第59話 手の届かない存在

「夕飯までには帰ってくるのよ」


 ガイオンを見送った後、私たちはトライアングルラボに戻った。


 色々あったので少し落ち着きたい。

 そう思った私とユーリは、夕飯までの間、近くを散歩してくることにした。見送ってくれたトワに、元気よく「はーい!」と返事をして、ダイバーシティの色とりどりのネオンや人々の賑わいを背に町のはずれへと歩いて行く。


「二人で歩くの、久しぶりだね」

「そうだな。シエラがショーハの池に灯花を採りに行った時以来だな」


 ちょっと前までは孤児院の限られた世界で暮らしていたのに、気がついたらいつの間にか仲間が増え、すっかりにぎやかになっていた。

 こうして久しぶりに兄と散歩をすると、以前と変わらないような懐かしい錯覚を覚え、私の脳裏にいつもの裏山の風景が蘇って来る。


 木の実の入ったかごを抱えるユーリが笑顔で振り向き、手を差し伸べるあの光景。

 すべてが終われば、またあの穏やかな日々が帰ってくる。

 そう思うと、なんでも頑張れる気がした。


 さらに歩いてネオンの光が届かない場所まで来ると、人通りがなくなり虫の鳴き声と葉っぱが風に擦れる音だけになった。空には満点の星。真っ暗な空に、たくさんの小さな宝石が輝いている。


「うわぁ! ねえ見て、ユーリ。すごくお星さまがきれいだよ」

「……本当だ」

「こうしてみると前と同じ感じがするのに、なんだか色々変わっちゃったね」

「うん。……まさかこんなことになるなんてな」


 そう言ってユーリは芝生の上にゴロンと横になった。

 黙って空を見つめるユーリの真似をして、私もゴロンと寝転がる。

 

 少しの間、二人で星空を見上げていたが、ふと気が付くとユーリが何か言いたげに私を見ていた。


「……どうしたの、ユーリ?」

「なんか、びっくりだなって思って。まさか、俺の妹が魔法使いで、しかもその母親がガーネットだったなんて。何かあるといつも俺の後ろに隠れていた、あのチビのシエラが」


 ユーリが昔を懐かしむように微笑み、私も同じ気持ちで微笑みを返す。


 少し前までは魔法も人種も何もかも知らなかった。村の中で一人だけ容姿が違う自分に対して「生まれてこなければ良かったのに」なんて思っていた。

 そうやって自分の運命を恨んでいたのが、まるで遠い昔のように感じる。


 過去を思い出していると、何かを考えるように少し目を伏せたユーリがゴロンと私の方に体を向け、真剣な顔で再び口を開いた。


「なあ。もし……」

「もし?」

「もし明日シルビアを助け出せたとしたら、お前はどうしたい?」

「……え?」


 お前はどうしたいって……なんのことだろう。


 何を問われているのか明確な心当たりがなく、考えを巡らせる。

 しかし、私が答えを見つけるより早く、ユーリが切なそうな顔で次の言葉を口にした。


「本当にジュダムーアから王の座を奪ったとしたら、シエラはもう俺の手の届かないところに行っちゃうのかな」


 その言葉を聞いてハッとした。


 人種主義のエルディグタールでは、それぞれの人種の間に大きな壁がある。

 人種間で絶対的な線引きがあるからこそ、私たちはシルバーやガーネットの存在を知らないで生きてきた。


 でも、孤児院が盗賊に襲われたことをきっかけにサミュエルと出会い、人種のことも魔法のことも、そしてシルビアのことも知った。

 その出来事が無ければ、昔のまま何も知らずに一生を過ごしたに違いない。


 しかし、今は違う。

 これからシルビアを助け出し、大切な孤児院を守るためにジュダムーアと戦おうとしている。

 全てが終わって、私がシルビアと一緒にガーネットとして生きることになったら、もうユーリとは会えなくなるのだろうか。それに、育ての母親ユリミエラ、孤児院の子どもたち、サミュエルとも……。

 それが嫌で孤児院に戻るとしたら、今度はシルビアと離れることになるのだろうか。


 全てが元通りになると思っていたけど、二度と元には戻れない。

 そう思うと胸に不安が押し寄せ、助けを求めるように隣にいるユーリに手を伸ばした。

 

「もしかして、私ってもう孤児院に戻ることができないのかな?」

「……もしそうなら」


 ユーリが何かを言いかけて言葉を飲み込んだ。


「いや、何でもない! 先のことで悩んだってしょうがないさ。後のことは後で考えよう」

「ユーリ……」

「大丈夫、きっとなんとかなる」


 笑顔のユーリが私の頭を優しく撫でた。

 そして不安をぬぐうように、元気な声で話題を変える。


「今はやるべきことを一生懸命やろう。まずはシルビアを助けなきゃな。それより、さっきサミュエルが言ってたのって、なんだったんだ? シエラは分かったのか?」



 ————お前らに言ったところで分からないだろう。



 私の能力が発現する条件を問いかけたアイザックに、サミュエルがこう言った。


「私もはっきりは分からないんだよね。なんか、ポーッとあったかくなる感じがするのは分かったんだけど」

「……そっか。サミュエルは一体何に気が付いたんだろうな」


 結局その時のサミュエルは、今の感覚を絶対忘れないようにとだけ注意した。

 

 ————神経で動く体とは違って、魔法はイメージがしっかりしていないと具現化できない。その感覚に適当な名前でもつけて覚えておけ。


「名前かぁ……」

「そういえば、名前をつけておけって言ってたよな。どんなカッコい名前にする?」


 先ほどとは表情をコロッと変え、ワクワクしている様子のユーリが次々に名前を考えていく。

 私も氷瀑ひょうばくとか爆炎ばくえんとか、カッコいい名前にしたいが、いまいちどれもピンと来ず、私の必殺技の命名は保留することにした。


 そして私の能力に関連してもう一つ思い出す。


「って言うかさ、あの時のサミュエル。本当にショックだったんだから!」


 手から大きな火柱を出したサミュエルは、「やはりな」と呟くと突然興味を無くしたかのようにポイっと私を投げ捨て、今のは能力を引き出すための演技だったと言い放ったのだ。優しさ詐欺だ。


 そんなの納得がいかないよ!

 できることなら私の涙を返してほしい。


 ついでに言うと、その様子を見ていたユーリも私と同じくらい泣いていた。


「私の力を引き出すためとはいえ、嘘であんなこと言うなんてひどいと思わない?」

「ははは。サミュエルらしいっちゃサミュエルらしいけどな」


 頬っぺたを膨らます私に、ユーリがクスクス笑いだす。


「もー! あの迫真の演技についつい騙されちゃったよ。悔しいぃぃ」

「俺もだ。……でもサミュエルがあんな冗談、言うかな?」


 私とユーリがサミュエルの話でキャッキャと花を咲かせていると、誰かに声をかけられた。


「お前らまだ油を売ってるのか。そろそろ帰ってこい」

「サ、サミュエル!」


 突然のご本人登場に、私とユーリがギョッとする。


「なんだ、お化けでも出たみたいな顔をして。遅いから迎えに来てやったのに。来るのか? 来ないのか?」


 良かった、どうやら今の話は聞こえていなかったようだ。

 ホッと胸をなでおろすと、なんだか覚えのある状況に私とユーリは顔を合わせてニッコリ笑った。


「今行きます!」

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