第33話 治癒の精霊
―イヴァリア歴16年3月31日―
「え?どうしてですか?」
ホロネル騎士団の会議室に呼び出されていたクリミナは、ハワードからホロネルの中心部で待機しているよう命じられた。
「この寒空の下で水を浴びせられたら敵わんからな。」
「そ、そうですか・・・・。」
ニヤッと笑ってそう言ったハワードに対して、クリミナは口を少し開いたまま『何とも言えない』という顔をしていた。
「今の若いのは冗談が分からんなぁ。もっとこう・・・。」
「それは業務の適正な範囲を超えた上司の指導にあたります。」
ハワードの言葉を遮り、真顔でそう言い放ったクリミナにたじろいだハワードは、一つ咳ばらいをすると真面目仕様の態度に戻って話始めた。
「ん、んん!!すまない。実は、ルエラがホロネルの北部にある森を怪しんでいてな。万が一考えて、ルエラ他数名の騎士達と『水』を残す事にしたのだよ。温泉街は木造の建物が多いしな。」
「なるほど・・・消火要因ですね?」
「そうだな。だが戦力としても期待している。」
イヴァリアでもアリエナでも、水の魔法士隊には『消火隊』という別名があった。それは彼らが街や住宅地などで火災があった際に、いち早く駆けつけて消火活動をするという役割を担っていたからだった。
「分かりました。水の部隊はルエラ・イーギス近衛騎士隊長と共にホロネル中心部にて待機しております。」
「うむ。よろしく頼む。」
クリミナが頭を下げて会議室を出て行くと、ため息を吐いたハワードは、両手を後頭部で組み椅子の背もたれに身を任せると「今の若いのは厳しいなぁ。」とぼやいていた。
****
―同日― ホロネル西北部の森の中
3つの影が順調にグラティア湖の東側にある森の中(ホロネルの西北と同じ)を素早く移動していた。
「ガルシア様、明日にはホロネルに到着出来そうです。」
「そうか。」
移動しながら、ガルシアとドリアスが会話をしているとエストは左手に小さい集落があるのを目にした。
「ドリアスさん、あそこは何でしょう?」
「ああ、あそこは人族が暮らしている小さい集落でした。この辺りにはあと2、3小さい集落がありましたよ。」
「そうなんですね。」
そう言いながらエストは集落を横目に見ながら通り過ぎていくと、その先で襲われている馬車を見つけた。
馬車の馬が暴れて抵抗していたが、矢を射られて倒れてしまう。
「あ!!!」
「あれはきっと盗賊か何かが襲っているんでしょう。」
「ですよね。ちょっと助けてきます。」
エストが馬車がある方向に飛び出そうとしたが、慌ててドリアスが前に立ちはだかった。
「エスト殿!!お待ちください。」
「ドリアスさん?どいて下さい。助けに行かなきゃ。」
「どきません!!人族の争いに構っていてはお嬢様の説得に間に合わなくなる。」
「では、じいちゃんと先に行っててください。この先を真っすぐ進めばホロネルがあるんですよね。」
「なりません。」
「すいません。行きます!!」
しつこく止めようとするドリアスと、これ以上問答を続ける時間は無いと判断したエストは頭を下げて救助に向かおうとした。
しかし、素早く動いたドリアスがエストの肩を掴んで止める。
『スキル
その瞬間、ズドン!!!!とドリアスに重力の衝撃が走る。
「ぬ・・・!!!があああああ!!!」
地面に倒れたドリアスは、重力に押さえこまれて身動きが取れなくなってしまった。
「ぬぅうううう・・・くぅぅ・・こ・・これは・・・。」
苦しそうに喘ぐドリアスに目を配ったガルシアが、エストの肩にそっと手をのせると落ち着いた声で話かけた。
「エスト。あれを助けるのは俺も賛成だ。手伝うからドリアスにかけたスキルを解いてやれ。」
「・・・・分かったよ。」
エストは頷くと、ふっとドリアスを睨む目を外した。
「ぐっ、うっ・・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・・い、今のは??」
地面に倒れていたドリアスが30gravityの重力の圧力から解かれると、息を整えながら何とか顔を上げるが、既にそこにエストの姿は無かった。
「まさか、スキルを使うとはな・・・・あんなに怒ったアイツを見たのは初めてだ。
お前、ブレナが助かれば他の命はどうでもいいんだな??」
ガルシアが眉間に皺を寄せながら倒れているドリアスにそう呟くと、パッとその場から姿を消し、ドリアスは顔を歪めていた。
「何だ!!てめえは!?」
盗賊の一人が突如現れたエストに向かって剣を振り上げるが、エストはその盗賊が剣を振り下ろす前に腹部を薙ぎ切った。
「てめぇ!!!」
「殺す!!!」
馬車を囲んでいた他の盗賊6人の内3人がエストに襲い掛かるが、エストはその3人を一瞬のうちに切り捨ててしまった。
青筋を立てたエストの目には、馬車の傍で倒れている6歳くらいの女の子と、その母親と思われる女性の姿が映っていた。
