第91話 光明

「グルックはすごかったよ。特に人に取り入ることが巧みだった。監督官の名前まで聞き出してさ。人間、やっぱり名前で呼ばれると親近感が湧くからね」

「それは、他の人のために……?」

「ああ、奴隷は無能だとさっさと処分されるから、自分は出来るとアピールするんだけど、やっぱり個人差があるから、それが出来な子どもたちもいるんだ。そんな弱者の盾になるためにアイツは、必死で仕事をこなして必要以上に優秀だって見せつけてたんだ。それこそ、休む時間すら削ってね」

「どうしてそこまで……」

「アイツはきっと助けが来るって信じてたんだ。始王様がこんなことをいつまでも許しておくはずがないって信じてね」

「その始王様って、よっぽど皆さんから信頼されてたんですね」


 君のおじいちゃんだよ……と、言いたくなる気持ちをぐっと堪えるフランシス。

 村を出るとき、勇者としてのオイゲンについて語るのは構わないが、始王としてのオイゲンについては黙っていることを約束していたからだ。

『元王様だなんて言ったら、立場を誇るようで格好悪い』というのがオイゲンの主張だった。


(立場や役職ではなく人となりを見てもらいたいってことなんだろうな……)


 そんなことをふと思い出したフランシスは、始王についてあまり言及しないように話を続ける。

 

「詳しくは分からないけど、グルックは以前に始王様に助けてもらったことがあったらしい。だから無条件で信じられたみたいだね」

 

 そんなことを話していて、フランシスはふとひとつのことに思い至る。


(ああ、グルックがアルフォンスくんにきつく当たるのは、自分の立場が悪くなるからとか、自分の方が優秀だと張り合うからとかばかりじゃなくて、尊敬する人に育てられ『嫉妬』もあるんだな……)


 グルックのらしからぬ行動をずっと不審に思っていたフランシスは、胸のつかえが下りた気がした。

 おそらくは間違いではないだろう。

 本人に聞いても決して認めないだろうが。


「ともかく、誰よりも仕事をすることで、奴隷の主に目をかけてもらえば、多少の要求を通すことができたんだ。それがグルックの目的だった。体が弱かった私なんかはいつもいつも助けられてた。ただ、アイツはいつも同じような嘘をつくから、私なんて『糞男』なんてアダ名を付けられたんだよ……」

「フフッ、とんだとばっちりですね」

「助けられてる身としては、文句を言ってはならないんだろうけどね」


 そう苦笑いをするフランシス。

 アルフォンスとの会話は続く。


「それにしても当時から、王国では子どもを鉱山で働かせたり、違法な奴隷だったりは禁じられていたんですよね」

「そのとおり。でも、王国は広かったからね。まだまだ復興の道半ばだったこともあり、どうしても国の隅々にまで目が届かなかったところもあったんだ」

「そんなことが……」

「特に、始王様に反感を持っている旧貴族たちやその取り巻きらなんては、聞く耳をハナから持ち合わせていないしね」

「だからって……」

「彼らにとっては、亜人は人じゃなかったんだよ」 

「人、じゃない……?」

「ああ、人と思わなければ奴隷も違法じゃないって理論だったようだね」 

「バカな……」

「バカだよね。でも、始王様の『亜人種差別の一掃』宣言も、当時は微妙な国民感情を配慮して、具体的な法整備はされていなかったからね。だから、人じゃないものを奴隷にしても『違法奴隷の根絶』の法律には引っかからない。旧貴族たちやつらは、そんな言い分だったらしいよ」

「無茶苦茶じゃないですか」

「ああ、無茶苦茶だったよ。今じゃ【聖宰せいさい】様のおかげで法整備がすすんだから、そんなバカげた理論は討論の価値すらないけどね。私たちがあんなに分厚くて嵩張る法律書を持ち歩いてるのも、その時の教訓からだよ。無茶苦茶な理論を展開する無法者に、きちんと法律で対処するためにさ」

「僕の先生が『法律は弱者を謂れなき暴力から守り、自由に生活をしていくための手段』と言ってましたが……」

「素晴らしい。よっぽど法律に造詣が深い方なんだろうね。そのとおりだと思う。あのときに、法律が正しく運用されていたら……。そう思っていたから、僕たちは法律をものすごく勉強したんだ。商売にも役立つしね。まさか、アルフォンスくんが、それ以上に法律に詳しかったとは思わなかったけど……」

「もんんんんのすごく、勉強させられましたから。『知識もまた力です』とか言われて」

「ハハハ、それはそれは。でも、ひとつの真理でもあるね」

「ええ、今となっては、やっていて良かったとは思ってます」

「じゃあ、感謝しなきゃだね」

「はい」


 そんな、会話を交わしていると、いつの間にかやってきて隣で聞き耳を立てていたギルが、話しに割り込んでくる。


「じゃあ、副会頭たちはどうやって奴隷から開放されたんですか?」

「ギル……盗み聞きはいけないと、あれほど言ってたのに」

「でも、いろんなところに儲けのネタは転がってるから、聞き耳を立てておけって教えてくれたのも副会頭ですよ」

「アハハハ、フランシスさんの負けですね。ギル、あっちはもう終わり?」

「うん、あとはアトモスさんたちが魔物たちの剥ぎ取りをすれば終わりみたい」

「じゃあ、まだ少し時間がありますね」


 そう言ってフランシスを見つめるアルフォンス。


「やれやれ、君も興味があるのかい?」

「ええ、もちろん」

「そっか……。仕方ないなぁ」


 そう呟くと、フランシスは語りだすのであった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 次回、若かりし日のじじい共。


 ヘ ︵フ

( ・ω・)/

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