第7話 フレドの覚悟
ランプの明かりを頼りにひんやりとした室内入ると、そこは学園の教室くらいの広さの居間のような部屋だった。
少し埃っぽい部屋の中央にはジュナの住処にあったような、いや、それよりやや雑に加工された石のテーブルがあり、テーブルの周囲には椅子のようなものは見当たらなかった。ランプをかざして辺りを照らすと、また不器用にくりぬかれた入り口のようなものが5つほどあった。奥に向かって空気が流れているような感覚を受け、エストはゾクッと背中に寒気が走った。
「南の砦か・・・バスティナ城にもこんな感じの会議室みたいな部屋があったな。」
石のテーブルに指を滑らせると、指先に若干埃が着いたが300年という歴史を考えると、定期的にジュナやフレドの子孫たちが定期的にここを管理しているのだと思われた。
スキル『
エストは『全ての始まり』の集落での出来事の後に、ここを訪れたと思われるフレドを見たいと思いスキルを使用した。
****
テーブルに置かれた燭台の明かりの奥に顔を青くしたフレドが頭を抱えて俯いていた。
「は???今何て言った??」
野太い声で、フレドに詰め寄ったくせ毛の男には両耳の上から湾曲した大きな角を生えていた。鍛え上げられた体が分かる黒いシャツに身を包み、太い眉毛の下にある大きな目を歪ませて頭を抱えているフレドを睨んでいた。
「おい!フレド!!」
「ドイル・・・同じことを言わせるな・・・得体のしれない女が突然現れて、人族たちを洗脳した・・・と言ったんだ。」
全ての始まりの集落にやって来た時のフレドの明るい大きな声とは真逆に、力なくか細い声で返答したフレドの目の下には真っ黒い隈が出来ていた。
「信じろと言うのか?」
「別に信じなくてもいい・・・時期に分かる。」
「どういう事だ?」
「魔族から世界を取り戻す・・・・。」
「は?」
「その女が言ったんだ。」
「魔族だと??何だそれは!?」
「ああ、その女は俺の角に驚いてそう呼びやがった。」
「なら、その女は角がある者は全て魔だとでも言うつもりか!?」
ドイルと呼ばれた男は憤ると、フレドは切り株を加工した椅子から立ち上がると岩壁をくり抜いて造られた窓から外に目を向けた。
「たぶんそうだ。あいつはきっと・・・他の集落に住む人族たちをも洗脳していくはずだ。」
「おい!って事はお前を襲った人族たちと同じように、他の人族たちもオレらを襲ってくるって事か??」
「ああ。そうなる前にあの女を止めないと・・・。」
「その時はオレも手伝うぞ!自慢の斧で切り裂いてやる!」
ドイルは背中に備えている大きな斧の束に手をかけニヤッと笑うが、フレドは眉間に皺を寄せて首を横に振った。
「いや・・その女は実体が無かった。剣がすり抜けたんだ・・・きっと、お前の斧でも同じ事になるだろう。」
「何だと!!!なら、どうするんだ!?」
「まだ、魔法やスキルを試していない。」
「そうか。実体がなくても魔力系列なら通じるかもしれんという事か?」
「ああ。とりあえず、他の集落を回ってあの女の動きを警戒するしかない・・・いや、既に洗脳された集落がいくつかあるかも知れないな・・・。」
「お前・・さっきも話したが、人族たちが本気で殺しにかかって来たらどうするんだ?『人族たちとの繋がりを持ちたい』って頑張って来たお前が・・・戦えるのか?」
「・・・・戦えるさ・・・。あの女を倒すためなら・・・。人族と殺し合いになっても・・・あいつを倒さなければならない。あいつはこの世界にあってはならない存在だ。」
ドイルに背を向け、外を見ているフレドの両拳はギリギリと握り締められていた。
ビシッと空間にひびが入り崩れ落ちていく・・・・。
****
「あ!ばあちゃん。出て来たよ。」
ジュナの裾を掴んでグイグイひっぱりながらプロトが、ドアから外に出て来たエストを指差して声をかけた。
「あれ?プロト来たんだ。」
「うん。起きたら2人ともいなかったから、きっとここだろうと思って。」
「ああ。何も言わず出ちゃってごめん。」
「ううん。気にしないでいいよ。」
両手を合わせてプロトに謝罪すると、気にするなとニコッと笑ったプロトの笑顔を見たエストは先程過去の映像の中で見たフレドの苦悶の表情を思い返して胸がギュッと締め付けられた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。」
「さて、戻ろうかね。」
