第28話 治癒
場を支配する耳が痛くなるほどの静寂。
いつまでもその静寂が続くかと思われた次の瞬間、ハイオークの咆哮並みの大歓声が戦場に響き渡る。
「「「うおおおおおおおおおおおお!!」」」
それは
「やったぞ!」
「オレたちは助かったんだ!」
「ありがとう、ありがとう……」
「アルくん、一生忘れないッス。ありがとうございました」
中には涙ながらにお礼の言葉を繰り返しているクリフのような者もいる。
もうそこは、狂喜乱舞の様相を呈していた。
そんな歓喜の面々のもとに、アルフォンスが戻ってくる。
「少年、ありがとう。不甲斐ない我々をも救ってくれて、何とお礼をすれば良いか……」
真っ先に礼をしたのは、冒険者の取りまとめ役のアトモスだったが、アルフォンスはその言葉を途中で遮る。
「それは後で結構です。まだ、皆さんの治療が終わってません」
「えっ?」
「これからまとめて治療しますので、護衛の皆さんは集まって下さい」
そう言われた冒険者たちは、アルフォンスの言葉の意味が理解できなかった。
自分たちはハイポーションでここまで回復したのに、治療とはいかがなことか?
そんな思いがあってすぐに動き出せずにいると、アルフォンスは戦場から転移させた馬たちの様子も確認していた。
「馬たちにもハイポーションをかけてくれたんだね、ありがとうギル」
「お礼を言うのはこっちの方だよ。でも、良かったの?勝手に馬たちにもハイポーションを使っちゃったんだけど」
「もちろんだよ……でも、まだ体のあちこちも焼けただれてるところがあるね。うん、一緒に治療しちゃおう。ギル、馬たちも一箇所にまとめてもらえない?」
「治療?まだ何かやるの?」
ギルはアルフォンスの言葉に疑問を覚える。
そこで素直に尋ねたのだが、その答えは予想外のものだった。
「うん、まとめて治療しちゃおうと思って」
「えっ?」
「【治癒魔術】も少しだけ使えるからね」
「へえ〜、すげぇじゃん。それじゃ、みんなを集めてくるね」
アルフォンスの言葉をギルは素直に信じるが、冒険者たちは懐疑的であった。
「……どう思う?」
「流石に治癒魔術まで一流とは行かないだろう」
「そうッスね。気休め程度じゃないッスか?」
「でも、あれだけの力を持ってるんだぞ」
「魔術は超一流だった……もしかすると……」
そんな会話をコソコソとする。
「ん、んんっ。とにかく、命の恩人の指示だ。集まろうじゃないか」
「ああ」
そうアトモスが決断し、冒険者たちの話がまとまったところで、アルフォンスが声をかける。
「あっ、バレットさんはあとで診るから、そのままそこにいてね」
バレットはハイオークに片腕を喰い千切られた冒険者だ。
一番ひどいケガだったのだが、ハイポーションのおかげで一命は取り止めていた。
「分かった、問題ない」
そう言って彼は、地面に横になってアルフォンスを待つことにする。
やがて、ギルが馬たちを連れてアルフォンスのもとにやってくる。
馬たちはハイオークメイジの炎に焼かれたため、一応はハイポーションの効果で傷自体は塞がっているが、体のあちこちに未だに残る火傷の痕や、燃えてしまった体毛を見ると痛々しく感じる有様だ。
「それじゃ、すぐに終わらせるからね」
アルフォンスが、普段から手入れを手伝っている馬の【ブライアン】のたてがみを撫でつつそう告げる。
冒険者たちも魔術の範囲に集まったのを確認したアルフォンスは、長めの詠唱を始める。
「――癒せ。【広域治癒(ラトゥム・サナーレ)】」
そうアルフォンスが治癒魔術を展開すると、冒険者や、馬たちの傷がたちまち回復する。
それはハイポーション以上の回復力。
伝説のエリクサーに、匹敵するのではないかと思われるほどだ。
「「「うえええええええええ!?」」」
傷が癒えた本人たちですら、自分の身に起きた事実を信じられない。
ハイポーションでも回復しきれなかった傷がまたたく間に完治している。
「まっ、まさかこれほどとは……」
「ハイポーションよりも回復できるなんて思わなかったッス」
「これは、上級の治癒魔術なのか?」
「でも、この広い王国でもごく一握りの聖職者しか使えないはず」
冒険者たちは、自分たちの身体を動かして痛みも異常もないことを確認する。
雷鳴魔術ばかりでなく、高位の治癒魔術をも使いこなす少年に、冒険者たちは驚くばかりである。
さらに、馬たちにあっては、炎で焼けただれた肌や体毛すら元通りになっている。
己の身が完治したことを悟ったのか、馬たちが歓喜の鳴き声を上げる。
「すげーよ、アル!ブライアンたちも喜んでるよ!」
馬の世話を一手に担っていたギルが、アルフォンスの両手を握って上下に大きく振りながら喜んでいる。
「間に合って良かったよ」
