第100話 変異★
元侯爵の【ドミニク・フォン・グリューンベルク】は、名もなき村の酒場の主である。
彼は正妻の【クラリッサ】とともに、それほど大きくもない店を切り盛りしている。
今は【拳聖】バルザックが持参した何の肉か分からないものと睨み合っていた。
「おい、バル。これは何の肉だ?」
「ああ、トカゲだ」
「……トカゲ。最近、
長い付き合いで、バルザックの大雑把さにも理解がある酒場の主は、その答えからある程度のことを予想する。
「う〜ん、時間があれば煮込んでもいいんだがな……。とりあえず、香草で香り付けして塩コショウで焼いてみるか……」
薄く肉を切り取って軽く焼いてみる。
口に入れた途端、肉が溶けるように消えていく。
「うおっ、何だこりゃあ!うめえええええ!」
思わず叫ぶほどのえも言われぬ味わいに、ドミニクは驚きを隠せない。
この世界において、魔物はその強さに比例して旨味が増すと言われている。
それは、内包する魔力量の違いとも、強ければ強いほど余計なストレスがかからないからとも言われているが、正確なところは明らかになっていない。
「バル!すげえ美味いぞ!一体何の肉だよ!」
「だからトカゲだって言ってんだろうがよ」
予想外の美味さに饒舌になるドミニク。
そして、面倒くさそうに答えるバルザック。
両者のテンションの差がひどい。
「その脳筋に聞いても無駄よ。魔物なんて全部一緒だって考えなんだから」
「キシシシシ、今見てきたが『サラマンダー』じゃったぞ」
「サラマンダー!炎属性の上位竜か!」
「うるせえな、トカゲごときでいちいち騒ぐな」
眉間にシワを寄せて嫌そうに答えるバルザックであった。
大森林の異変の兆候に、急遽酒場に召集された英雄たち。
そこで彼らは、バルザックから深淵部の現状を聞くことになる。
「すると、【災禍の狼】が死んでいたと言うのじゃな」
「ああ、もう骨だけになっていたから、かなり早い段階で死んでたな」
要点をオイゲンがまとめ、それにバルザックが答える。
「【災厄の狼】は身重だったはずだが」
そう疑問を投げかけたのは、【剣聖】レオンハルト。
「腹に十年だったか?」
「しっかりとした子を産む生き物ほど、妊娠期間が長いとされとるのう」
「【災厄の狼】の
「そちらは、十年前のあの夜に……」
「ああ、獅子の男が倒したのじゃったか……」
「ひとりで
「バル!」
「……っ、すまん。話を戻すぞ」
不謹慎な発言にオイゲンが釘を刺すと、素直にバルザックは謝罪し、話を続ける。
「それで、俺が深淵部に出向いたとき、そこには【災禍の狼】の
バルザックが視線を酒場のカウンターに向ける。
「サラマンダーがいたわけやな。トマスから聞いたで。残りの素材は買い取るんでええか?」
「ああ、それでいい」
バルザックの話を受けて【聖商】ミツクニが属性竜の素材の買取の確認をする。
二人の話が一段落したところで、オイゲンがバルザックに尋ねる。
「身重だったなら、子どもはどうしたのじゃ?」
「知らん。喰われたのかもな」
「あるいは、どこかに逃げおおせている、か……」
「だが、あそこには子狼の骨は無かったぞ」
「あれほどの力を持った存在であったのだがな……」
「魔物の母親は、子を生むとその子に力のほとんどを持っていかれるらしいな」
「そう考えると、子を産んですぐに襲われたのでしょうか?」
バルザックの話を聞いた【
「相手は【災厄】か【災殃】か……。まぁ、そうとでも考えねば、あれほどの存在がやられるわけなかろう」
すると、オイゲンがそう断定する。
「あらあら、それでは最近、【災厄の竜】さんがあちこちに出没していたのは、勢力を拡大するためですの?」
「そう考えた方が納得はできるわよね?でも、アルくんが討伐しちゃったから、今は残った【災殃の鳥】の天下になるのかしら?」
「シシシシ、そうだとも言えねえんじゃねえかな?」
【癒聖】エリザベートの疑問に、【隠聖】ツクヨミと【狩聖】トマスが答える。
「……どういうこと?」
「空はアイツが支配するだろうが、所詮は鳥は鳥。地の支配は、やはり地に足をつけたものになるだろうな」
「別な主が現れるってこと?」
「ああ、おそらくは空と森の中と、棲み分けがされるようになるんじゃねえかな」
「そうなると、とりあえずは静観かの?で、我々に不都合な主が現れた場合には、改めて討伐する、と。こんなところかの?」
【弓聖】フィオーレの問いかけにトマスが意見を述べ、オイゲンが話をまとめる。
結論は、しばらくは静観になるようだ。
「かぁぁぁぁぁ!いっそのこと、鳥のヤツも討伐しちまって主を全部なくしちまうか?」
「バッカじゃないの?アレは死なないでしょうが!無駄よ無駄!」
先行きが不透明な現状で、待つことを強いられたバルザックは、ヤケをおこしてそんな発言をするものの、アビゲイルに一蹴される。
「ああ、そういや。バザルト」
「あん?」
「【災禍の狼】の牙と爪を持ってきたんだが、いるか?」
「おおっ、それは興味深い。対価は何がいい?」
「ん〜、まぁ今は考えとく」
英雄たちの話がまとまったのを見計らって、ドミニクはサラマンダーの肉を使った料理を運んでくる。
「待たせたな。『サラマンダーのステーキ』だ。ソースじゃなくて『
満面の笑みで料理の説明をするドミニク。
英雄たちが自分の料理に舌鼓を打つ姿を見て、彼はこれが自分の天職だったのだと、今更ながらに確信するのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
記念すべき100話目でした(閑話もあるので実際は既に100話越えしてましたが…)
これも皆さんのあたたかい応援のおかげです。
今後ともよろしくおねがいします。
追伸 記念に評価をポチッとしていただけると、ヤル気がさらにみなぎりますので、ご協力いただけると幸いです。
ヘ ︵フ
( ・ω・)
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