第4話 幕間 ~side horns tribe

ラスベルが『バスチェナを倒して自分が王になる。』と宣言し砦を去ってからバスチェナと事を構えるまでの間・・・・


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アジトに戻ったラスベルは数本のロウソクの明かりが揺れる一室で、一人小さなテーブルに肘を着き考え事をしていた。


殲滅派のアジトは、北の砦より北東へと入った位置にある山岳地帯の麓の洞窟の奥にあった。数年後にバスチェナがその山岳地帯に角族の国を立ち上げるなどとは事の時は知る由もない。


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砦を去った後、一度振り返ったラスベルはそこにスライスタンの姿が無いことは分かっていたが、他の数名の姿も無い事に動揺した。


「まさか・・寝返ったのか??やはり言葉を交わすべきでは無かったな・・・。」


拳を握りキュッと下唇と噛んだラスベルであったが、しばらくするとその数名が姿を現したことに胸を撫で下ろした。しかし、砦で何かあったのか?と問いても言葉を濁す彼らにラスベルは疑念を抱かざるを得なかった。


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組んでいた両手の親指を立てたラスベルは、


『本気で誇りを捨てるつもりか・・・そうなるとバスチェナさんあの人と事を構えるにしても、もはや側近のようになっているおっさんたち(フレドやドイルなど)が厄介だな・・・それと・・・あいつらに背後から裏切られでもしたら身も蓋もない・・・早急に力のある者を集めなくては・・・。』


あまり芳しくない現在の状況に、寄ってしまう眉間の皺にその親指をグリグリと押しつけていた。



****


大陸の東側にある魔物の森は南北に長く広がっており、この当時その各地には数十名単位で暮らす部落や集落がいくつもあった。


アジトに戻ってから数日後、ラスベルは信頼できる仲間に裏切る可能性がある者達の監視を任せると、人員確保のために各地を回ることを決めアジトを離れたのだが、事は思ったように進まなかった。



出足は順調であった。



始めアジトから北西に位置する部落に向かったラスベルたちは、そこに暮らす角族たちの賛同を得ることが出来た。それは彼らがライトやルガタと同じ様に獣人族たちへの人族の所業を目にしていたからだった。


また、その他の北部に点在する集落でも同じような反応を得ることが出来たラスベルたちであったが、そこから南に向かえば向かうほど・・・状況は悪くなっていく。


その理由はバスチェナたちにあった。フレドの説得とライトの死を知ったことでバスチェナが重い腰を上げ角族の『王』になると決意したのは良いが、王として統率するにしても各地でバラバラに暮らされていては守りようも、まとめ上げようもない。


そのため奇しくもバスチェナたちは方法は違えど人族を一か所に・・・今はアルストの下に集めようとしているイヴァと同じ行動に出たのであった。(ちなみにこの時代に北の砦から南に暮らす角族の割合は全体の7割ほどであった。)


そうとは知らず北部の集落での結果に気を良くしたラスベルは、北の砦より南に位置する集落や部落を訪ねては北部でも行ったように集まった角族たちの前に立ち、人族たちの獣人族たちに対する所業やその残忍さを・・・同胞を殺されたことを伝え、そして自分達と共に人族を滅ぼそうと訴えかけた。


人族はこの地に蔓延る悪であると・・・。


しかし北部に暮らす人々とは違い彼らの反応はイマイチであった。


さらにバスチェナが先に訪れた地では尚更ラスベルの言葉は届かなかった。また時には「若者よ・・・殺すだけが解決ではないぞ。」と老人に苦言を呈されたり、酷い所では訪れても既にもぬけの殻になっている集落もあるくらいであった。


「くそぉおおおおおおおおおおお!!!」


伽藍とした集落に立ったラスベルは、キィ・・キィ・・と音を鳴らす木製の門扉を乱暴に蹴り飛ばすと足早に次の集落へと向かうのであった・・・・しかし、そんなラスベルの後ろを歩く人数は南に向かい始めた頃よりも増えてはいた。


1体1での戦いに拘る種族であるがゆえに、どの部落や集落にも自分より強い者に飢えた血の気の多い若者は1人か2人はいるものだった。


多からずもその人員を増やせていたことは、ラスベルにとって僅かな救いであった。



****


「拠点を移す?」


「はい。この砦は比較的に森の中ほどにあるので『人族の手が届かないか?』と言えばそうではないと考えています。」


「それで??目処は付いているのか?」


「ええ。北東の山岳地帯が最適だと考えています。」


「なるほど・・・確かに最東まで下がれば人族もそう簡単に手は出せないだろうな。しかし大事業になるぞ?」


「だから人を集めるんじゃないですか。」


「ハハ!確かにそうだな。」


ラスベルを始めとする殲滅派が北の砦を去った後、バスチェナとフレドは大広間に残り今後の方針を話し合っていた。ちなみにドイルは「小難しい話はパスだ。」と言って上の階に姿を消していた。


