙を流して顔を上げると、シエラの父エーファンが言った。
「リヒトリオ。これが最後のチャンスかもしれないから、君もここから出ると良い。その足じゃ、どっちみちここにいても役に立たないからな」
「エーファン……」
「さあ、さっさと行った行った」
いたずらっぽく笑うエーファンの言葉を噛み締めるように、俺の父さんが静かに涙を流して感謝を述べた。
シエラの母さんだけじゃなく、俺の父さんを助けることができるなんて思ってもいなかった。だから、今回の侵入は成功だったと言えるだろう。
……ノラのこと以外は。
ノラのことはあとで考えることにして、ひとまず敵に見つからないようにここから出なくては。
そう思って、再び歩きだそうとみんなを振り返った。
「じゃあ、急いでここを……」
……あれ、シエラが、いない?
「シエラはどこに行ったんだ?」
「あら? ずっとここにいたわよね」
「……イーヴォもいないぞ」
誰もシエラがいなくなったことに気が付いていなかったようだ。
嫌な予感がして周りをキョロキョロ探していると、芽衣紗のホログラムが現れた。
「やば! みんな見て!」
芽衣紗が城の地図らしき映像を映した。
二つの赤い点が一緒に移動している。
「なんだ、これ?」
「シエラちゃんとイーヴォの発信機! 二人でどこかに移動してるみたい」
「発信機なんてつけてたのか……」
サミュエルが顔をしかめた。
「シエラとイーヴォが? 一体どこに……!」
慌てた俺が地図をのぞきこむ。
後ろにいるアイザックが顔を真っ青にして声を震わせた。
「まずい、城の正面に向かっている!」
「えっ⁉ 正面って……まさか、ジュダムーアと鉢合わせたりしないよな」
否定されることを期待しつつ、恐る恐る尋ねてみた。
「その、まさかだ。ジュダムーアは正面の入り口から入って王の間へ向かうんだ。このまま二人が正面に行けば、確実にジュダムーアの前に出るだろう。何を考えてるのか知らないが、すぐにイーヴォを止めないと最悪の事態になる!」
「えぇぇっ⁉」
返答を聞き、頭から血の気が引いていく。俺がショックを受けていると、アイザックの言葉を聞いたトワが飛び出した。しかし、すぐに龍人に止められる。
「トワは行っちゃだめ。君の存在がジュダムーアにばれて解体されでもしたら、ここでの生活が楽しくなくなっちゃうでしょ。だからトワはここで居残り」
「はい、龍人様」
「何を言ってるんだ、龍人! そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
怒りをにじませるサミュエルが
芽衣紗はため息を吐いて「また悪い病気が出た」と呟いている。
……本当に龍人は何を言っているんだ!
でも、ここで龍人を説得している暇はない。
それより早くシエラを見つけないと!
「今は言い争ってる場合じゃないよ! とにかくすぐに追いかけよう!」
「ああ、そうだな。私についてきなさい。エーファン、すまないがシルビアを頼む」
城の構造を良く知るアイザックの後を、俺とサミュエルが追って走る。
どうか、間に合ってくれ。
そう祈りながら薄暗い階段を急いでかけ登り、小さな扉を開けて上の階に出た。
すると、天井の高い廊下を走るイーヴォの後ろ姿が見えた。シエラが脇に抱えられている。幸い、まだジュダムーアまではたどり着いていない。
良かった、これなら追いつけそうだ。
俺は足に力を集中し、シエラ目掛けて最速で駆け抜けた。
「待て、イーヴォ!」
あとちょっとだ!
シエラを奪い返そうと、イーヴォに向かって手を伸ばした。
ガイオンからシエラを取り返した時のような感覚に、成功を確信した時だった。
視界の端で何かが光った。
ハッと気が付いて横を見るがもう遅い。ドンッ! と突然横から大きな衝撃がぶつかり、体が勢いよく弾き飛ばされてしまった。
「うわぁっ!」
冷たい石の床の上を転がり、壁に強く打ち付けられる。衝撃が直撃した右腕の感覚が無い。
……いってぇ!
痛みをこらえながら前を見ようとすると、俺の上に甲冑を来た騎士が馬乗りになり仰向けで押さえつけられてしまった。顔のすぐ横に、大きな槍を突きつけられる。
痛みで顔を歪める俺に向かって騎士が怒鳴った。
「おい、なぜライオットがこの階をうろついている! ジュダムーア様のご帰還の鐘が聞こえなかったのか?」
まずい。
前にばかり気を取られ、横からあらわれた敵に気が付かなかった。
このままじゃ、シエラがジュダムーアの手に渡ってしまう!
焦る気持ちで馬乗りの騎士を睨むと、もう一人別の騎士が、すぐ後ろから走ってくるアイザックとサミュエルに向けて槍を構えた。それに応戦するように、アイザックが芽衣紗からもらった棒を取り出し、ブンッと振って大きな剣を構える。
「サミュエル、シエラを頼んだ!」
「わかった!」
アイザックが叫ぶと、それに応えたサミュエルが騎士の横をすごいスピードですり抜ける。目にもとまらぬ速さに、騎士は一歩遅れを取った。
「あ、おい! 待て!」
追いかけようと騎士が振り向く。
しかし、騎士が追うよりも早く、鬼の形相をするアイザックが剣を振り抜いて叫んだ。
「
空気が乾いて体感温度が下がった。同時に、アイザックの剣から氷が飛び出し、バキバキという音と共にサミュエルと騎士の間に大きく分厚い氷の壁を築いた。突然姿をあらわした壁に衝突した騎士。サミュエルを追おうと壁を叩くがびくともしない。次に、何度か魔法をぶつけてみるが結果は同じで、キラキラ光を反射する壁は傷一つついていない。
何をしても壊れる気配のない鉄壁のような氷の壁に、恐れをなした騎士がアイザックを見る。
「な、なんだ、この魔法は……!」
「こんな規模の魔法が使えるだと? 一体貴様は何者だ!」
騎士の反応から察すると、氷瀑は誰にでも使える魔法ではないらしい。
騎士たちは大規模な魔法に気を取られ、驚きと焦りで一瞬の隙ができた。俺はその隙をつき、自分を押さえつけている手を
「ユーリ、大丈夫か?」
「うん、今ほど自分がライオットで良かったと思ったことは無いよ。アイザックも大丈夫?」
「ああ。どうやらさっきのシエラの光が効いてるらしい。まだ行けそうだ」
「良かった。じゃあ、すぐにここを抜けよう」
右腕の感覚を取り戻した俺は、全身に流れる力を捕まえるように、集中して双剣を握りなおした。同時に、サミュエルのくれた魔石から温かいエネルギーが流れ込むのを感じる。その力を体の中で練り上げ、双剣をオレンジ色に光らせながら兵隊に向かって走り出した。
「やあぁぁぁぁぁ!」
後ろから、アイザックが無数の弾丸と化した氷の粒を兵隊に向かって飛ばす。俺の横を通り過ぎた氷の粒が、ちょうど煙幕のようになって兵隊の視界を奪った。俺は氷の煙幕に隠れ、兵隊の頭上めがけて大きく飛んだ。
……すぐに行くからな、シエラ!
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