第393話 オフッている時も可愛い


 今年、最後のスクリーングがやってきた。

 まだ12月に入って、一週間ぐらいだが……。

 どうやら、校舎である全日制コースの三ツ橋高校が色々とイベントが多く。

 年末は、スクリーングに教室を使うことが出来ないらしい。


 ま、俺からしたら、やっと終わってくれて、ホッとするけどな。


 そんなことを考えながら、地元の真島駅に向かう。

 今日のミハイルはどんな格好をしているんだろう……なんて、妄想しているとスマホから、着信音が。


「もしもし?」

『あ、タクト☆ 悪いんだけど……今日、オレ一緒の電車には乗れないんだ』

「え……」

 驚きのあまり、その場で立ち止まってしまう。

 バカだけど、いつも一緒に登校しているミハイルが、自らの意思で欠席だなんて。

『ごめんね……タクト。で、でもね! 学校はちゃんと行くから!』

「つまり、遅刻か?」

 そう問いかけたが、受話器の向こう側が何やら騒がしい。


『おい! 古賀! 早くしない……間に合わな……』


 なんか、途切れ途切れに聞こえてくる。聞き覚えのある女の声だ。


『ごめん。タクト、またあとでね!』

「お、おい! 待てよ、ミハイル」

『ツーツー……』


 一体、なんだったんだ?


  ※


 学校に着いて、1階の玄関で上靴に履き替える。

 すると、2階から旨そうな香りが漂ってきた。


 階段を登ったすぐ先、右側のボロいドアから、トントンと一定のリズムで何かを叩く音が聞こえてくる。

 この音は包丁か? ズボラな宗像先生じゃ出来ない業だろう……まさか。

 俺はドアノブを回し、中に入る。

 一ツ橋高校の事務所だ。


 いつもなら、宗像先生が賞味期限の切れたインスタントコーヒーを飲んでいるはずなのだが。

 今日は、なんて煌びやかな空間なんだ!


 受付にアロマが置かれているし、あんなに汚かった事務所が綺麗に片づけられている。

 普段、宗像先生が着用しているキャバ嬢の服は洗濯され、ベランダに干されていた。


 そして、左奥に可愛らしいネッキーのエプロンを着た金髪の美少女が立っていた。

 シンクの上で鼻歌交じりに、ニンジンを切っている。

 ポニーテールを左右に揺らせて……。


「ミハイル……」


 その姿を見た時、自然と口から漏れていた。

 きっと、嬉しかったのだと思う。

 すぐに会えないと思っていたから……。


 俺に気がついたミハイルは、包丁をまな板の上に置き、こちらへと向かってくる。

 受付のカウンター越しに、彼はニッコリと笑って見せる。


「おはよ☆ タクト」

「おお……おはよう」


 会えないと思っていたから、その笑顔に見惚れてしまう。

 相変わらず、2つのエメラルドグリーンがキラキラと輝いて、眩しい。

 吸い込まれそうだ。


 今日は学校だから、アンナの時ほど、可愛くないけど。

 白のパーカーに、フェイクレザーのショートパンツ。


 なんか、彼女の家に遊び行った時。

 ルームウェアを着ている姿を見ているような感覚に陥るな……。


 そして、フェイクレザーだから、いつもよりヒップの形が目立ってしまう。

 目のやり場に困るな。


「ごめんね。今日、実は宗像先生に頼まれて、料理を作ってんの☆」

「は? なんで、生徒のお前が料理を作るんだ?」

 あのバカ教師。人の女……じゃなかったダチに、何させてんだ。

「放課後にね、クリスマス会やるじゃん? それで、料理とかスイーツを作って欲しいんだってさ☆」

「クリスマス会っ!?」

 あまりの幼稚なイベントに、アホな声が出てしまう。

 だが、ミハイルはキョトンとした顔で、頷く。

「うん。聞いてなかったの?」

「ああ……」

 なんで、高校生がクリスマス会なんて、やるんだよ。

 小学生じゃないんだぞ。まあ、サンタさんは信じているけど……。

 

「だから、オレは2時間目ぐらいまで、お料理するから、待っていてね☆」

「分かった……。ところで、お前。いつから、事務所で料理しているんだ?」

「オレ? 朝の5時ぐらいからだよ」

「そんな早くからか?」

「だって、仕込みに時間かかるもん。別に好きでやっているから、気にしないで☆」


 そう言うと、背中を向けて事務所の奥へと去っていく。

 小さな尻をプルプルと振るわせて。


 俺は憤りを隠せずにいた。

 クソ教師めが。

 人の大事な女を、家政婦扱いしやがって……。

 

 一緒に電車に乗れたら、レザーヒップを触れたかもしれないんだぞっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る