第12話 明かされた真実
その途端、何と
ベンジャミンの驚くまいことか。思わずぽかんと口を開けてしまう。え? いや、何これ? どうなってんの?
襲われていたジュドー達もベンジャミン同様、呆然とその光景を眺めている。
しかもよくよく見てみると、
「伏せ! お回り! 反省!」
その間も、びしばしライラの命令が飛ぶ。行動が僅かに遅れた
「全然反省の色が見えない、そこのそいつ! もういっぺん回れ!」
朗々と響くライラの号令に合わせ、
「並べ!」
ライラの号令一つでずらっと
黒い巨体が綺麗に並ぶと圧巻だな、ベンジャミンはそんな事を思った。
黒い毛並みの中の胸の白いふさふさがとってもプリティ……そんな感想持ってる場合じゃないよと、もう一人の自分が言う。真っ赤な目と大きな牙、ぐるると喉の奥から漏れるうなり声……
「さあ、帰れ! 帰れ! 回れ右!
脱兎のごとく
逃げた、んだよね? 多分……。ベンジャミンが心の中で自問自答する。信じられない光景を目にして、理解が追いつかない。
周囲が再び静けさを取り戻すと、ライラがジュドーに駆け寄った。
「だ、大丈夫か? ジュドー! 血、血ぃ出てる! 見せて! て、て、手当てするから……」
「馬鹿、こんなんかすり傷……」
「いいから!」
強引にジュドーの上着を脱がせ、腕に追った裂傷に
ライラは目に見えるほど青ざめており、杖を持つ手が震えている。これでは、どちらが怪我をしたのかさえ分からないほどの狼狽っぷりだった。
「なー、ライラちゃん、そんなに泣くなって。こんなんかすり傷、かすり傷。舐めときゃなおるって。だいじょーぶだよ」
ピートがけろりとそう言った。
「だ、だ、だって……ひっ、っく……ご、ごめん、ほんとーに、ごめんなー、ジュドー」
「だから、何でお前が謝るんだ?」
ジュドーが閉口する。
「だって、だって……これは絶対、絶対、ライラのパパの仕業だぁー。人間を襲うようにって命令してるんだよ。ライラ、パパ嫌い! 意地悪で自分勝手で欲張りで……」
「……パパ?」
ジュドーが眉をひそめ、ライラがはっとしたように口元を押さえる。しんっと周囲が静まりかえり、ベンジャミンがこわばった顔に、無理矢理笑顔を浮かべてみせた。
「え、えーと……何か今、不可解極まる爆弾発言を聞いた気がするんだけど……気のせいかな? ライラ、君、今、パパの仕業って言った?」
ライラが上目遣いでこくんと頷く。
ベンジャミンは笑顔を保ったまま、先を続けた。
「で、パパって、誰の事?」
「闇王グリードだぁ……」
「で、君の前身の名前は?」
「グレイシア」
再びしんっと周囲が静まりかえる。ベンジャミンは何て答えて良いのか分からない。笑顔のまま固まってしまう。混乱する思考の中、ベンジャミンが問う。
「グレイシア? あの、もしかして、闇姫グレイシア? 闇王グリードの娘の?」
またまたライラが頷く。
ベンジャミンが叫んだ。驚愕の叫びと言う奴だろう。
「うっわー! うそうそうそ! 何がどーなってんの? 君が闇姫グレイシアで、そんでもって竜王バルデルの息子の竜騎士と恋仲だったぁ? 二人は宿敵でしょう? 光と闇! 炎と氷! 相反する者同士なのに、くっつくなんてありえない! どこをどうしたらそうなるの!」
ずずいっと、ベンジャミンが詰め寄った。頼むから説明してちょーだい! と言わんばかりの形相である。そこでライラが、ぽつりぽつりと説明した。
「人間は、知らなかったからなぁ……。伝承に残ってる竜騎士の姿は、最後の大戦の時の話ばっかりで、それまでどこでどうしてた、とかいう話はまるっきり残ってないだろ? 『まるで彗星の如く現れた救世主』なんて表現されてるけど、それはー、それ以前にどこでどうしてたのか、全然分かっていなかったからだぁ……」
ああ、というようにベンジャミンが納得する。