「それで・・さっそくなんですが、明朝から各地を巡って俺の意思を伝えてまわりたいと思っているので着いて来てください。」


「ああ、もちろんだ!いいぞ!それに『くれますか?』と言わなかったことも上出来だ!統率する者ならそうでなくちゃな!」


「揶揄わないでくださいよ。」


ニヤッと笑みを浮かべたフレドにバスチェナは被りを振った・・・が、すぐ真顔に戻ったフレドは腕を組むと率直な質問をバスチェナにぶつけた。


「ところで質問なんだが。」


「なんですか?」


「王となるお前の意思を伝えてまわるのは良いが・・・お前って大勢の前に立って演説したこってあるのか?」


「い・・・いえ。無いです。まぁ・・ですからフレドさんに協力をお願いしたんです。」


「そうか!分かった。なら俺が話そう。」


「助かります。」


「そのかわりお前は俺の後ろに立っていつもの不敵な笑顔を浮かべていろ。口不調法なお前はその方が絵になるからな!!!」


「褒めているつもりなのでしょうが・・・・・一言余計ですね。」


「・・・・・・・すまない。」


苦笑いを浮かべたフレドを軽く睨んだバスチェナであったが、フレドがイヴァがこの世界現れるまで人族たちとの交流を深めていた事を聞いていたバスチェナは、フレドが一緒に各地をまわってくれる事をとても心強く思っていた。


そして・・・実際フレドを連れてまわった事が功を奏する。


イヴァが現れてから暗い表情が続いたフレドであったが、元々人懐っこい笑顔の持ち主であったため南の砦の周辺で暮らす角族たちにもフレドは顔が広かった。また何より彼らはフレドが人族たちにどれだけ傷つけられようとも、酷い罵声を浴びせられようとも、何とか人族たちの目を覚まさせようと・・・救おうと奔走する姿をその目に焼き付けていた。


痛ましく、愚かしくも見えて・・・むしろ目を覚ますのはお前の方だ・・とも思えるほど必死に駆けずり回るフレドを憐れみ、涙した者もいたほどであった。


そんなフレドがしばらくぶりに姿を見せるなり、今度は自分や自分の子供たちを、大切な同胞を守りたいと必死に熱弁するのだ。


「どうか・・・。」


何度も繰り返すフレドの「どうか」の三文字に心を動かされた者は少なくなかった。


そして・・・


人々はフレドの後方で威風堂々と立っているバスチェナの姿に目を見張った。何をするわけでもなくただ立っているだけなのだが、自信に満ち溢れた不敵な笑みを浮かべている初見のその男から目を離せないでいた。


部落の力自慢の男たちは目にした途端に敵わないことを察し、


少年たちは溢れるカリスマ性に体を震わし、


少女たちは美しい佇まいに目を輝かせ、


部落を治める者たちはその漲る気迫に心を奪われた。


フレドは自分の言葉に耳を傾けていた人々の視線が、自身の後方に注がれていく事に心の中で歓喜していた。


それは本人は何だかんだ言うものの、明るさと緩和な口調で人の懐にスッと入る自身と違い、多くは語らずもその心身の強さと行動・・そして有り余る存在感で人々を惹きつけるバスチェナを『王』になるよう勧めた自分の目が確かな事を証明していたからであった。


声を震わせながら伝えたい事を伝え終えたフレドが「聞いてくれてありがとう。」と静かに頭を下げると、その後ろで変わらず堂々と立っていたバスチェナはフッ・・と微笑み視線を奪われた人々に力強く頷いてみせた。


「「「「・・・・!!」」」」


その結果・・・南に暮らす大半の角族たちがバスチェナの下に集まることになる。


この結果はバスチェナとフレドの2人だからこその結果であった。




そして王国歴前2月某日・・・




一定の成果を上げた2人は北の砦への帰路に着いていた。


「皆賛同してくれて良かったな。お前のおかげだよ。」


「いえ、フレドさんが誠心誠意言葉を尽くしてくれたからですよ。」


フレドの言葉に微笑みながら被りを振り、自分のおかげだと言うバスチェナであったがフレド自身はそう思ってはいなかった。


フレドは歩きながら左前方に見えた集落地に目を向けると、南に向かう前に北の砦周辺に暮らすその地を訪ねた時の出来事を思い返した。


自分が言葉を尽くす前にバスチェナの下に集まって来た角族たちが、バスチェナのポツッと口にした「俺を信じて着いて来てくれないか?」という一言に二つ返事で頷いていたのを思い出したフレドは


「いや、やはりお前のおかげだよ。」


と言いバスチェナの背中を軽く叩いた。


それに再びフッと笑みを見せたバスチェナであったが、そんな謙遜し合う2人を憎々しげな顔を浮かべたラスベルたちが砦の前で待ち構えていたのであった。

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『ざまぁ』された勇者の子 ha-nico @ha-nico

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