「ありがとう、アル」
ギルがアルフォンスに抱きついて喜んでいるその隣では、アトモスは問題なく動く自身の拳を見つめて独りごちる。
「広域の……しかも上級治癒魔術とは、たいしたものだな……」
幼くても獣人であるため、意外と力が強いギルの抱擁から離れたアルフォンスは、約束どおりバレットの元に向かう。
「お待たせ」
「待っちゃいねえよ。よろしく頼むわ」
なんだかんだ言っても、治りきらない身体の傷が痛むため、バレットは起き上がることもせずに片手を上げるだけで応じる。
ふと見ると、アトモスを始めとした冒険者たちや、グルックら商会の面々も、次はこの黒髪の少年がどんな奇跡を起こすのかと期待してバレットのもとに集まってくる。
「おいおい。オレは何だよ見せモンじゃねえぞ」
そう憎まれ口を叩くバレット。
そんな重症の冒険者に、クリフが経緯を説明する。
「さっき、オレたちはアルくんに回復してもらったンスよ」
「はあ?」
「見て下さいよ、オレなんてここに古傷があったのに、それすらも完治しちゃったンス」
「何だよそれ。そんなことまで出来るなんて。どこの【聖女】様だよ」
「いやいや、アルくんのお祖母様はその【聖女】様ッスからね。今度はどんな奇跡が起きるのかって、みんな気になってるンスよ」
何故かやる前から、そんなにハードルを高くされて、アルフォンスは苦笑いを浮かべる。
「そんなことを言われても、出来ないことは出来ないからね」
「またまたあ〜。アルは、どうせまた奇跡を起こすんだろ?」
「ギル、変な期待が怖いよ……僕は出来ることをやるだけだからね」
そう念を押すが、その場の面々は何か戯言を言っている程度にしか聞いていない。
「なんか、プレッシャーだなあ……」
そんな泣き言を言うアルフォンスに、バレットが笑いながら伝える。
「ハハハ、さすがに奇跡を起こしてばかりいる君でも、無くなった腕をパパっと治すことは出来ないだろ?」
そう話すバレットに、アルフォンスは表情を曇らせて謝罪する。
「そうですね。そればっかりは出来ないです。ゴメンなさい」
そう答えたアルフォンスの顔を見て、バレットは自分がいかに失礼なことを言ったのだと後悔する。
こんなに真摯に自分のことを癒そうとしてくれている少年に、半ばヤケになっていたとは言え、あまりにも無神経過ぎた言葉だった。
まるで、力が及ばない少年を責めているかのように取られても仕方ないことだ。
「……あ〜っ、その……なんだ。すまなかったな……変な期待をかけちまって……」
「いえ、いいんです。出来ない僕が悪いんですから……」
アルフォンスの謝罪に、バレットはこんな小さな少年相手に、余計な期待を背負わせてしまったと自己嫌悪する。
出来るわけがないことなど理解していたはずなのに、余計なことを言って謝罪までさせてしまった。
欠損部位の治癒ができる者など、大陸広しと言えど3人もいないと言われている。
だが、勇者の雷鳴魔術を使いこなし、広域治癒までも使いこなせると言われている奇跡の少年が、もう一つくらい奇跡を起こしてくれても良いんじゃないかと思ってしまったのだ。
(何でそんなことを言っちまったんだ……。命があるだけでも恩の字なのに、こんな子どもに謝らせるなんて大人として失格だろうに)
そう考え続けていたバレットは、アルフォンスの治癒がやたらと時間がかかっていることに気づく。
「…………………………」
視線を動かして周りを見渡すと、誰もが大口を開けて動きが止まってる。
さっきまで、奇跡が起きることを期待していた連中がだ。
「おい、どうしたんだよ?」
他の冒険者たちは瞬時に癒やしていたのに、自分だけやたらと時間がかかっていることに、何か問題でもあったのかと不安になったバレットは、さっきからアルフォンスが治癒魔術をかけている肩口を見る。
「は?」
ーーー腕がある。
「うぇぇぇぇぇぇえ!?おまっ……おまっ……おまええ!!」
「動かないで下さい、もう少しですから」
「だだだだだだっ、だって。さっ、さっき、無くなった腕は治せないって……」
「うん。だから『パパっと』は無理なんです」
「へっ………………………?」
アルフォンスが師事したのは【癒聖】またの称号が【聖女】のエリザベート・フォン・ノイモントである。
彼女は仮に相手が死んでいても、それほど時間さえ経過していなければ、『瞬時』に癒やしていた。
もちろん、それが大きなケガでも、欠損部位であっても。
そのため、アルフォンスは治癒魔術とは『瞬時』に癒やすものだと思いこんでいたのであった。
「こんなに時間がかかっては、戦いで使えないですからね」
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