閑話 オセとアルギア②
―イヴァリア歴2年6月―
16歳になっていたアルギアは、1人ホロネルの北部にある魔物が出る森の中でこんがりと焼いた魔狼の肉に齧り付いていた。
上半身を露わにし倒れた木に腰かけているアルギアの体には既に複数の傷が刻まれていた。
そして・・・・毎週盛り上がりを見せていた闘技場は閉ざされ、父親はホロネルの街で車椅子に乗り静かに暮らしていた。
****
約4年前・・・バスチェナの復活により魔族たちや魔物の動き活発化した事で、アルスト王国は勿論、魔物の森に比較的近いホロネルもその対応に逼迫していた。
勇者アルストと魔族の王バスチェナが不可侵条約を結んでから約300年・・・その頃に比べて人族の武力はかなり進化をしていたはずだった。
アルストによりもたらされた製鉄技術は精度を上げ、銃や大砲が主力となっていた。
さらに、魔法も研鑽してきた人族は、当時薪に火をくべるほどでしかなかった魔法を大きな魔物を瞬時に焼き尽せるほどにまで威力を上げていた。
アルストの教えを守り、魔法と武器の進化をさせ続け、訓練を怠らなかった騎士たちは向かってくる魔族など簡単に制圧出来ると思い込んでいた。
しかし、蓋を開ければ大砲や銃は魔族の前では無用の長物となり敗戦一方だった。
300年という長い時間の中、進化し続けていると思い込んでいた騎士団は傲慢になり、その訓練は怠慢化していたのだった。
このままではホロネルは終わりを迎えてしまう・・・勢いづく魔族達の姿にホロネルの住人たちは皆そう思っていた・・・・だが、敗走してくるホロネルの騎士たちを目にした鉱山の男たちが指をくわえて黙っているわけがなかった。
『俺たちがホロネルを守る!』
騎士たちから剣を奪い取り、鉱山の闘士たちは魔族達に立ち向かった・・・・・が、剣を扱う事に不慣れな闘士たちの結果は散々だった。
途中から現れた3人の勇者により魔族達を追い返すことには成功したものの、アルギアの父親は両足を失い・・たくさんの闘士たちが命を落とした。
「俺も戦う!!!」
勿論アルギアも鉱山から戦場に向かおうとする大人たちにそう声を上げた・・・・が、「ダメだ!」「行く!」「ダメだ!」「いやだ!戦う!」の押し問答の末
アルギアは大人たちにより倉庫に閉じ込められていた。
まだ12歳にも満たないアルギアを大人たちが戦場に連れていくわけがなかった。
1対1での闘いではそう簡単に負けないアルギアも、多勢に敵うはずはなく『大人しくしていろ!!』と縄で括られ倉庫に閉じ込められたのだった。
「いやだぁあああ!!!オレも・・・オレも戦える!!戦えんだぁああああああああああ!!!」
倉庫の床を転がりながら叫ぶアルギアは、倉庫の扉を閉める際にかすかに見えた父親や男たちの微笑みに、覚悟を決めた眼差しに声を失った。
『どうしてこんな意地悪をするんだ!!』
両手足をロープで括られる際にそう思っていたアルギアは、愛情溢れる彼らの微笑みを目にして自分の考えが間違えていた事に気づいた。
「あ・・・あ・・・・待っ・・。」
ギィイイ・・・・
扉から差し込んでいた光は徐々に細くなり、やがてアルギアは完全に闇に包まれた。
ガチャン!
「待って!!!待って!!!!行かないで!!父さん!!みんな!!!行っちゃダメだ!!!!!ダメだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
****
オセ・ランバルドは唖然としていた。
厳つい父親とは違い、母親似だったオセはその可愛らしい容姿を歪ませていた。
アリエナの工業区域にある銃や大砲を制作する町工場で生まれたオセは、幼い頃から周囲に暮らす子供達より賢い子供だった。そして、黙々と銃を制作する父親の背中を見て育ったオセは、その銃の性能に目を輝かせ、その父親が作る銃や大砲を用いた戦略を考える事が大好きな少年だった。
『どうやって魔族や魔物をやっつけるか・・・。』
アルストの物語や歴史書に目を通しては、銃や大砲を用いて魔族たちを倒す妄想を膨らませる日々を過ごしていたオセは、将来アリエナ騎士団の戦略指揮官になる事を目標にしていた。
だが・・・・
オセが11歳の頃に開戦した魔族との戦いの中で、砲撃隊たちが意気揚々と戦場に持ち込んだ銃や大砲が魔族には意味の無い物だったと知ったオセは膝から崩れ落ちた。
遠方への砲撃は直線的に向かって来る魔物には一定の効果を上げたらしいが、動きの素早い魔族達には照準を合わせる事が出来なかった。何とか連弾と散弾でたまに当てることは出来たようだが、魔族達の強力な魔法やバスチェナのスキルの前では銃も大砲も無用の長物となってしまったのだった。
実際、魔族に銃や大砲は通用しなかったのだが、その要因の第一となるものは実践的な訓練や修練を怠っていた・・・傲慢だった騎士団や砲撃隊にあった。修練を積み、銃や大砲を活かした戦略を練っていればこれ程酷い結果にはなっていなかった。
しかし、11歳だったオセがそれを知る事になるのはまだ先の事であった。
それ故に剣や魔法での戦いは古く、これからの時代は銃や大砲が大頭すると信じていたオセは、大粒の涙を零しながら自ら考え出した戦略を書き記していたたくさんの紙を乱暴に破り捨ててしまった。
「魔法??・・・スキル??・・・上等だ!!いつか俺の戦略で、魔族どもを根絶やしにしてやる・・・・。」
そして、工場の2階にある小屋裏部屋で銃を作る職人たちの音を聞きながら戦略を考える事が大好きだったオセは、目下でガクッと肩を落としている父親や工場で働く人々の背中を目にすると、悔しそうに下唇を強く噛みながら自分の視野を広げるべくその小さく狭い部屋を後にするのだった。
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