第52話 アルストという人物

「え!?今日は走らなくていいんですか??」


「ああ。今日は走らない。」


赤髪短髪で威勢のいいリクという名の少年(アルストより2つほど年下)は、砂がどっさり入ったリュックを地面に降ろして諸手を挙げた。


「やったぁあああ!!!」


「おおお!!!」


「今日は何するんだろ??」


リクに続いてアルストの前に並んでいた若者たちも笑顔見せた。そんな彼らもアルストと同じようにコルニ―達に新しく動きやすい服を作って貰っていたのだが、真っ白だったシャツは何度洗ったのか分からないほど黄ばみ襟元はくたびれていた。


「何だお前ら。随分と嬉しそうだな。」


「だって、毎日毎日走ってばっかりじゃないですかぁ。」


「その後腕立てって・・からのまた走り込み・・・毎日地獄ですよぉ。」


ぶー!と頬を膨らませおちょぼ口にして不満を口にするリクに、アルストはニヤッ!と笑って近づくとその狭い額に中指を弾いた。


「いだ!!!!」


「ひっ!!」


仰け反るリクを隣で見ていたショートカットの少女が顔を引き攣らせた。


「ひ、ひどいですよ・・ひぃーー・・・いたたた。」


額を擦って痛みを消そうとしていたリクの目はいつも以上に潤んでいる。


「基礎体力作りに文句を言った罰と勝手に砂袋を降ろした罰だ。」


「ええ!!!リュックは背負ってなきゃダメなんですか?」


「当たり前だろ。」


「ええ・・・。」


さも当然のような顔でそう話すアルストに若者たちが項垂れるが、自分たちの倍以上ある(コルニーに特注してもらった。)リュックを背負っているアルストにそれ以上口を開く事は出来なかった。


「分かりましたよぉ。で、今日は何をするんですか?」


「今日から集落の東にある森の木を伐採してもらう。」


「え?俺たちでですか?」


「そうだ。ちなみに切った木は街づくりに使う。」


「え?街づくりで使うなら川の向こうにある森の木を使えばいいんじゃないですか?」


「ああ。ただ木材が欲しくてするわけじゃないんだ。」


「他に理由が?」


「ああ、森の向こう側にある草原まで・・・全部の木を切って欲しい。無論何日もかけてだが。」


「「「ええええええええええええええ!!!!!」」」


「「「やだあああああああああああああああ!!!」」」


両手を組んだアルストが森に目を向けサラッとそう話すと、若者たちは顎が外れるんじゃないかというほど口を大きく開き絶叫した。


「な!!何でですか!?」


「これまで何度か村に魔族が襲って来ただろう?」


「はい。」


「その時、近づいてきた魔族に気づいたのは森を抜けたこの位置になる。もう集落まで目と鼻の先だ。」


「そうですね・・・。」


「これでは気づくのが遅すぎる。人々が襲われてからやっと気づくような状況では駄目だと思わないか??」


「あ・・・。それで見通しを良くするんですね。」


ショートカットの気が強そうな目をしたマイラという名の少女がそう回答すると、口の片端を上げて頷いたアルストは呆然としている若者たちに目を配った。


そして、ニタリ!と笑うと声を上げる。


「そうだ。そして・・・これも基礎体力作りの一環だ!!!!!!!!」


「やだやだやだやだやだ!!!」


「この森の木全部って・・・死ぬ・・・。」


「おい。この人ホントは魔族なんじゃないか??」


「いやだーーーーーー!!!」


「おい。リク・・・。」


片目をピクピク痙攣させながら、眉間に青筋を立てたアルストがリクにゆらりと近づいて行く。


「は!?ヤバい!!!!」


「お前・・・俺を魔族と疑ってんのか????あ!逃げんな!!」


必死の形相でリクが逃げ出した。


「じょ・・・冗談ですって!!!!」


「お前の冗談はイラつくんだよ!!!!」


リクに向かって怒声を上げるが、追いかけるアルストの口元は笑っていた。



****


―イヴァリア歴16年5月23日―


レインフォールを発った後、ホロネルに向かって歩みを進めていたエストだったのだが、今は魔物の森の北部に向かっていた。


過去視の中でアルストが口にしていた『例えば集結出来ずに魔族間で同士討ちがあったとする。』という言葉が気になったのだった。


実際、アルストが順調に街づくりの基盤を固めているのに対し、魔族たちの動きが静かだったように感じたエストは、アルストの『例えば』が実際に起こっていたのではないか?と感じていた。


