第29話 修理

 その後は、もう収拾がつかないほどの大騒ぎになった。


 アルフォンスの手を両手で握って、涙ながらに感謝するバレット。

 その様子を見て、他の冒険者たちも涙ぐむ。


「ま……まぁ、助かった」


 アルフォンスが助けに向かう直前に怒鳴ってしまったことや、彼が仲間たちから注目を浴びていることが気に障り、助けられてからずっと無言だったグルックであったが、これ以上ないほどの有能さを見せつけられてしまえば、もはや意地を張ることにも限界を迎えて、ついには感謝の言葉を告げる有様。


「こんなに理解できないことばかりだと、まるで夢なんじゃないかと思うな……」 

「夢じゃないッスよ。単にアルくんが規格外なだけなンス」 

「そのとおり」

「間違いない」


 そこに、ようやくアルフォンスを開放したバレットがやってくる。


「決めた。オレはあの小さな【勇者】様が、今後何か困ったことがあれば、この身を投げ打ってでも尽くすぞ」

「お主だけにいいカッコさせるわけにはいかない。某も少年に恩を報いよう」

「それはオレもッス。一度は失ったこの命ッスからね。何かの役に立ててもらいたいッス」

「「ふたりで、少年の力になる!」」


 バレットが勝手にそんなことを宣言すれば、我もわれもと冒険者たちが賛同する。

 こうして、アルフォンスの信者とも呼ぶべき面々が生まれたのだった。


「すっかりアルフォンスくんには世話になってしまったね」


 そうアルフォンスに話しかけるのは、副商会長のフランシスだ。


「あっ、フランシスさん」 

「ホントにありがとう。見てのとおりウチの商会主が素直じゃないので、私が代表して礼を言わせてもらうよ」

「いえ、それは大丈夫なんですが、グルックさんを怒らせちゃったんですかね」


 アルフォンスが心配しているのは、自分がグルックの制止を聞かずに飛び出してしまったこと。

 その指示が正しいか否かを問わず、この隊商キャラバンの責任者はグルックであるのだから、同行しているアルフォンスは、その言葉に従わねばならなかったのではと心配したのだ。


「それは問題ない。そもそも君は客人なのだから、我々の指示に従わなければならない義務はないさ。その上で、最善の行動を取ってもらえたのだから、感謝するばかりだ」 

「でも……」

「あれは自分が中心じゃないと気がすまないだけだから、気にしないでくれ。君がみんなからすごいすごいと言われてるのが面白くないだけなんだ」

「僕なんてそんなにすごくはないですよ。師匠たちなら瞬殺するような相手でしたし……」


 そう断定するアルフォンスに、フランシスは苦笑いを浮かべる。

 あれでも大したことがないというなら、その師匠はどれほどのバケモノ揃いなんだろうと内心で思うフランシスであった。


「それにしても……」


 フランシスは、生命が助かったことに喜んでいるものの、横倒しになって壊れている荷馬車を見るとタメ息をつく。

 馬車の車軸が完全に折れており、幌や荷台の中も完全に壊れてしまっている。


「これじゃあ。隊商を続けることは無理かな……。幸いにも馬が無事だったから、どこかの街まで馬だけで移動して、新しい荷馬車を買うことになるかな……アルフォンスくんにも、それまでは不自由を強いることになるから、申し訳ないな」


 そう詫びるフランシスに、アルフォンスが告げた言葉は予想外のものだった。


「直せますよ」

「え?」

「素材はありますし、多少時間をもらえれば」

「素材……どこに?」

「ああ、ここです。【開(アペルタ)】」


 アルフォンスがそう唱えると、空間に一文字の裂け目か出来る。

 アルフォンスはその裂け目に手を入れると、車軸にするのに十分なほどの木材を取り出す。

 先のハイオークキングとの戦いで、黒い短刀を取り出してみせた空間魔術であった。


「…………すごいね」


 あまりのことに二の句が継げないフランシス。

 

(どれだけ万能なのか……始王様方はどうしてこんな逸材を旅に出したのか……)


 フランシスは、アルフォンスの有能さに驚愕するとともに、どうしてそんな人材を送り出すのかと思慮するが、結論は出ない。

 

 まさか、友だちを作らせるために王都に向かわせてるとは思うまい。

 アルフォンスの、その類まれなる技術も、暇を持て余した老人たちが何気に教えてみたら、覚えちゃっただけなのだが。


(……もしや、国王派と旧貴族派の対立が深まっている今、新たな国王派の旗印とするためか?アルフォンスくんの技術の裏には、始王様の姿が見え隠れする。始王様が健在であることをアピールして国王派を優位にするためと考えれば、今この時期に王都に向かうこともうなずけるが……)


 そんな深読みをするフランシスではあるが、的外れであった。

 繰り返すが、始王やその周囲の者たちにそんな深い思惑など一切ない。


 ゆえに、フランシスがいくら慮ったとして正解にたどり着くことはない。


「まっ、まあいいか。お願い出来るかい?もちろん支払いはする」

「はい。喜んで」


 そうして嬉々として修理に取り組むアルフォンスの姿は、新しい玩具を与えられた年相応の子どものようにも見える。

 まあ、子どもがひとりでは絶対に修理しない荷馬車を相手にしているのが、その異常性を物語っているのだが……。













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