第26話 矜持

 自らの剣が折れたことに気づいた瞬間、アルフォンスは地面に身を投げだして、頭上に振り下ろされる魔剣の一撃を躱す。


 その顔は蒼白で、動揺しているのが傍から見ていてもすぐに分かった。


「おい、剣が折れたじゃねえか!どうするんだ!」


 その追い詰められた状況を見たグルックが我を忘れて騒ぎ立てる。


「おい、グルック。手を離すな」 

「大丈夫か?」

「ああ、すまない」


 急に支えを失ったバレットが、体制を崩しそうになり、慌ててアトモスが支える。


「狐、うるさい!」

「狐、少し黙れ!」


 デュークとイーサンに叱責されるが、グルックはそれどころではない。

 アルフォンスが負けたらそのときだと、覚悟を決めている冒険者たちと違い、まだ生に対する執着が強い彼は、目の前の少年の窮地に冷静ではいられなくなったのだ。


 さすがにこれはマズいと感じたフランシスが、グルックを戒める。


「グルック、騒ぐなよ」

「それどころではない!剣を失ってどうするんだ!どうやって戦うんだ!」


 これまでのアルフォンスの戦いを見てきたアトモスたちは、魔術や体術でも十分に戦えるのではないかと思ってはいるが、冒険者の勘という根拠のない話では、絶対に聞き入れられないだろうと予想する。

 ゆえに、グルックをひたすらなだめることだけに専念することとした。


「まだ終わったわけではなかろうに」 

「そうッスよ。ジタバタしても見苦しいだけッス」  


 アトモスとクリフがやんわりとなだめるが、いったん火がついたグルックはもう止まらない。


「おい、お前ら何とかしろよ!」

「今のオレたちでは足手まといだ……」

「それが冒険者なのか?さっきまでの威勢はどうした!」 

「武器も失った我々はもう肉の盾となる他あるまい。最悪のときは依頼主よりは先に喰われてやるから、その間に逃げてくれ」 

「ウグッ……ウウウ」


 そこまで言われてしまうと、命がけで戦ってくれた冒険者たちに返す言葉がないグルック。


 冒険者たちの心意気に感動し、命がけの戦いに涙ながらに感謝できる優しい心も僅かながら持ち合わせているグルック。

 だが、それ以上に生への執着が強すぎるのだ。


「狐、本気で応援してろ!」 

「狐、必死に応援してろ!」


 どんなに騒いでも、誰にも相手にされないグルックは、ようやく自分は応援しか出来ないのだと悟る。


「おい、小僧!何がなんでも勝て!何とかしろ!勝ったなら何でも言うこと聞いてやるから!」


 傍で聞いていたフランシスが思わず苦笑いしたくなるほど、大盤振る舞いな応援だ。

 この状況から生き残れるなら、そこまでしても悔いはないのだろう。


 魔物が跋扈し、天変地異も少なくない、命が何よりも安いこの世の中において、人々はどこかで不慮の死について受け入れているところがある。

 そのため、フランシスも心のどこかで野垂れ死んでも悔いはないと考えていた。


 だから、アルフォンスが死ねば自分たちも笑って死ぬと言い切った冒険者たちに共感した部分もあった。


 ゆえに、グルックは異端なのだと改めて感じるのであった。


(まあ、それもひとつの生き方か……)


 フランシスはそう思うのであった。


 


 一方、アルフォンスは剣を叩き折ったことで明らかに調子に乗っているハイオークキングに苛立っていた。


「なんかムカつくね」

「グアアアア!」


 魔剣を振り回すハイオークキングの攻撃を紙一重でかわし続けるアルフォンス。

 そのうちにひとつのことに気づく。


「あれ?魔剣の禍々しさが和らいでない?」


 アルフォンスがかわし続けているために、魔剣は誤って大地を切り裂き、岩を砕いている。


「何かを切る度に切れ味が落ちるのかな?」


 そこでアルフォンスは【空間魔術】によってあちこちに転がっているハイオークの死体を引き寄せる。


「ちょっと趣味が悪い……」


 こんなことをしたと祖母やマリアに知られたら、長時間の説教は免れないだろうと自覚するアルフォンス。

 でも、これはハイオークキングの魔剣を見極めるために必要なことなのだと自分自身に言い聞かせる。


 ハイオークキングは、突然目の前に積み重なった同胞の死体に一瞬だけ驚くも、すぐに魔剣でこれらを両断するとアルフォンスに向かっていく。


 そんな鬼ごっこを何度か繰り返すと、誰の目にも魔剣の切れ味が鈍ってきたことが分かるようになってきた。


 実はアルフォンスは、師匠であるレオンハルトからこの魔剣について聞いたことがあった。

 戦場に放置しておくだけで死者の魂を勝手に吸収し、自らの切れ味を強化するという迷宮遺物があったことを。 


「当たらなければどうということもない」 


 そのときは、そうレオンハルトが断言したのだが、それは剣士としての考えだった。

 アルフォンスはレオンハルトの弟子であるとともに、バザルトの弟子でもあったので鍛冶師としての矜持をも持ち合わせていた。


(わざわざ人の命を糧にしなくても、技術さえあれば良い剣は作れるはずだ) 