考えてみれば物語ではアルスト召喚前にバスチェナが魔族を統率している事になっていたが、これまでも物語の内容にズレや嘘が散々あった。


今回もそうなのではないか?とそう疑念が沸いたエストの足は自然と魔族の森に向いていた。



途中休憩を取りながらアルストの過去を再生して見ていたエストは、騎士団の基盤となるリク達とのやり取りを目にして更にアルストという人物が分からなくなっていた。



これもエストの感覚上、アルストの物語を辿るしかないのだが、物語の中ではアルストは兎に角凛々しい主人公なのだ。


過去の出来事ではあるものの、現実にエストが目にしたアルストは


魔族の前ではとても好戦的で、


魔法を見れば子供のように目を輝かせ、


ルーバスの前では食事を強請り、


ゾラやコルニ―、ガルニの前では先導者であり、


イヴァの前では怒りを露わにし、


そしてリク達の前では兄のような振る舞いだった。


「どのアルストが本当のアルストなんだろう・・・。」


全く掴みどころがない・・・過去視で見るアルストはその表現がピッタリだった。



****



「ふぅ・・・。」


ひと息着いて立ち上がったエストにスアニャが問いかけて来た。


「エスト。エストの魔力量でどうなってるの???」


「ん??」


「エストって今重力負荷かけてるんでしょ?」


「うん。かけてるよ?」


「過去視の『録画』ってのもやってるミプ??」


首を傾げたミルプもスアニャに続いて問いかけて来る。


それを不思議に思ったエストはミルプと同じように首を傾げていた。


「どうしたの??2人とも・・・。」


「あのね。今、エストがやってる事ってとんでもない事なの。」


「とんでもないこと??」


「うん。だって、今エストがしているのは例えば右手て風魔法を常に使いながら、左手て治癒魔法を使い続けているようなものだから・・・。」


「え?あ・・・スキルも魔力を使うんだったね。前にじいちゃんにもそんなこと言われたなぁ・・・。」


「エストの魔力は底なしミプ??」


「あ・・・あはは。じいちゃんに言われた時もそうだったんだけど、あんまり深く考えた事なかったんだよね・・・あは。」


「はぁぁー・・・・。」


そう言って乾いた笑い声を上げたエストにスアニャが長いため息を吐いた。


「た、ため息ですか?」


「だって、普通の人なら1時間も持たずに倒れるような事を起きてる間ずっとしてるのよ?しかもそれを平然とやってのけているのに・・・その凄さに全く気づいていないなんて・・・・。」


やれやれ・・・というように首を左右に振ったスアニャは


「私たちが力を貸したエストはグエナ様に匹敵するくらいの魔力があるのかもね。」


とため息交じりにそう呟いた。


「まさかぁ・・・。」


「そうミプ!!!!エストは凄いミプ!!!寝てる時もスキル使ってるミプ!!」


「え!?まだやってるの??」


ミルプの言葉にポン!!とスアニャが胸から飛び出しキッ!!と目尻に涙を浮かべてエストを睨んだ。


「あははは・・・この前『寝る時はちゃんと休め。』ってスアニャに怒られてからはやってないよ・・・あはははは・・・・やだなぁ・・・(この顔に弱いんだよなぁ・・・)。」


「・・・・・。」


「たまに解除するのを忘れてる時があります・・・・すいません。」


「もお・・・私たちには分からないんだから・・・って、ミルプはどうして寝てる間もスキル使ってるって分かったの?」


(※精霊であるスアニャとミルプに神の授けたスキルの影響はない。重力負荷はかからないし、過去を見る事も出来ない。それ故にエストは過去視を使っている最中、周囲の警戒を2人に頼んでいるのだった。)


「一昨日は寝る前に『あ!スキル解除しなきゃ!』って言ってたのに、昨夜は何も言わないで寝ちゃったミプ!エストの言う通りミプ!!」


「ミ、、ミルプ(汗)」


ポン!と胸から飛び出したミルプがどや顔で暴露した。


「ふぅーーーん・・・・ワザと??」


「いえ・・・決して・・・。」


「もぉ・・・ゆっくり休んでよね?」


「うん。ありがと。」


怒ってもそれはいつもエストの為を思っての事だと知っている。しかも、無理するエストを諫める内容なだけに、スアニャに頭が上がらない時が多々あるのだった。


「エストは昔から魔力底無しミプ??」


「そんな事は無い・・・・あ!!!」


ミルプの素朴な疑問に、エストは女神グエナから授かったもう1つのスキルを思い出した。


「どうしたの??」


「グエナ様から授かったスキルがあった。」


「え??私聞いてないよ?」


「それは何ミプ??」


「俺、すっかり忘れてた。グエナ様と会った時『成長無限』っていうのを授かったんだった。」


「せいちょう・・・むげん・・・??」


「無限・・・ミプ??」


「そんなスキル初めて聞いたんだけど・・・・。」


スアニャがエストにジト目を向けると、隣に並んだミルプもスアニャを真似て目を細めた。


「ぶふっ!!!」


可愛い2人に、さらに可愛くジト目を向けられたエストは思わず吹き出してしまったが、口を袖で拭うと2人に『無限成長』の内容を説明し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る