「アシュレイは、ライラが育てたんだぁ……。予言の中にぃ、竜王バルデルの息子の竜騎士が闇王の軍勢を打ち破って、世界に平和をもたらすって記述があったから、早めに殺そうと思って、小さい時に見つけて、人間の村からさらってきたんだよ」
「ああ、まぁ、そこは分かるけど……」
ベンジャミンが頷く。
「けど、何か……情が移っちゃって……」
「はい?」
「だって……その……ジュドー、もんの凄く可愛かったんだぁ!」
ぱあっとライラの顔が明るくなる。
「きゃっきゃ笑うんだぞ? ライラにだっこされているジュドーな、ライラの顔見て、にぱあって笑ったんだ! にぱあ、だぞ? にぱぁ! あ、あれ見てノックアウトされない奴いない! 絶対いない! 可愛すぎて死ぬかと思った!」
「あ、そうなんだ」
ベンジャミンが冷静に返答する。
ライラの反応を見ても、へー、あ、そう、という淡泊な感想が漏れただけ。どこにここまで感動する要素があったのか、自分には今ひとつ分からない。
ライラが夢見るように言う。
「そうだぁ! だから! ジュドーはライラが育てた! 他の誰にも口出しなんかさせなかった! ほんっと可愛かったぞ? ライラいっぱい勉強した! 人間が書いた子育ての本読みまくった! そんでもってジュドーが、んくんくミルク飲んだり、はいはいしたり? 初めて立ったときなんか、拍手いっぱいした! 殺した方がいいなんて文句言う四天王は、足で踏んづけて黙らせた!」
「へー……足で……」
四天王ってもの凄く強かったよな? 闇姫の側近の四天王って言えば、闇王グリードや闇姫グレイシア同様超有名で、誰もが震え上がったって聞くけどなー……ベンジャミンはぼんやりした思考でそんな事を思ってしまう。
で、踏まれてたんだ、あいつら。女の足に。ちょっと気の毒。
ライラの目がうっとりとした眼差しになる。
「大きくなったジュドーはなぁ、本当、もんの凄く格好良かったぞ? だからな、ライラ、猛アタックした。好きだって言いまくった! お前と添い遂げたいって一生懸命伝えた! ジュドーも満更じゃなかったみたいで、結婚しようって言ってくれた時は、天にも昇る気持ちだった! 真っ白なウェディングドレスも用意したぞ? 結婚式にはこれを着てバージンロードを歩くんだって浮かれてた。人間を滅ぼしたら、そうしたら、もう予言が成就することもないから、あと少しだって、あの時はそう思ってたんだ」
「人間を滅ぼしたら……」
ベンジャミンがそう呟く。ひやりとなった。ライラの話が本当なら、記述通りあと少しで人類滅亡だったと言うことだ。
「でも、気付かれた……」
ライラがぽつりとそう言った。急にしょんぼりとなる。
「竜騎士に?」
「そう……どうしてかな? アシュレイはライラの言うことに逆らったことなんてないのに、あの時だけは違ったんだ」
ぽつぽつと話す。
「最後の決戦の時だぁ。ジュドー言ったんだ。俺も戦に出るって。お前を守ってやりたいからだって……。ライラ、嬉しかった。けど、戦に出せば人間に味方する可能性があったから、最後の大戦の時は、城から絶対に出るなって言い含めて、ライラ参戦したんだ」
「人間に味方? なら君に育てられた竜騎士でも、やっぱり人間の味方だったって事?」
ベンジャミンの台詞にライラが首を捻る。
「さあ? ライラには分からない。だって、どっちかを選ぶんなら、きっとジュドーはライラの味方をするって、あの時は思ってたからな。でも、予言の書の脅威があったから、それを警戒しただけだぁ」
ああ、というようにベンジャミンが頷く。
「それで、どうしてああなったのか、いまだに分からない。あん時は、あん時だけは、何故だかジュドー、ライラの言ったこと守らなかった。城から出たんだな……。どこをどうしてあーなったのか、ライラには詳しい経緯は分からないけど、決戦の場で、ライラの眼前に立ってたのは、ジュドーだったんだ」
ライラが大きく息を吐き出した。
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