第20話 アルスト召喚


人族たちを魅惑し続けてきたイヴァのスキル『魅惑fascinate』のレベルが上がっていた。


『絶対的な魅惑Absolute


このスキルは


①イヴァに好意を寄せた者

②イヴァと口付けを交わした者(故に肉体を持つ者は適用外)

③イヴァに忠誠を誓った者 etc


などの条件によって自分より能力が高い神をも『魅惑』する事が出来るというスキルだった。そのため、前にいた世界ではこのスキルがあっても「秩序を司る神」は勿論の事、他の神々にも通用しなかったと思える。


神ではないイヴァ・・・人々を監視する役割を与えられていたイヴァという存在と、イヴァの内面を知ったあの世界の神々がイヴァに好意を寄せるなどありえなかったからだ。


しかし、この世界にいる神々が自分の正体を知るはずがない。


『ああ・・・美しい・・・。』


『力を司る神』はイヴァの手を取り恍惚の表情を浮かべていた。


この世界の神々の服装はグエナを始め、色味が無くとてもシンプルなものが主流だった。そのためあの果実のように深紅の美しい装飾が施されたドレスに身を包んだイヴァは、『力を司る神』の目にはとても魅力的に映っただろう。


そして、イヴァの容姿の美しさに魅せられた「力を司る神」が『絶対的な魅惑Absolute』に逆らえるはずがなかった。


『ねぇ??一緒に来てくださるぅ??』


首をコテンっと傾げたイヴァの表情に胸を押さえた『力を司る神』はコクコクと何度も頷いた。


『ああ・・・ああ!!!もちろんだとも。』



****



この地に必要な自然を司ったグエナは、神々は地上に生きる者たちと接点を持ってはならないとしていた。


しかし、人族たちが祠を建て始めるとそれに気を良くした『力を司る神』が地上に降りてしまった。


『上界で退屈な日々を過ごすよりもこっちの方が楽しい。』


そう感じていた『力を司る神』は、グエナや他の神が上界に戻るようどんなに説得しても一切聞く耳を持たなかった。


その結果、グエナは他の神々と相談した上で、やむを得なく上界に戻れないよう『境界(結界)を司る神』と力を合わせて地上と上界の間に結界を張ることにした。


さらに、グエナは情け深く、すぐ許してしまいそうな自分の性格を重んじた彼女は、他の神々にも協力を仰ぎ、そうそう簡単に解く事が出来ないよう複雑に組み込んだ結界を創り上げた。



それが仇となった。


イヴァの出現にいち早く気づいたグエナだったが、自ら創り上げた結界によりすぐに地上に舞い降りる事が出来なかった。


まさか得体のしれない女が突如この世界に現れて、地上で人族を操り好き勝手し出すなんて思いもしていなかった。


『どうして・・・こんな事に・・・。』


涙を零しながら結界を解除するため力を尽くすグエナだったが、他の神々と組み上げた結界はそう簡単に解く事が出来そうになかった。


そう創っていたのだから・・・・。



****


そんな事はつゆ知らずのイヴァは、自分の好きなようにこの世界を弄んでいく。


『自分に魔力が足りないのなら、この男の力を使えばいいのよ!』


そう閃いたイヴァは『召喚』を行うため『力を司る神』の神力を利用する事にした。


しかし・・・約300年振りの他者との触れ合いに悦びを感じたイヴァは、自らの命令を喜々として遂行する人族たちと、それを食い止めようと人族たちを攻撃するバスチェナ率いる角族たちを余所に『力を司る神』と甘いひと時を過ごすのだった。



―王国歴が始まる2年と2か月前―


甘い日々に飽きて来たイヴァは、ほぼほぼ獣人族たちを虐殺し終え、さらに角族たちとの戦いに傷つき疲弊しきっていた人族たちの前にイヴァは例の演出を行いながら降臨した。


「ああ・・・イヴァ様・・・・。」


「すいません・・・オラたち弱くて。」


「魔族には敵いません。うう・・仲間たちをたくさん殺されました。」


イヴァの『魅惑fascinate』により、獣人族たちはためらう事無く殺戮しているのに対し、自分たちの命を奪われる事に涙している彼らは言葉の意味通りに理性を失っていた。


