第115話 違和
「…………これはどうしたことッスか?」
ガルムの群れが戦いもせずに逃走した異常事態に、慌てて追いついたクリフが見たのは、イーサンがアルフォンスと同じくらいの年頃の少女に抱きつかれている光景。
そして、他のメンバーもまた困惑しながら、その様子を遠巻きに見つめていた。
褐色の肌のその少女は、どうやら魔術で追撃しようとしたイーサンを思い留まらせるために、こうして抱きついているようだった。
「こっちもまた異常事態ッスか……」
とりあえずは、少女をなだめて落ち着かせることが第一だと判断するクリフであった。
「…………甘い」
「おいしいッスか?」
少女がこっくりとうなずく。
幾分か落ち着いてきたようにも見える。
アルフォンスお手製の携帯食を食べさせて、落ち着かせようとした作戦は間違っていなかったらしい。
クリフは、どうやらうまくいったと胸を撫で下ろす。
「携帯食とは思えないほど、甘くて美味しいッスよね」
「……美味しい」
「良かったッス、それは君と同じくらいの年ごろの子が作ったンスよ」
「……そう」
どうやら、冷静に会話が出来るようになったと判断したクリフは、少女を取り巻く状況について尋ねていく。
だが――。
「少しだけ教えてもらえるッスか?」
「…………」
「オレはクリフって言います。まずは君の名前を教えて欲しいッス」
「…………」
今度はだんまりかと、クリフは苦虫を噛み潰したような顔で唸る。
「冷静にしてしまったことで、却って話さなくなってしまったな……」
「それって、もう既に何かあるって言ってるようなモンなんだがな」
アトモスとバレットは、その少女の様子から何かがあると予想する。
当然、他の面々も同じ推測には至る。
何かを守るために必死なのだろうと、同情はするが、こんな場所にひとりでいる少女自身や、組織立った動きのガルムたちと、異常な状況が立て続けに起きている以上、何らかの情報が欲しいところだった。
「おそらくは、どこまで話して良いか自分では判断がつかないのだろう」
「そこまでの秘密ってか?」
「たぶんな。そうでなければ、こんなところに幼い少女がひとりでいるはずもなかろう」
「スパーダたちの村ですら、訳アリだって話だからな。それよりもさらに辺境となれば……」
バレットが忌々しそうにそうつぶやく。
どこぞの【始王】様や【英雄】たちのように、厭世のためわざわざ辺境に引きこもる者はそうそういないだろう。
となれば、王都や領都といった大都市から離れなければならない者。
逃亡奴隷や脛に傷持つ者、あるいは……。
質問をしているクリフも当然、その結論に至る。
ゆえに、何とかして話のきっかけを掴みたいのだが、取り付く島もない。
そんなとき、バレットは隣に立つ双子の弟が難しい顔をしていることに気づく。
「どうした、イーサン?」
「なんか変だ」
「何が?」
「何とも言えないが、ずっと顔の前に薄いベールがかけられてるような感じがする」
「う〜ん、分からん」
「すごくもどかしい……」
そんな
だんまりを決め込む少女と、それを囲むように見守る【
傍から見れば、事件の匂いがぷんぷんする光景であった。
そんな重苦しい時間を過ごしていた彼らのもとに、ついに念願の救援が現れる。
先ほど離れたグルックたちの馬車が追いついてきたのだっだ。
そうなるとやってくるのは、天然の
「お疲れさまでした。狼でしたか?」
「ああ、アルさん。確かに【ガルム】の群れだったッス」
「でも、そこらにはいないみたいですね」
「そうなンスよ。あいつらさっさと逃げやがったんですよ」
「へえ〜、そんなこともあるんですね」
「おかしいと思わないッスか?」
「まぁ、変だとは思いますが、実際あったのなら仕方ないですよね。うちのじいちゃんも『世の中には、人の身では知り得ないことなどたくさんある』っても言ってましたしね」
「さすが【勇者】様ッスね。懐が広い」
「だから僕も、あるがままを受け入れようと思ってるんですよ」
そんなことを話すアルフォンスの傍らで、ひとりチェシャが笑いをこらえていた。
「アルの
「チェシャ姉、笑いの沸点が低いよね……」
その隣では、スパーダが冷たい眼差しで悶絶している猫獣人を見つめていた。
「ところで、そちらの方は?」
アルフォンスが、自分たちに背を向けている少女に気づく。
少女の方も、自分のことが話題に上ったのを察して振り返る。
――――と。
少女の瞳が驚きで見開かれる。
突然、アルフォンスに向き直った少女は、これまでよりもやや高い声で話す。
「【ララノア】って言います。11歳です。まずはお友だちからお願いします」
両手を胸の前で組み、目を輝かせている少女。
ついさっきまで抱いていた彼女の悲壮感は、どこかに出かけてしまったようだ。
「何と……」
「今までは何だったんだよ……」
「完落ちッスか……」
「現金過ぎる……」
「所詮は顔か……」
突然、態度がコロッと変わった少女に【
「え、えっと……。アルフォンス、です。よろしくお願いします……ね」
意味の分からないアルフォンスは、引きつった笑いでそう答えるのが精一杯であった。
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