第12話 明かされた真実

 その途端、何と死黒狼デスファングの悉くが、ぺたんとその場に座ったではないか。

 ベンジャミンの驚くまいことか。思わずぽかんと口を開けてしまう。え? いや、何これ? どうなってんの?

 死黒狼デスファングがお座りって……。

 襲われていたジュドー達もベンジャミン同様、呆然とその光景を眺めている。

 しかもよくよく見てみると、死黒狼デスファングの尻尾が足の間に丸まっているではないか。どうみてもライラに叱られて怯えているようにしか見えない。

 死黒狼デスファングが怯える? あり得ない……。誰もが 茫然自失状態だ。

「伏せ! お回り! 反省!」

 その間も、びしばしライラの命令が飛ぶ。行動が僅かに遅れた死黒狼デスファングをめざとく見つけたライラが、指差し名指しする。

「全然反省の色が見えない、そこのそいつ! もういっぺん回れ!」

 朗々と響くライラの号令に合わせ、死黒狼デスファング達が伏せをしたりぐるぐる回ったり……曲芸かな、これ? ついベンジャミンが心の中でそんな感想を漏らす。

「並べ!」

 ライラの号令一つでずらっと死黒狼デスファングが横一列に並んだ。

 黒い巨体が綺麗に並ぶと圧巻だな、ベンジャミンはそんな事を思った。

 黒い毛並みの中の胸の白いふさふさがとってもプリティ……そんな感想持ってる場合じゃないよと、もう一人の自分が言う。真っ赤な目と大きな牙、ぐるると喉の奥から漏れるうなり声……死黒狼デスファングはどう見ても凶暴だ。絶対一噛みで死ねる。なのに死黒狼デスファング達はどいつもこいつもライラの前では飼い犬も同然で、

「さあ、帰れ! 帰れ! 回れ右! 氷の大地アイスランドへ真っ直ぐこのまま行進! 寄り道したりなんかしたら折檻だからな! 行けーーーーーーーー!」

 脱兎のごとく死黒狼デスファング達が駆け去った。

 逃げた、んだよね? 多分……。ベンジャミンが心の中で自問自答する。信じられない光景を目にして、理解が追いつかない。死黒狼デスファングが曲芸。何これ、あり得ない……。

 周囲が再び静けさを取り戻すと、ライラがジュドーに駆け寄った。

「だ、大丈夫か? ジュドー! 血、血ぃ出てる! 見せて! て、て、手当てするから……」

「馬鹿、こんなんかすり傷……」

「いいから!」

 強引にジュドーの上着を脱がせ、腕に追った裂傷に魔法士メイジの杖を当て、傷の治癒を開始する。ライラが手にした杖の突端部分にある二重のリングが、ライラの魔力に反応し、ゆっくりと回転し始めると、それに呼応するように、回転しているリングの中央部分が淡く輝き始め、ジュドーの腕全体を優しく包み込む。

 ライラは目に見えるほど青ざめており、杖を持つ手が震えている。これでは、どちらが怪我をしたのかさえ分からないほどの狼狽っぷりだった。

「なー、ライラちゃん、そんなに泣くなって。こんなんかすり傷、かすり傷。舐めときゃなおるって。だいじょーぶだよ」

 ピートがけろりとそう言った。

「だ、だ、だって……ひっ、っく……ご、ごめん、ほんとーに、ごめんなー、ジュドー」

「だから、何でお前が謝るんだ?」

 ジュドーが閉口する。

「だって、だって……これは絶対、絶対、ライラのパパの仕業だぁー。人間を襲うようにって命令してるんだよ。ライラ、パパ嫌い! 意地悪で自分勝手で欲張りで……」

「……パパ?」

 ジュドーが眉をひそめ、ライラがはっとしたように口元を押さえる。しんっと周囲が静まりかえり、ベンジャミンがこわばった顔に、無理矢理笑顔を浮かべてみせた。

「え、えーと……何か今、不可解極まる爆弾発言を聞いた気がするんだけど……気のせいかな? ライラ、君、今、パパの仕業って言った?」

 ライラが上目遣いでこくんと頷く。

 ベンジャミンは笑顔を保ったまま、先を続けた。

「で、パパって、誰の事?」

「闇王グリードだぁ……」

「で、君の前身の名前は?」

「グレイシア」

 再びしんっと周囲が静まりかえる。ベンジャミンは何て答えて良いのか分からない。笑顔のまま固まってしまう。混乱する思考の中、ベンジャミンが問う。

「グレイシア? あの、もしかして、闇姫グレイシア? 闇王グリードの娘の?」

 またまたライラが頷く。

 ベンジャミンが叫んだ。驚愕の叫びと言う奴だろう。

「うっわー! うそうそうそ! 何がどーなってんの? 君が闇姫グレイシアで、そんでもって竜王バルデルの息子の竜騎士と恋仲だったぁ? 二人は宿敵でしょう? 光と闇! 炎と氷! 相反する者同士なのに、くっつくなんてありえない! どこをどうしたらそうなるの!」

