第46話 野獣の宴会

 ガイオンが号令をかけると、吹奏楽のにぎやかな演奏が始まった。

 それと同時に、さっき街中ですれ違ったフラミンゴのような人が沢山出てきた。色とりどりの羽を舞い上がらせながら華麗なダンスが始まる。照明の光に照らされた羽が、次々と雪のように会場を舞っては消えて行く。


「野郎ども、好きなだけ食って飲んで騒げ! 遅くなったが今日は俺の昇進祝いだ! 飲まねえやつは無理やり口にぶち込むぞ。がははは!」


 大股開きで椅子に座っているガイオンのグラスに、リディクラスのママがお酒を注いだ。そのお酒も一瞬でガイオンの腹の中だ。グイッと飲み干したグラスをドンとテーブルに打ち付ける。


「よう、ママ。今日は珍しい酒はねえのかい?」

「そう言うと思ってましたよ」


 近くに立っていた黒服が、間髪入れずにスッと酒の瓶をママに渡した。


「ダイバーシティの創設から製法を受け継いできたコウフクというお酒です。ガイオン様の好みに合わせて無濾過むろかをご用意いたしました。お口に合うと良いのですけれど」


 黒服が用意した湯呑みに、やや白色がかった酒がなみなみと注がれる。

 再び一口でグイッと飲み干したガイオンが、満足そうに唸った。


「うーん、良いねえ。気に入った。おい、この酒を全部のテーブルに配れ!」


 ガイオンの注文に、黒服達が一斉に動き始める。


「まあ。今日はまたえらく景気が良いんですね。その方が私は嬉しいですけど」

「ったく、冗談じゃねえぜ。騎士団長に昇進したと思ったら今日まで一度も休みが無いときた。あいつら人を何だと思っていやがるんだ。腹が立ったから半年分の稼ぎを全部使いきってやる。どうせこれからも使う暇なんてないんだからな。がははは! おい、次の料理はまだか⁉ あるだけ全部持ってこい!」


 ガイオンのテーブルだけ、料理と酒の減りが異常に早い。底なし沼のように全てを飲み込むガイオンに、黒服たちは大慌てだ。

 その様子を、入口から顔だけピョコンとのぞかせる私とユーリが眺める。


「……ねえ、ユーリ。見た? あれって私たちと同じ人間なんだよね」

「見てる見てる。すごい早さで無くなっていくな。もしかして、大食漢の能力を持ってるんじゃないか?」

「まさか」


 ママはガイオンの強引なペースにも柔軟に合わせている。流石女帝だ。もし私なら太刀打ちできないだろう。機嫌を損ねるか、もしくは余計なことをしてすぐに首が飛ぶか。


 ……だから、絶っっっ対に関わらないようにしよう。


 改めて胸に誓った。

 それより、他の人たちは大丈夫だろうか。


 右のテーブルを見ると、トワが男たちの会話に交じって、いつも通り楽しそうにやっていた。隣の男の人がトワを見て鼻の下を伸ばしている。


 女装した龍人りゅうじんがいる左のテーブルでは、誰が一番酒が強いか勝負を始めていた。調子に乗った龍人が、「いっきまーす♪」と言ってイスの上に立ち上がり、両手に持つグラスの中身を飲み干した。それを見た男たちは大喜びで手を叩いている。


「開始早々飛ばし過ぎじゃない? 最後まで持てばいいけど……」

「それよりサミュエルは大丈夫か? 死んでないだろうな」


 龍人とトワを見た私とユーリが眉をひそめる。


 人一倍コミュニケーションが苦手なサミュエルを探すと、一番奥のテーブルにちょこんと座っていた。

 そして、なんとサミュエルが……微笑んでいる!


 いや、微笑みと言っていいのか分からないけど、ギリギリだがとにかくニコニコできている。初めて見るサミュエルの微笑みに、私はどこか感動を覚えてしまった。


「うわっ、サミュエル頑張ってるよ!」

「ほんとだ! 奇跡だな!」


 それに、ただうなづいてるだけのサミュエルだが、運よく相づちが完成しており、気持ちよく相手の話を引き出せているようだ。

 オウ、ジーザス。


 心配の種が一つ減りほっと一息つくと、後ろから誰かに肩を叩かれた。


「おい、嬢ちゃん。これをガイオン様のテーブルに持っていてくれ」

「え……? うわ」


 肉料理担当のコックが、私に大きなローストジャウロンの皿を押し付けてきた。突然目の前にあらわれたせいで、とっさに手が出て受け取ってしまった。


 すごく美味しそ……って、違う。


「ちょっと待ってちょっと待って! そこには持っていけない!」


 料理を返そうと思った時、忙しく走り回っているコックの姿はすでに無かった。


 ……これを私が持っていくの⁉

 よりによってガイオンの席に⁉


「どどどど、どうしようユーリ。受け取っちゃった」

「何やってるんだよ。誰かほかに……いないか」


 周りを見ても、全員がバタバタと忙しそうに歩き回っていて、とても頼めるような雰囲気じゃない。

 そもそも、裏方の手伝いをしに来たんだから、覚悟を決めて料理くらい運ばなきゃ……。


「しょうがないから私が……」

「俺が行ってくる」


 私の言葉を遮るように、ユーリが私の手から料理を奪った。


「ユーリ⁉ ダメだよ、何かあったら危ないよ」

「俺はみんなからシエラのことを頼まれたんだ。他の手伝いならともかく、ガイオンのテーブルだけはダメだ。ママもいるし、男だからそっと置いて来れば大丈夫さ。いいから黙って俺に任せろ」


 そう言ってユーリはニコッと笑った。


「ごめん、ありがとうユーリ」

「良いって。ガイオンが機嫌を損ねないうちに行ってくる。すぐ戻ってくるからおとなしくしてろよ」


 そう言って、ユーリは背筋を正して宴会場に消えて行った。


「はあ、早速やっちゃったな」


 次は絶対失敗しないようにしなきゃ。

 私は他の手伝いを探すために、厨房を振り返って様子をうかがった。


 その時。


 私の腰がグッと捕まれ、足が宙に浮いた。


「きゃぁっ」

「随分若ぇコンパニオンだな? 何暇してやがる。お前も楽しめよ」


 この声は……。


 私は恐る恐る上を見上げた。


「ガ……ガイオン⁉」


 やっぱり! 何でここにいるの⁉


「俺を呼び捨てにするったぁ、随分威勢の良い女だな。そんなやつ俺の幼馴染だけだぞ。気に入った! 喜べ、俺の女にしてやる」


 ガイオンは、「やはり俺の野生のカンが当たったな」と言って笑っている。


「いぃぃぃぃぃぃ⁉ 女ぁ⁉」


 何言ってるのこの野獣、強引にもほどがあるよ!


「だめだめ! 私まだ十三歳だよ、お願いだから離して!」

「十三だぁ? 確かにちと若いが、同じシルバー同士なら問題ないだろ。三年くらい待ってやる。がははは!」


 問題おおあり!

 実はガーネットの血が流れてますって⁉︎

 そんなのバレたらすぐ殺されちゃうよ!


 ガイオンの腕から逃れようともがいてみるが、丸太のように太い腕はびくとも動かない。そうこうしているうちに、ガイオンは廊下をどんどん歩いて行ってしまう。


 ……どどどど、どうしよう、今日の私は大大吉のはずなのに!


「降ろして、降ろしてよぉぉぉ」


 なんとか抜け出せないか体をよじってみるが、野獣の片腕の前では無駄な抵抗だった。なす術もなく私が絶望感に襲われた時だ。


「待て!」


 後ろから声が聞こえた。

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