第80話 未来

 ボロ雑巾のようだった少年――スパーダは、己の身に起こった奇蹟を全て理解していた。


 おそらく、自分とはそこまで年齢が離れていないであろう恩人が起こした奇蹟を。



 最初に、あれほど外そうとしてもビクともしなかった首輪がアッサリと外された。

 やけに軽く乾いた音が耳に残った。


 その途端、身体を苛んでいた痛みが嘘のように消え失せる。


(こんなことってあるのかよ……)


 あまりにも望外な結果に、夢の中にいるのではないかと疑ってしまうほどに。


 やがて、恩人の治癒魔術でその身体が完治する。


 折られた手が動く。

 折られた足で立つ。


 そして、失った右目が見える。


 もう二度と、元のような生活は送れないと思っていた。

 それがこれだ。


 何があったのかは理解できない。

 だが、もう奴隷ではなくなったこと、身体が完全に癒えたこと、それだけは間違えのない真実だった。


 突然の幸運に涙が止まらない。


(ありがとうございます、ありがとうございます)


 スパーダは心の中で、感謝の言葉をひたすら繰り返す。

 【魔眼】がどうしたのと聞こえた気もするが、そこまで深く考えない。

 ただ、今ある僥倖をありがたく享受するだけだ。


 

 スパーダがようやく立ち上がれたとき、恩人の少年は憎き奴隷商人を追い詰めていた。


 途中から現れた狐獣人の商人とともに、少年が奴隷商人の言い訳を論破していく姿には胸のすく思いだ。


(あの兄ちゃん、スゲーよ!奴隷商人が泣き出した!)


 奴隷商人がうずくまって泣きわめく。


 まさかこんな結末がやって来ようとは、夢にも思わなかった。


 スパーダがその光景を呆然と眺めていると、突然視界に異変が起きた。


 それはまるで、右目と左目で別々なものを見ているかのような。 

 あるいは、時間が異なる世界を別々に見ているかのような。


 そのときスパーダは思いつく。

 これが、話にあった【魔眼】の効果ではないか――と。


 慌てて左目をつぶって、恩人が魔眼と言っていた右目で見える景色に集中する。


「兄ちゃん、右だぁぁぁ!」


 そして見えた光景は、奴隷商人の護衛たちがアルフォンスたちに向かって何かを投擲する様子。


 これは今の出来事ではない。

 ならば――――。


 そう考えた彼は、大声でアルフォンスに危機を知らせる。



 その声に反応したアルフォンスが、言われたとおりに右方を確認すれば、奴隷商人の護衛たちが一斉に振りかぶっているところだった。


「【雷】!」


 とっさにアルフォンスは、詠唱を破棄した雷鳴魔術を放つ。

 最速で護衛たちに届いた雷が、持っていた瓶ごとその手を吹き飛ばす。


「うぎゃあ」

「うっ……腕がァァァァァァ」 


 彼らが手に持っていたのは、強い酸が封じられた瓶。

 いわば最後の隠し玉だった。


 これがもしも投じられていたとしたら、いくらアルフォンスと言えども無事ではいられなかったかも知れない。


「ありがとう」


 振り返ってお礼をするアルフォンス。


「こっちこそ、助けてくれてありがとう!」


 そう返すスパーダ。

 少しは力になれただろうか。



 そして、この結果を受けて確信する。

 自分の魔眼の能力は『近い未来の予知』



 つまり【予知の魔眼】であると。

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