 ずずいっと、ベンジャミンが詰め寄った。頼むから説明してちょーだい! と言わんばかりの形相である。そこでライラが、ぽつりぽつりと説明した。

「人間は、知らなかったからなぁ……。伝承に残ってる竜騎士の姿は、最後の大戦の時の話ばっかりで、それまでどこでどうしてた、とかいう話はまるっきり残ってないだろ? 『まるで彗星の如く現れた救世主』なんて表現されてるけど、それはー、それ以前にどこでどうしてたのか、全然分かっていなかったからだぁ……」

 ああ、というようにベンジャミンが納得する。

「アシュレイは、ライラが育てたんだぁ……。予言の中にぃ、竜王バルデルの息子の竜騎士が闇王の軍勢を打ち破って、世界に平和をもたらすって記述があったから、早めに殺そうと思って、小さい時に見つけて、人間の村からさらってきたんだよ」

「ああ、まぁ、そこは分かるけど……」

 ベンジャミンが頷く。

「けど、何か……情が移っちゃって……」

「はい?」

「だって……その……ジュドー、もんの凄く可愛かったんだぁ!」

 ぱあっとライラの顔が明るくなる。

「きゃっきゃ笑うんだぞ? ライラにだっこされているジュドーな、ライラの顔見て、にぱあって笑ったんだ! にぱあ、だぞ? にぱぁ! あ、あれ見てノックアウトされない奴いない! 絶対いない! 可愛すぎて死ぬかと思った!」

「あ、そうなんだ」

 ベンジャミンが冷静に返答する。

 ライラの反応を見ても、へー、あ、そう、という淡泊な感想が漏れただけ。どこにここまで感動する要素があったのか、自分には今ひとつ分からない。

 ライラが夢見るように言う。

「そうだぁ! だから! ジュドーはライラが育てた! 他の誰にも口出しなんかさせなかった! ほんっと可愛かったぞ? ライラいっぱい勉強した! 人間が書いた子育ての本読みまくった! そんでもってジュドーが、んくんくミルク飲んだり、はいはいしたり? 初めて立ったときなんか、拍手いっぱいした! 殺した方がいいなんて文句言う四天王は、足で踏んづけて黙らせた!」

「へー……足で……」

 四天王ってもの凄く強かったよな? 闇姫の側近の四天王って言えば、闇王グリードや闇姫グレイシア同様超有名で、誰もが震え上がったって聞くけどなー……ベンジャミンはぼんやりした思考でそんな事を思ってしまう。

 で、踏まれてたんだ、あいつら。女の足に。ちょっと気の毒。

 ライラの目がうっとりとした眼差しになる。

「大きくなったジュドーはなぁ、本当、もんの凄く格好良かったぞ? だからな、ライラ、猛アタックした。好きだって言いまくった! お前と添い遂げたいって一生懸命伝えた! ジュドーも満更じゃなかったみたいで、結婚しようって言ってくれた時は、天にも昇る気持ちだった! 真っ白なウェディングドレスも用意したぞ? 結婚式にはこれを着てバージンロードを歩くんだって浮かれてた。人間を滅ぼしたら、そうしたら、もう予言が成就することもないから、あと少しだって、あの時はそう思ってたんだ」

「人間を滅ぼしたら……」

 ベンジャミンがそう呟く。ひやりとなった。ライラの話が本当なら、記述通りあと少しで人類滅亡だったと言うことだ。

「でも、気付かれた……」

 ライラがぽつりとそう言った。急にしょんぼりとなる。

「竜騎士に?」

「そう……どうしてかな? アシュレイはライラの言うことに逆らったことなんてないのに、あの時だけは違ったんだ」

 ぽつぽつと話す。

「最後の決戦の時だぁ。ジュドー言ったんだ。俺も戦に出るって。お前を守ってやりたいからだって……。ライラ、嬉しかった。けど、戦に出せば人間に味方する可能性があったから、最後の大戦の時は、城から絶対に出るなって言い含めて、ライラ参戦したんだ」

「人間に味方? なら君に育てられた竜騎士でも、やっぱり人間の味方だったって事?」

 ベンジャミンの台詞にライラが首を捻る。

「さあ? ライラには分からない。だって、どっちかを選ぶんなら、きっとジュドーはライラの味方をするって、あの時は思ってたからな。でも、予言の書の脅威があったから、それを警戒しただけだぁ」

 ああ、というようにベンジャミンが頷く。

「それで、どうしてああなったのか、いまだに分からない。あん時は、あん時だけは、何故だかジュドー、ライラの言ったこと守らなかった。城から出たんだな……。どこをどうしてあーなったのか、ライラには詳しい経緯は分からないけど、決戦の場で、ライラの眼前に立ってたのは、ジュドーだったんだ」

 ライラが大きく息を吐き出した。


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