第11話 想定外

「いやぁ・・・着地出来るとこがあって良かった。でも、やっぱり俺の考えの方が浅薄だったなぁ。」


想定外に空中庭園を見つけれた事は良かったエストだったが、その回廊に着地するなり苦笑いを浮かべ先日のリュナとのやり取りを思い返した。


****


「何??とっておきって。」


ニヤッ!と笑ったエストだったが『魔力晶石』の事は他言出来ないことを思い出すと、「あ、ごめん!叔父さんとの約束で内容は秘密なんだった。」と肩をすくめ申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「はぁ・・・ま、いいわ・・・後でに問い詰めるから。」


ギラッと目を光らせたリュナにエストは(ごめんなさい・・・叔父さん)と心の中で謝罪した。


もっと問い詰められるかと思っていたエストだったが、意外とその『秘密』を後に引かなかったリュナが口を開いた。


「ってかさ、あんたさっき『城の中に入る。』って言ってたけど、城の頭頂部の屋根に辿り着けたら及第なんだからね。」


「え?」


「あんたの『過去視』の録画範囲なら頭頂部に立てれば、城で起こった出来事の全てを記録出来るはずじゃない?」


「確かに・・・・でも、その時間帯手薄になるなら、出来れば父さんが初めてこの世界に来た場所を見てみたいなって・・・・。」


「そう・・・・分かったわ。でも、無理だったらすぐ引き返すんだよ。」


「分かった。」


困ったような顔を浮かべ首を左右に振ったリュナだったが、頷いた息子に目を細め優しく微笑んだ。



****



三角錐の屋根を見上げながら綺麗に整備された空中庭園の回廊を歩いていくと、屋根がかかってあるテラスの奥に、扉の無いアール開口の入り口を見つけた。


(え??あそこから入れそうだな。)


そこから城の中に入ると、正面に風除けに設けられたと思われる横幅4mくらいの壁があった。コツコツと足音を鳴らしながら壁の脇を抜け奥に入ると、周囲の外壁には細長いスリットのような開口が数か所設けられてあった。


そのままさらに奥に進んで行くと、またしても扉の無いアールに加工された入り口があり、その先は螺旋状の階段に繋がっていた。


エストは周囲を警戒しながら階段を下りていくと、装飾が施された鉄製の扉があった。


(流石に開かないよな・・・・。)


諦め交じりの半笑いを浮かべながら、エストは扉の取っ手に手をかけ、試しに一度グッ!と取っ手を引いてみると






ガチャッ!!!





扉が開いてしまった。




「え!?開いちゃった・・・。」



少し重みを感じるも、素直に開いた扉に驚き思わず声を出してしまった・・・が、ソーッと扉の中を覗くとそこには誰もいなかった。胸を撫で下ろし「ふぅ・・。」と息を吐いたエストは、恐る恐る中に入ってみるとそこは荘厳な装飾がふんだんに施された『神の間』だった。


(え?何だここ??うーーん・・・何となくアリエナの教会の装飾に似てるなけど・・・王の間じゃ無さそうだな・・・・ここが神の間ってとこか?)


壁や天井を見渡しながら、更に先にあるこの部屋の入口と思われる扉に手を掛けると先ほどの扉と同じく鍵はかかっていなかった。その事を不思議に思ったエストだったが、ルアンドロとしては『女神イヴァがいつでも好きな時に神の間や王の間に出入り出来るように』という彼なりの配慮であった。


壁があろうと、扉が行く手を阻もうと実体の無いイヴァには関係なく、ただただ気持ちの問題の話であるのだが、ルアンドロが『イヴァ様のために用意した部屋に内側から鍵をかけるのは畏れ多い。』と言うのであれば不用心だと思っても下の者たちはそれに従うしかなかった。(かと言って、『王の間』の入り口には絶えず見張りは立っていたし、空を飛んで上から侵入する人族などいやしないと誰しもがそう思ったため、特に反論する理由も無かった。)


そんな事情を知るはずの無いエストは、悠々と直線の階段を下り、さらに先にある扉のない開口を抜けると、今度は見覚えのある一脚の椅子が深紅のカーテンの前に置かれた一室に繋がっていた。


(ここは・・・挿絵で見た事がある・・・ここが『王の間』か・・・。)


カーテンと同じ深紅のカーペットを歩き『王の間』の中心部に移動したエストは、ここが自分の父親が初めてこの世界に召喚された場所なのだと思い、胸に感慨深いものが込み上げてくるのを感じた。


滲む目を閉じ、ゆっくりと手を広げてスキル『過去視past viewer』の『記録record』を使用したエストは、その後王座のもとに足を進めて王座の右側のひじ掛けに手を添えた。


(ここにアルストも座っていたのだろうか・・・・)


スーッと手を滑らせながら『王の間』を堪能していた。目的は達成したため、この場から離れても良いのだが、花火が終わるまでルアンドロがここに帰って来る事がない事を知っていたエストは、花火が上がった音を合図にイリーナとクレイグのもとに戻ろうと思っていた。


しかし、ここでさらに想定外の事が起こる。


花火の音がまだしていないにも関わらず、カチャカチャ!と『王の間』の入り口と思われる扉の鍵を開錠しようとする音が聞えて来た。


(やばっ!?)


