第391話 結婚マウント


 初めてのパパ活……ならぬ赤ちゃんのお世話は無事に終了した。

 最後に、スタッフのお姉さんが記念撮影を個別に撮ってくれると言う。

 今回、参加した子供たち全員に。

 ま、俺たちもその中に入る大きな子供なんですけどね……。


 フリーパスで何回も新生児室を体験している5才児、えりり先輩は慣れた様子で、赤ちゃんを抱え、ピース。

 そして、去り際に俺へ向かって一言。

「しんぎゅーくん。良いパパになるんでちゅよ」

「あ、はい……頑張ります」

 一生、なれないと思うけど。


 最後に、俺とアンナの番だ。

 ペアでの参加だったから、2人で仲良く撮影タイムに入る。

 あ、違った。

 正しくは、俺たちの赤ちゃん。ゆう君も間に入っているから、3人での親子撮影だ。


 お姉さんがカメラを構える。

「それじゃ、パパさん。ママさん。赤ちゃんと一緒にもっとくっついて~」

 まだ結婚もしてねーわ!


 しかし、アンナはとても嬉しそうだ。

「ほら。パパ☆ ちゃんと、ゆう君を抱っこして☆ みんなで、にぃ~ って笑おうねぇ」

「……にーっ」

 無理やり、笑顔を作る。

 肝心のゆう君と言えば、終始ピクリともせず、無表情だ。


 何枚か、撮影を繰り返して、お仕事体験は終わりを迎えた。


 看護服を脱いで、お姉さんに返す。

 新生児室から出ると、俺は入口で渡されたマップを確認した。


「さて、次はどの職場体験にするかな……」

 そう呟くと、アンナがグイッと俺の手を掴む。

「何言っているの? もう帰るよ」

「え?」

「今日の取材は、あくまでもタッくんとアンナの赤ちゃんでしょ? それ以外は取材する必要ないよ」

「そ、そんな……」


 結局、初めて、れれぽーとに来たというのに、本館を一切見ることなく帰ることになった……。

 もちろん、あのモビルスーツも見られず。

 

 今日の取材って、マジなんだったの!?


  ※


 バスに乗り、博多駅まで直帰する。

 アンナが言うに、今回の取材は、俺の親父が関係していて。

 ゴールデンウィークの時、親父と会った際、「俺の子供を期待している」と言われたから、鵜吞みにしたようだ。

 いつか俺たちの間に、赤ちゃんが産まれた時、ちゃんとパパとして、活躍できるように練習させたかったらしい。


 マジ、今回の取材だけはないわ……。


 でもアンナは、ずっとニコニコ笑っていた。

 最後に、新生児室で撮影した親子写真を眺めながら。

「ゆう君。いつかアンナ達の前に来てね☆」

 だから、一生来てくれないって……。

 もう病んだ人みたい。



 れれぽーとで取材こそしたが、あまりにも早く博多に戻ってきたので、時間がかなり余っている。

 それに、腹が減った。


 仕方ないから、アンナにいつも行くラーメン屋、“博多亭”で昼食を提案すると、快く承諾してくれた。

 ていうか、れれぽーとにも新しい店があっただろうから、そこで食いたかったわ。


  ※


 店の引き戸を開くと、お馴染の大将がお出迎え。

「らっしゃい! お、琢人くんにアンナちゃんじゃない。今日もデートかな?」

 大将がそう言うとアンナは嬉しそうに答える。

「はい☆ 今日は二人の赤ちゃんと会ってきて~☆」

 誤解が生まれるから、やめてほしい。

「え!? 赤ちゃん!? アンナちゃんと琢人くんは、もう結婚してたのかい!?」

 驚く大将。

 そりゃ、その反応になるわな。

 しかしアンナは、構わず話を続ける。


「結婚はまだしてません。赤ちゃんが欲しいって、言われたから……」

 頬を赤くして、俯いてしまうアンナ。

 ていうか、俺は別に赤ちゃんが欲しいなんて言ってないよ?

 親父だからね。


 その発言を聞いた大将は、俺をギロッと睨みつける。

「琢人くん! そういうの最低だよ! ちゃんと責任を持たないとダメだよ。おいちゃん、怒ってるからね。出禁にしちゃうよ!」

「いや、大将……そういうんじゃ……」

「目の前のホテルへ行ってたんでしょ! もうアンナちゃんと、すぐにでも結婚しなさい! 今日のラーメンは奢ってあげるから!」

「えぇ……」


 もう嫌だ。

 俺、なにも悪い事してないのに……。

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