『ああ・・我が子らよ。もう案ずることはありません。これからこの地に力のある、勇ましき者・・・『勇者』をこの地に召喚致します。』


「おおおおおおお!!!!」


「ありがたい!!!!」


「イヴァさまぁああああああああ!!!!」


イヴァの周囲に集まっていた人族たちが歓喜の声を上げると、イヴァは目を閉じ両手を組んだ。


あれから300年・・・当時でこの世界より文化が進んでいたあの世界は、今はもっと進展しているだろう・・・想いを馳せたイヴァは元いた世界にいる強く何にも臆する事がない戦士を呼び出す事を決めていた。


『スレイル・・・お願い。』


人族に届かないよう小さく呟いたイヴァは、人族には見えない背後に立つ『力を司る神』の名を呼んだ。


『ああ・・もちろんだよ・・・イヴァ。』


ウットリとした笑顔を浮かべたスレイル(力を司る神)は、イヴァの背中に手を当てると自分の神力をイヴァに送り込んだ。


『ぉ・おおお・・・うああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』


スレイルが白目を剥き、その姿が薄れ始めたその瞬間、イヴァの脳裏にあの次元の狭間を思い出す虹色に輝く空間を飛び越えたイメージが飛び込んで来た。


カッ!!!と目を開いたイヴァの瞳には、広い草原で馬に乗り沢山の兵に囲まれながらも勇敢に蹴り散らし前に進む男の姿が飛び込んで来た。


その男は肉体は屈強で、何にも屈しないという強い意思を示すような力強い目を輝かせていた。長い金色の髪を靡かせながら勇ましく剣を振るうその姿は美しく、整ったその顔立ちをさらに神々しく演出するかのように、血吹雪を浴びながら吠えた男の神は陽の光が当たって黄金色に輝いているのだった。


『ああ・・・決めたわ!!!!この男にする・・・。』


ニタァッと笑ったイヴァがその男を指差すと、イヴァの目の前に幾何学的な文様がファアアアアアアと浮かび上がった。






ズドォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

!!!!!!!!!!!!!!






地が激しく震え、人族たちが慄いた声を上げると舞い上がった土埃の中から一人の男が姿を現わした。



「あ!?!?」



間の抜けた声を上げたその男が立ち上がると夕日に照らされたその金髪が光輝いた。



「「「おおおおおお!!!!」」」


人族たちの大声に驚いたその男が振り返ると手を広げたイヴァが立っていた。


「お前は・・・誰だ??ここはいったい・・・??」


『ようこそ勇者様ぁ。ここはあなたが生きていた世界とは全く別の世界になりますわぁ。』


「は??俺は聖域を取り戻すため戦っていた最中だった。仲間はどこだ!!!!」


口の両端を上げて説明するイヴァに、その男は怒声を上げるがイヴァは冷静に語り掛けた。


『ええ。存じてますわ。』


「!?どういう事だ??」


『アタシはあなた様の勇ましい姿を目にしていました。その勇敢なお姿を見てこの世界を救う・・・そう救世主!勇者になるべき人はあなた様しかいないと思いここに呼び出しました。』


イヴァがそう言い両手を広げながら深く頭を下げると、背後にいる人族たちは諸手を上げてその男の登場に高揚していた。


「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


「勇者さまーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


「まぁ!?いい男ね♥」


「お・・俺たちを助けてくれ!!」





「い・・一体何だんだこれは・・・・。」



その様子に呆然と立ち尽くす男にイヴァは妖艶な笑顔を浮かべて問いかけた。


『あなた様のお名前は??』




状況を飲み込めないでいるその男は、ゴクッと喉を鳴らすと絞り出すように自分の名前を声に出した。



「アルスト・・・・・・俺はアルスト・レインフォールだ。」

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