「うん。」
座っていた石から立ち上がったジュナは、また何も言わずプロトの手を取ると住処の方に向かって歩き始めた。
「何も聞かないんですか?」
来た時と同じように、ジュナの後ろを付いて歩き出したエストが問いかけた。
「ん?アタシは先祖の事とは言え、過去にあった事に興味がないからね。お主は見た事を話したいのかい?」
「あ!いえ、そういう訳では・・・。」
エストは慌ててジュナには見えていないものの、両手を左右に振ってそうじゃないと否定する。
「でも、そう言われると・・・これまで何があったかを聞いてくる人が多かったような気がします。」
「そうかい。お主は器の広い者たちに囲まれて育って来たようだね・・・正直に言えば興味がない訳では無いんだよ。だが、知っても変えようが無い事を知るのが嫌なのさ。変えようが無い事を知って憤るのが嫌なのさね。知らなくて良いことは知らなくて良い。」
そう言い切ったジュナは、住処のドアの前で立ち止まると振り返りエストに目を向けた。
「・・・。」
少し諦めたような面持ちをしているジュナに、エストは何も言わずにしていると、ため息を吐いたジュナが口を開いた。
「そんな考え方をするアタシを、お主は否定するかい??」
「いえ。考え方はそれぞれでいいと教わって来ました。とても勉強になりました。」
「ほお・・その考え方は誰に教わったんだい。」
「母さ・・母親です。」
「リュナかい?」
「あ、はい。リュナ・オルネーゼです。母さんの事を知っているんですか?」
ジュナはその名を耳にすると、フッと微笑んで夜空に視線を向けた後、目を閉じて嬉しそうに話始めた。
「ああ・・・そうかい。あの跳ねっ返りがね・・・知ってるも何も17、8年ほど前になるのかね・・あの人族との戦いで一緒に戦った仲さ。あの頃は生意気な小娘だったが、そうかい・・いっぱしに子供を育てていたんだねぇ。」
「え?一緒に戦った。」
驚いた顔をしたエストに、ジュナはフン!と鼻息を荒くして詰め寄る。
「今でもそんじょそこらの輩にやられるつもりはないよ。」
「ははは!確かに。」
先程鋭く斬りかかられた事を思い返したエストは笑ってしまった。
ジュナも「カカカ!」と笑い声を上げると、何が面白いの?と首を傾げていたプロトがエストの腕を掴んで家の中に引っ張る。
「エスト、今日泊まってくでしょ?」
「え??」
戸惑ったエストは、チラッとジュナを伺うように見た。
「アタシは構わないよ。」
「え?ホントですか?助かります!ありがとうございます。」
「やったー!!」
諸手を上げて喜ぶプロトの頭を撫でたジュナは、「寝床を準備する。」と言い奥の部屋に入っていった。
「エスト!こっちこっち!!」
「うん。」
客人が泊まる事を嬉しそうにしているプロトに招き入れられたエストは、10日振りのちゃんとした寝床を確保できたことにホッと胸を撫で下ろすのだった。
****
「エストこれ、この前ばあちゃんと一緒に捕った鹿の角だよ!」
「えー!プロトも手伝ったの?」
「うん!!」
「凄いよ!」
「えへへーー!!あとねあとね。」
夕食をいただいた後、プロトが一生懸命に自分の部屋から色々持ってきて説明してくれるのを楽しそうにエストは聞いていた。ジュナは片手を頬杖にしながら黙ってその様子を見ていたが、やがてはしゃぎ疲れたプロトが眠ると抱きかかえて部屋に連れていった。
しばらくして戻って来たジュナは、プロトが広げた宝物の数々を片づけているエストに驚きつつも対面に腰かけた。
「その辺でいいよ。後で戻しておくから。」
「あ。はい。」
「今日はありがとうね。あの子があんなにはしゃいでいるのを見たのは久しぶりだったよ。」
「いえ。こちらこそ食事までいただいて。とても美味しかったです。」
「そうかい。なら良かったよ。」
少し下げた頭を戻したジュナはフッと微笑み組んだ両手に顎を載せた。
「さて、次の目的地は決まったのかい?」
「はい。さっき連れて行ってもらった場所にヒントがありました。」
「そうかい。なら、リュナとの出会いの話は次に会えた時にするよ。それよりアタシが伝え聞いたフレドの話でもしようかね。」
「え??あ、はい。お願いします。」
ジュナの言葉に一瞬目を丸くしたエストだったが、頭を下げてフレドに関する話に耳を傾けた。
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