第1話 帰宅
ミューレル学園の西側にある港を出たエストは、農産区に向かうため毎日カリンと通っていたマーテル河に架かる橋を目指し歩いていた。
整えられている歩道を河を眺めながら歩いていると「こんにちは~♪」と向かい側から来た女性に挨拶されたエストは、顔を戻し遅れ気味に「こんにちは!」と挨拶を返した。
「????あれ????」
すれ違った女性に覚えがあったエストは振り返ると、すれ違った女性もピタッと足を止めていた。そして、ちょこんと首を傾げてからカクッ!と首を元に戻すと突如声を上げた。
「は?????嘘!?!?!?」
振り返った女性の綺麗な銀色の長い髪は風で少し揺らいでいた。美しい切れ長の目には以前と同じくシルバーチェーン付きの洒落た眼鏡をかけ、白いブラウスに紺のスカートに身を包んでいた彼女は変わらず美しかった。
「やっぱりメリル先生だったんだ!」
「エスト君!!!いつ戻って来たんですか??」
ニッ!とエストが笑顔を見せると、わちゃわちゃと慌てたような仕草をしながらメリルが駆け寄って来た。
「今ですよ。」
「はい?」
「今あの船から下りたばっかりです。」
そう言ってエストは少し離れた港に停船しているフェリーを指差した。
「えーーー!そうなんですね!!!凄い偶然ですね!!じゃあ、これから自宅に帰られるんですか?」
「はい。ちょうど向かっていた所でしたが、先生と会えて良かったです。」
フッ!と笑って目を細めたエストをメリルは少し頬を染めて見ていた。
「エスト君・・ちょっとの間に何だか大人になりましたね。背も伸びたようですし。」
「そうですか??最近1人で行動しているので・・・・・あ!でも、確かに背は伸びたみたいですね。」
アリエナを旅立つ頃は、メリルとの視線の高さは同じくらいだった事を思い出したエストは、若干見下ろした位置にメリルの目があるのに気づいた。
「フフフ♪何ですか?それ。」
「いや、先生の目線の違いに気づいて、あーー!背伸びたんだなって。」
「あははは!エスト君らしいです。」
そう言って笑い合った2人だったが、「ハッ!」と足を止めてしまった事を気まずそうにしたメリルが口を開いた。
「ごめんなさい、エスト君。帰るところ足を止めて。」
「ああ。いえ、気にしないでください。」
「もう旅は終わったんですか?」
「いえ、まだ途中ですが偶には顔を出した方が良いかと思って。なので、また出るつもりでいます。」
「そうですか・・・。あの・・また旅に出ちゃう前に一度旅の話を聞かせに来てくださいね。」
「はい!ぜひ。」
「ありがとう。楽しみしてます。」
「はい。では、また後日にでも」
ニッ!と笑って一度頭を下げると、エストは踵を返し家路に向かって歩き出した。
「あ!!エスト君!」
「はい?」
しかしすぐに背後から聞こえたメリルの声に顔だけ振り向かせると、メリルが口に両手を添え声を上げた。
「私もエスト君を誇りに思ってますよ!!!!」
「ほえ?」
「リュナさんから聞きました!私を誇りに思ってくれてるって!!」
「ああ!!なるほど・・・はい!!」
「ありがとう!!私もそう思ってますよ!!!」
「ありがとうございます!!!!」
再び目をフッと細め手を上げながら歩いて行くエストの背を見送っていると、歩道や周囲の建物にいる人々からの興味深げな視線を送られている事に気づいたメリルは、顔を真っ赤にすると一目散にその場から逃げ出した。
****
―イヴァリア歴15年6月20日―
エストが旅立った数日後、リュナはそれまで一生懸命に息子の勉強を見てくれていたメリルに礼をするため彼女の家を訪ねていた。
「え!!!エスト君がそんな事を!!」
「ええ。先生に貰った卒業証書を自慢げに掲げて『俺の誇りだ!!』って。先生の生徒だった事を、一生懸命教えてくれた先生の事をそう思ってるんじゃないかな?」
「そうですか・・・・嬉しいです。」
テーブルでメリルが淹れた紅茶を口にしながらリュナがそう語ると、メリルは手に持った紅茶を眺めながら嬉しそうに微笑んでいた。
