第48話 折檻

「ブヒュー、フヒーッフヒーッフヒーッ……」


 先に精も根も尽き果てたのは子狼だった。

 荒野に両足を投げ出して、ぐったりと横たわる子狼。


「ゲホッゲホッ、オエッ」


 呼吸が乱れ、吐き気をもよおす有様で、狼としてはありえないことになっている。

 もはや、一歩も動けない。



 そんな子狼に歩み寄ってくるのはアルフォンスであった。


「もう終わり?うまく魔力を使えれば、もっともっと走れるようになるんだろうけどね」

「ゼヒューゼヒュー……」 


 まるで訓練後の講評のように、子狼の未熟な点を指摘するアルフォンス。

 息も絶え絶えな子狼は、疲労困憊過ぎて、何を言われているのか理解できていない。


「あれっ?ずいぶんあちこち怪我してるね。こんな怪我で逃げてたのか、それは大変だったよね」


 子狼の身体のあちこちに大小様々な怪我があるのを認めたアルフォンスは、すぐに詠唱を始める。


「【完全治癒(ペルフェクティオ・サナーレ)】」

「キュッ!?」


 アルフォンスが特級治癒魔術を展開する。

 暖かな光が子狼を包み込み、ゆっくりと身体中の傷を癒やしていく。 

 突然、身体を蝕む痛みから開放された子狼は、その状況に驚きを隠せない。


「あとは、【活勁】っと……」

「ガァ!?」


 アルフォンスが子狼の腹に手を当てて気の流れを整えると、体の奥底から熱いものがこみ上げて来て枯渇したはずの体力が回復する。


「これは、みんなを害さないでくれたお礼。でもね、はダメだからね。君も欲しいかもしれないけど、大事なものなんだ。だから諦めてよ」

「グウゥゥ」


 子狼は、アルフォンスの言葉が分かるのか身じろぎせずにその言葉を聞いている。


「あとは、これもあげる。さっき狩ってきたばかりなんだ。【開(アペルタ)】」


 アルフォンスがそう告げると、空間に一文字に開いた穴から魔物の死骸を取り出す。


「熊……かな?」 


 アルフォンスはそう言うと、はにかんだように笑いかける。

 まだ、全ての魔物の名前を覚えていないために、取り出したそれが本来は何と呼ばれているのか分からないのだ。

 そのため、アルフォンスは少し恥ずかしいなと思うのだった。


 子狼の前には、大きさが荷馬車ほどもある魔物の死骸が横たわる。


 梟のような顔と熊のような身体を持つその魔物は【アウルベア】と呼ばれていた。

 凶暴な性格で動くもの全てに攻撃を加えることから、冒険者たちの間では【凶梟きょうきょう】とも呼ばれていた。


 討伐ランクはAランク。


 アトモスたち【漆黒の奇蹟ミラキュラス ニグリ】が討伐した【ミスリルタートル】と同等の討伐難度を誇る魔物であった。


 アルフォンスは先行偵察と言う名のひとり先遣隊として、アウルベアのを見つけるや、あっという間に殲滅していたのであった。


「ずいぶんやせっぽちだから、あんまり食べて無いんでしょ?だからお食べ」

「ガウ?」 


 いきなり餌まで施されて当惑している子狼。


「ここまで、よく頑張って来たね。偉いぞ。だからご褒美だよ。じゃあ、僕は行くね」


 そう言って背を向けるアルフォンス。

 子狼はあまりのことに理解が追いつかず、いつまでも遠ざかるその背を見つめていた。



 ―――と、立ち去ったはずの少年が慌てて戻ってくる。


「キュッ?」


 何があったかと、小首をかしげる子狼に対し、アルフォンスは厳しく告げる。


「そう言えば、物を壊したことだけは反省してね。で、これはその罰」


 そう言って、アルフォンスは子狼の額を中指で軽く弾く。

 あまりにも早く、あまりにも自然であったため、子狼は何の準備もなくそのデコピンを受け入れる。

 その瞬間、爆発でも起きたかのような轟音が鳴り響き、子狼はもんどり打って後方に弾き飛ばされる。


「大げさだなぁ、君は。それじゃあ、反省してね」


 片手を上げてそう笑いかけると、今度こそアルフォンスが立ち去る。


「キュゥゥゥゥゥ……」


 アルフォンスのデコピンで意識を飛ばされた子狼は、しばらくの間の立ち上がることもできずに伸びているのであった。


 



 

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