突如背後から「ぎゃああああ!!」という叫び声が聞こえ振り返ると、2人盗賊をガルシアに背後から切り伏せていた。
それを目にしたエストが最後の一人に視線を向けると、盗賊最後の男が「ちょ、ちょっと待ってくれ・・俺は」と何やらエストに話し出すが、エストは構わず男の体を斜めに切り捨てた。
その後素早く2人に駆け寄ると、女の子の腹部には剣で貫かれた跡があり、母親と思われる女性の胸には剣が突き刺さっている状況だった。
「じいちゃん!!!この子の血が止まらない!」
「任せろ!」
エストが女の子の腹部に手を当てそう叫ぶと、駆け寄ったガルシアが女の子の腹部に手を当てた。
「治癒の精霊よ。この子の傷を癒してくれ!!」
ガルシアがそう唱えると手から光が溢れ出してきた。
エストは母親の方に移動し、地面に両膝を着いて胸に突き刺さっている剣を抜こうと手をかけたが
「抜くな!!血が溢れ出して死が早まる!!」
ガルシアにそう叫ばれ剣から手を放した。
「でも、じいちゃん・・・この人・・・。」
「待ってくれエスト・・・今はこの子の治癒で精一杯だ。」
「ぐ・・・。」
「わ・・・わたしは・・い、いので・・。あの子を・・・。」
口から血を流しながら手を差し出した母親がそう訴える。
エストは女性の手を強く握り
「ダメです!!諦めないで!!」
懇願するようにそう叫ぶが、女性の目は既に死を受け入れ始めているようだった。
「あ・・どうか・・あの子を・・。」
「ああ!!ダメです。頑張って!!もう少しだから・・・。」
エストが握った手の上に祈るように額を当てると、女の子に回復魔法をかけ続けていたガルシアの胸の辺りが光輝いた。
『ん・・ミプ・・エスト・・優しい心ミプ。』
「え??」
聞き覚えのない声に呼びかけられたエストは、ガルシアがいる方に目を向けるとガルシアの胸から一つの光が飛び出した。
「何だ!?」
ガルシア達にはそれが光輝く玉のように見えていたが、エストには5~6歳くらいに見える真ん丸顔の小さい女の子が見えていた。
銀色のナチュラルパーマなショートカットに、クリッとした瞳がとても愛らしいその女の子がニコッと笑うとエストに向かって飛んできて、そのままエストの胸の中にスゥッと入った。
「あーあ・・ついに入ってきちゃった。って、な・・何!?この子可愛い!!!」
「スアニャ??」
「エスト。この子、治癒の妖精だよ。」
「え??」
「エスト・・やっとこれたミプ。」
「君は??」
「あたち・・ミルプ!」
「ミルプ♪可愛い。」
スアニャがミルプと名乗った子をギュッと抱き締めると、ミルプは「キャアアア♥」と嬉しそうに声を上げた。(ミルプはスアニャの身長の半分くらいの大きさ)
エストが自分の中でキャッキャ♪している2人に呆然としていると
「エストォオオ!!!!!」
ガルシアの叫び声で我に返った。
「そ、そうだ!!!ミルプ!!この人を助けたいんだ!!」
「ミプ!!」
エストの言葉にミルプが応え、拳をきゅっと握り、脇を締めて頑張るポーズを取ると、エストの手が輝き出した。
「治癒・・ミプ!」
「え??あ・・よし!!」
エストは剣を引き抜き、ガルシアの見様見真似で急いで女性の傷に手を当てると、手から光が溢れ出し、もの凄い勢いで女性の傷が修復し始める。
「お、お母ちゃん・・。」
「おい・・無理するな。」
ガルシアの治癒が終わった女の子が立ち上がると、ガルシアの制止を無視してよたよたとふらつきながらも必死に母親のもとに歩き始めた。
「ったく。」
見るに見かねたガルシアが、女の子を両脇を抱え上げるとエストと反対側の女性の脇にちょんと座らせた。
「お母ちゃん!!!」
女の子の叫び声に気づいた母親が、ゆっくり目を開くと光輝くエストの姿に驚いた。
「え??どうして???」
「お母ちゃん!!」
「ああ!!!ミナ!!」
名を呼んだ母親に女の子が抱き着くと、エストの手から放たれていた光が小さくなっていった。
「もう・・・終わったのか?」
「ふぅ・・・そうみたい・・・だね。」
女性から手を放すと、腰を下ろして背後に両手を着き、天を仰いだエストは大きく息を吐いた。その後胸に手を当て「ミルプ、ありがとう。」と呟くと、「ミプ♪」と中から嬉しそうなミルプの返事が聞こえてフッと微笑んだ。
「お前やっぱとんでもない魔力量だな。」
「癒しも魔力量によって違うの?」
「ああ。それにしても精霊が分身するとはな・・・聞いてはいたが初めての経験だったぞ。」
「俺も驚いたよ。」
「そうだな。だが、良くやった。」
「ヘヘ。」
「風の次は治癒か・・お前マジで何でもありだな。」
ガルシアは、ニッと笑ったエストの頭をクシャクシャと撫でるのだった。
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