「私も。」
「ん?」
「私もエスト君を誇りに思っています。帰って来たらその事を伝えたいです。」
「そう。ぜひそうしてあげて下さい。あの子喜ぶわ。」
「はい!」
そう言って視線を合わせた2人は微笑み合うのだった。
****
日が傾き空が赤く輝く頃、家の前に着いたエストは自宅のドアを叩いた。
「はーーい!!誰だい・・・・・って、エスト!!!」
「ただいま、母さん!」
ニッと笑ったエストは、少し目を潤ませたリュナが少しだけ体を反らしたので感極まり抱き着いてくるのか?と思ったその瞬間・・・
「かあ・・・さん!?!?!?!?」
拳が飛んできた。
咄嗟に顔をずらしてその拳をギリギリ避けたエストに驚いたリュナは
「これを避けるなんて・・・やるわね!!」
とニヤッと笑みを浮かべた。
「は!?いきなり久しぶりに帰って来た息子を殴ろうとするなんて正気の沙汰じゃないよ!!!」
「うっさい!!!1年近くも心配している母親に手紙一つ寄こさない息子の方が正気の沙汰じゃないよ!!!!!」
「はぁ!?!?どこが心配してるのさ!!!今のがこれまでで一番死にそうになったよ!!!!!!」
「あ!?!?当たり前でしょ!!!あんたをそんじょそこらの事で死ぬようには鍛えていないわよ!!!!!!!!」
「言ってる事無茶苦茶だよ!!!!!!」
親子でギャーギャー騒いでいると、ちょうど家の前を通りかかった散歩中の老夫婦が、「おお!!!久し振りにリュナさんが楽しそうじゃのう。」「そうですねぇ。」と話していた。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
「ふぅ・・・ふぅ・・・。」
叫ぶだけ叫び、互いに肩を上下に揺らしながら睨みあっていた2人だったが、不意にエストの肩を掴んだリュナが「おかえり!!!」と言って抱き締めて来た。
「なんじゃそりゃ・・・。」
と、言いながらも力いっぱいリュナに抱き締められたエストは、まんざらでもない表情を浮かべていた。それを見ていたスアニャとミルプが胸の内でクスクス笑っていたが、それは見て見ぬ振りをした。
『面白いねー♪』
『変わってるミプ♪』
****
家に入り『お腹空いてない?』『ぺこぺこ。』『シチューでいい?』『最高♪♪』と会話を交わすとリュナは袖をまくって台所に向かい、エストはリュックを置くため自分の部屋に向かっていった。
しばらくして部屋から出て来たエストは少し気恥ずかしそうにしていた。
「ん?どうした?座りなさいよ。」
「ん、ん~・・母さん、ありがとうね。」
「は?どうした?」
「いや、部屋綺麗にしててくれて。」
「ああ!あんたがいつ帰って来てもいいようにしてたのよ。あれ?背伸びた?」
「は?今更?」
「さっきは感極まってそれどころじゃなかったの!」
「顔面目がけて殴って来たくせに。。。」
「なに??」
「いえ、何でもございません。」
気恥ずかしそうな表情から呆れたそれに変わったエストは、いつも座っていた椅子に腰を下ろした。
「はい。」
「わ!!!美味そう!!!!!」
「いつもと変わらないわよ。」
リュナからおもむろに出されたビーフシチューを目にしたエストは嬉しそうに声を上げた。
「いただきまーす!!!・・・・・!?!?やっぱ美味い!!!!」
「はぁ?前にレシピ教えたはずだけど・・・あんた旅の途中で一度も作らなかったの?」
「ううん。何回かレシピ通りに作ってみたけど何か違う感じがした。やっぱ母さんのが最高だ。」
「ふぅん・・・そういうものかね???」
「そういうものみたい。めっちゃくちゃ美味い!!帰って来たって感じ♪」
「そう・・・おかえり。」
満面の笑みを浮かべてシチューを口に運ぶ息子を、向かいに座った母親は頬杖を突き目を細めて眺めていた。
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