 と。


 実際に【聖鍛】バザルトは、これまでに数本、聖剣を超えるほどの剣を打っており、練り上げた技術は伝説の剣すら超えることを立証して見せている。


 アルフォンスはずっとそんな思いを抱いていたのだが、まさかこの場で当の【貧乏神の剣】に巡り会えるとは僥倖だった。


 師匠から聞いた通りの外見、ハイオークの死体が積み重なるたびに増えていく剣の魔力。


 アルフォンスは、これこそが師匠から聞いた外法の剣だと確信する。



 魔剣の性能を確認していたアルフォンスは、剣が何かを切る度に魔力が減少することに落胆する。


(魔力が無くなれば、数打ちの剣とも変わらないか……所詮はこの程度か)


 アルフォンスがそう判断し、魔剣にはそこまでの脅威はないと判断する。

 

 すると、アルフォンスの見下した 視線に気づいたのか、ハイオークキングは、やにわに近くにいたハイオークたちを斬り殺す。


 斬られたハイオークたちの断末魔が響き渡ると、魔剣の柄頭にある黒い宝珠が鈍い色を取り戻し、禍々しさが蘇る。


(あ~、そういうことね……こうして魂を補充すればいいと。そんなら、とことんやってやるよ)


 これでどうだとばかりに嗤うハイオークキングに、カチンときたアルフォンス。

 もともと負けず嫌いの彼の心に火がついた。




「おい、アイツは何をしてんだ?仲間を斬ったぞ?ついにトチ狂ったか?」


 グルックがハイオークキングの凶行を喜ぶが、冒険者たちの見解はそうではなった。


「そうか、魂の数が少なくなったから……」

「外道だな……」

「魔物らしいっちゃ、らしいッスけどね」

「でも、アイツは本当にバカなことした」

「でも、アイツはこれで確実に死んだ」

「えっ?」


 双子の思わせぶりな言葉をフランシスが不思議に思い問いかける。


「ふたりとも、それは何故だい?方法はともかく、魔剣は力を取り戻した。それが何で死につながるんだ?」


 すると双子は、振り返りもせずに答える。


「少年はこれまでは様子を見ていた」

「少年は何かの理由で剣を切らせた」

「それをアイツは挑発をした」

「それをアイツはコケにした」

「少年が怒っている」

「少年が本気になる」

「「死ぬしかない」」


 仮にも高ランクの冒険者がそこまで断定すると言うことは、よほどの確信があるのだろう。

 フランシスは、どうやら生き残ることはできそうだとの安堵と、死が確定したとまで言われたハイオークの王のこれからに憐れみを覚えるのであった。



 アルフォンスはわざわざ挑発に乗ることにする。


 反撃に転じる。


「【開(アペルタ)】」


 アルフォンスがそう唱えると、空間に一文字の裂け目か出来る。

 これこそが、アルフォンスが得意とする空間魔術の【収納(レポノ)】であった。

 あらゆる物質を、こことは別の次元に収納するというぶっ壊れた魔術だ。

 その収納する容量は魔力の量に比例するため、かの大魔術師【聖魔】アビゲイルからして【バカ魔力】とまで評されるアルフォンスであれば、おそらく無限に近いと思われる。


「おい、小僧がまたどっかから物を取り出したぞ!何だあれは!」


 グルックが騒ぐが、もはや誰も答えない。

 いや、答えることができない。


 それほどまでに未知の魔術だったのだ。


 

 躊躇なく空間の裂け目に手を入れたアルフォンスは、中から一本の刀を取り出す。

 名もなき村を出発する際に、アルフォンスの鍛冶の師匠である【聖鍛】バザルトから譲られた黒刀であった。


「親方の力に頼るのは、鍛冶師としては悔しいけど……思い知らせてやらなきゃ……ね」


 そうしてアルフォンスは再びハイオークキングに肉薄するのであった。


「おい!あのバカ、また剣で挑みやがったぞ!もう剣は切られちまうって分からなかったのかよ!」


 グルックがひとりで騒いでいるが、アルフォンスの実力の一端を垣間見た周囲の面々は何か策があるのではと見当をつけている。


 近づいてくるアルフォンスを見てハイオークキングが醜悪な笑みを浮かべる。

 

 そして先ほどと同じように、ハイオークキングが振り下ろした魔剣をアルフォンスは黒い短刀で受け止める。


「あー!また受け止めやがった!何度同じことしやがんだ!」


 他の面々が固唾をのんで見守る中、グルックの叫び声だけが響いていた。



 

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