第125話 急転

「んじゃ、今回は塩を樽ひとつ。砂糖を樽半分で備蓄されてる麦を全てで構いませんね」

「ええ、まもなく刈り入れの時期ですし、今年は豊作だったので問題ありませんが……」

「それともう一つ。当商会との定期的な取引きもお願いしますね」

「そちらもありがたいことなのですが……よろしいのでしょうか?これでは、私どもの方が得をしてばかりのような……」

「いえいえ、我が商会では貴重な商路を広げることになりますし、私はこの村はまだまだポテンシャルがあると見ています。麦畑に隠れて見逃しがちですが、あっちのラベンダー畑は蜂蜜のためですな」

「ハハハ、バレましたか」

「そちらの方もおいおいと……」

「でも、ここまで譲歩してもらうなんて。どうしてそこまでしてもらえるのですか?」

「それは簡単ですよ。あの子ララノアを見ていれば、この村の人たちが信頼に値するってすぐに分かります」


 グルックはそう言うとニッコリと微笑む。

 その姿に【漆黒の奇蹟ミラキュラス ニグリ】の一同は驚きを隠せない。

 この男がこんな顔をして、こんな丁寧な商談をするとは思っても見なかったからだ。  

 しかも、村のポテンシャルを見極めた上で、定期的な交易の約束まで取り付ける卒のなさ。


「一応、【エチゴ商会】に認められるだけはあるな」

「ああ、人間性は最低なのに……」

「俺はグルックさんが、実は二重人格なんだと疑ったッス」

「狐の本気を見た」

「狐の才能を見た」


 好き勝手言われているグルックを見かねて、フランシスがフォローする。


「交渉と駆け引きには定評があるんだよ、ウチの会頭は。普段はアレだから、軽く見られてるけどね」 

「仕事と性格は別モンって人はよく見るッスけど、まさかここまでとは……」 

「仮にもこの商路を任されるくらいには、ウチの商会は潤ってるからね?」

「マジっすか……」


 そんな会話が後ろで行われているとはつゆ知らず、グルックは話しを続ける。


「大事に育てられた子はよく笑う。こう見えて、王都ではとある孤児院に多少の出資をしているんですが、そこに来る子どもたちってのはとにかく笑わないんですよ。過酷な環境で笑い方を忘れちゃうんでしょうね。孤児院での最初の仕事は、ここでは笑っていいんだぞって教えることから始まるんですよ。だから、あの子の姿を見れば、この村の人たちが、どれほど善良かってのがよく分かるんですよ」 

「グルック様……」

「グルックで結構。こんな辺鄙な場所に引きこもってるのには、何か理由があるのだとは推測しますが、まぁ犯罪のたぐいでは無さそうだし……」

「いずれはその理由もお話したいと思います」

「それは重畳。今後ともよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、本当にいい出会いができた」


 そう言って、グルックと村長の【イズレンディア】が握手を下とき、村中に角笛の音が鳴り響く。


「どうした……?」

「これは……」


 グルックの言葉に、イズレンディアが説明をしようとしたときに、村人が部屋に飛び込んで来た。


「隊長、マズイ。ヤツらが魔物を引き連れて来やがった!」

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