焦ったエストは慌てて王座の後ろに垂れ下がる深紅のカーテンの裏側に身を隠した。



****


時は少し遡り


エストが空中庭園に着地した頃。


祈りを終えた王に変わり、王妃が前に出てスピーチを始めると、一人の騎士がとある大臣の耳元に何かを囁いた。


するとその大臣は大きく目を開き、今度は大臣がルアンドロの下に足を運ぶ。


「何だ?」


近寄る大臣に明らかに不快な顔を見せたルアンドロだったが、それに怯む事無く大臣はルアンドロの耳元で囁いた。


「申し訳ございません。ですが、イヴァ様に関わる緊急の御報告がございまして。」


「何!?その報告はここではダメなのか?」


「はい。『王の間』にて。」


「式が終わるのは待てぬか??」


「はい。内容を他の者に聞かれたくありません。ですが、王に取って大変有意義な報告になります。」


イヴァに関する事となれば、ルアンドロが断る事が出来ないのを大臣は知っていた。


「ぐぅうう・・・分かった。」


面倒くさそうに頭を掻くも、自信あり気な大臣の目を見たルアンドロは仕方なく了承する事にした。そして、隣に座るアレクシスに「少し長めに話しをしろ。」と命ずると城壁の真下にある出入口に馬車を用意させ大臣と供に急いでアルスト城へと戻っていった。



****




ガァアアアアアアアアン!!!!


エストがカーテンに身を隠した途端『王の間』の扉が開かれた。


「いったいなんなのだ!?その『緊急の報告』とは!!!!!!下らない内容であったならお前でも許しはせんぞ!!」


王の間に入るなりルアンドロは王座に向かいながら苛立った声を上げた。


「いえ、間違いなく王もお喜びになられる内容でございます。」


ドカッ!!と不服そうに王座に腰かけ、「で、その内容は???」と問いながら足を組み方杖を付いたルアンドロに大臣が口を開いた。


「はい。『女神の心』になりうる原石がラビナ鉱山で発見され、無事アリエナに運び込まれました。」


大臣のその言葉にガタッ!!!と音を立て興奮気味にルアンドロが王座から立ち上がった。


「何!!!!!!!!!誠か!!!!!!!!」


絢爛豪華な王の間にルアンドロの声が響き渡る。


「はいっ!!イヴァ様がご所望の大きさの原石を発掘されました!」


「贋物ではないだろうな?」


「勿論です。鑑定人をアリエナに送った所、『女神の心』で間違いないとの報告が先程届きました。」


「そうか!!!!!そうか!!それはさぞイヴァ様もお喜びになられるだろう!」


膝まづいている大臣が、さも自分の手柄であるかのように皺だらけの顔をさらにクシャクシャにして笑みを浮かべると、ルアンドロは安堵しドスッ!と再び王座に腰を下ろして一息ついた。


「ふぅ・・・そうか・・・確かにあの場では話せんな・・。それにしてもお前たちの間で手柄を取り合っている事は分かっていたが、お前の子飼いが成果を上げるとはな。」


少し冷静になったルアンドロは、膝まづいている大臣にそう言って目を落とした。


「いえ、そのような事は・・。」


「隠さんでもよい。主らを競わせた方が必死で探すだろうと思っていたからな。」


「お、恐れ入ります。」


一瞬驚いたような表情を見せた大臣だったが、ホッと胸を撫で下ろしているルアンドロの顔を見て自身もまた安堵した。


「それでイヴァリアにはいつ届くのだ?」


「これからアリエナの工場区域に運ばれまして、研磨に約1か月ほどは掛かるかと思いますので・・・到着は1か月強かと。」


「そうか・・・やはりかかるな。以前もそのくらいだったか?」


「はい。ここ、イヴァリアにある『女神の心』の大きさでさえ1か月弱は掛かりましたから。」


「そうか・・いや、それよりも見つけた事が大義だな!!!よくやった!後で褒褒美を取らせる。」


「ありがたき幸せ。」


深く首を垂れた大臣が立ち去った後、背もたれに体を預けたルアンドロは肩の荷が下りてグッタリとしていた。イヴァに命ぜられてから約1年・・・ルアンドロにとってこれほど長く感じた1年は無かった。何度も何度も女神に催促され、胃に穴が空くほど神経をすり減らしていたのだが・・・それでも1年で見つかったのは奇跡と言うべきだった。このまま永遠に見つからないのでは・・・そう思っていた矢先の報告にルアンドロは大きく胸を撫で下ろした。



「あぁあああああああああああ・・・・本当に良かった・・・・。」




****



-イヴァリア歴16年4月4日-



バスチェナから受け取った魔力晶石のネックレスを身に着けると、エストはバスチェナに深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。大事に扱わせていただきます。」


「ああ。」


ニコッと笑ったバスチェナが部屋を去った後、立ち尽くしたエストの頭には儀式の間にあった『女神の心』や『イヴァ』への疑念を巡らせていた。


が、程なくして


「すまん!言い忘れていた事があった。」


ガチャッとドアを開けバスチェナが戻って来た。


「え?どうしたんですか?」


「さっきその石に条件付で魔法やスキルを籠める事が出来ると説明したが、実際に石を破壊すれば『世界の時間を1分止める。』という俺のスキルが籠められている。」


「え!?は!?!?!?」


「緊急時にエストの命の助けになるはずだ・・・ただ、破壊すればその後他の魔族に俺との縁者であることを示せなくなるが、それでも命には変えられまい。」


「え・・・あ・・・ありがとう!叔父さん!!」


ニッ!と笑顔を見せたバスチェナに、笑顔を返したエストは大事そうにそのネックレスを握りしめた。

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